2021年4月2日(金)日経朝刊29面(ニュースな科学)に「国連が福島事故の被爆で報告書 健康影響、可能性低く」との記事あり。

東日本大震災から10年の節目となった2021年3月、東京電力福島第1原子力発電所の事故で生じた放射線の被曝(ひばく)による健康影響を考える上で、重要な国連の報告書がまとまった。

結論は「将来、被曝が直接の原因となってがんが増えるなどの健康影響がみられる可能性は低い」という内容だ。

この報告書を作成し公表したのは、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)だ。

主に放射線の環境への影響を調査・評価する科学者集団で、日米欧など27カ国が参加する。

1950年代、世界で核実験が続き、放射性物質が大気中に降り注いだ。

環境、そして健康への影響を懸念する声や批判が高まるなか、55年の国連総会決議により設立された。

国際原子力機関(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)といった原子力や核、放射線に関する他の国際組織に比べ、政治から距離を置き、科学的かつ、中立的な立場をとる。

86年のチェルノブイリ原発事故の際に、大量の放射性物質が環境下に放出された。

その被曝の影響で子供の甲状腺がんが明らかに増えたと結論づけ、影響力を持つようになった。

福島第1原発事故は1~3号基の原子炉3基が次々と炉心溶融(メルトダウン)し、チェルノブイリ原発事故に匹敵する惨事だった。

ある意味、国連科学委が評価に乗り出すのは必然の流れだったといえる。

放射線被曝のレベルと影響を2年間にわたって調べ、2013年10月に国連総会で報告、さらに19年までの最新論文やデータを集めて網羅的に精査し、今回の「20年報告」となった。

13年報告は「福島第1原発事故を原因とする放射線による健康へのリスクは、チェルノブイリの場合よりはるかに低い。公衆や作業者の被曝線量が実質的に低かったためだ」と評価していた。

突きつめるところ、20年報告もこの結論を追認したということになる。

この7年間に従来の見解を覆すような科学的知見や新たなデータは出てこなかった。

国連科学委の日本代表を務めたことがある東京医療保健大学教授の明石真言さんは「13年報告は健康影響を考える上でデータが足りない分、数字を厳し目に見積もっていた。

今回は実測データなどが充実した結果、より実態を映したものになっている」と評する。

例えば、実際に口にすることはない量の汚染した食品を食べたと仮定して被曝線量を推計してきたが、今回は流通した食品の汚染度合いの実測値で評価した。

当然だが、数値は大きく下方修正された。

放射性物質の内部被曝でみると、食べ物を介したものはごく微量で、むしろ大気中から吸い込んだほうが多かった。

福島県民の事故後1年間の甲状腺への平均被曝線量についても、放射線への感受性が強く影響を受けやすいとされる1歳児で最大30ミリシーベルト、13年報告で示された推計値の半分を下回るレベルだった。

80ミリシーベルトを被曝した子供が多ければ、従来はがんの増加が確認される可能性もあるとみていたが、今回はこれを否定した形になった。

留意しなければならないのは、今回の結論もあくまで現存するデータで導き出したものにすぎないという点である。

また、国連科学委の評価の主眼は福島第1原発事故による線量評価であって、がんが増えるかどうかといった健康への影響の評価はあくまで副次的であることが報告書からもみてととれる。

人的、資金的な面からも調査対象も限られている。

長年、専門家の間で議論が尽きず決着をみていない「低線量被曝」の健康影響について新たな知見や見解が示されたわけでもない。

福島第1原発事故の被曝影響といえば、海洋汚染が大きな社会問題でもあった。

報告書は「12年までに原発沖の沿岸域の海水でさえ、セシウム137の濃度は事故前のレベルを超えることはほとんどなかった」と言及するが、それ以上に踏み込んだ内容はなかった。

福島第1原発の敷地内には今、1000基を超す数の貯水タンクが立ち並ぶ。

なかに入っているのは汚染水を処理したあとに残るトリチウムという放射性物質を含んだ、いわゆる「処理水」だ。

事故後10年たっても、海洋放出すれば風評被害は必至とされ、国や東電による判断は足踏みしたままだ。

国連科学委による10年目のお墨付きをもってしても、放射能への不安がなくなるわけではなく、海洋放出した際の風評被害が払拭されるものでもない。