5-1

 

フルルは、イミナのことを知っても、自分が体験しても、父たちの話を聞いても、シナから話を聞かされても、まだ全てを信じてはいませんでした。

イミナを助けたいし、半分は信じている、だけど半分は・・・・。

小さなフルルにとっては、やはりおとうさんなのです。自分を守ってくれる親なのです。

 

そんな中、けたたましいサイレンが鳴りました。

フルルのところにハンが駆け込んできました。

「フルル様っ!ああよかった。フルル様じゃなかったのですね!」

ハンはそういってフルルを抱きしめました。

 

「どうしたの?なにかあったの?」

「フルル様は知らないほうがよいです。いや、少し知っていたほうがよいのかもしれません」

 

「なあに?」

「どうやら研究施設の奥にある場所に、検査で来ていた少年が飛び込んだそうですよ」

 

「え・・・だれ?」

フルルはどきんとしました。

 

今さっき話していたシナが、無謀にも飛び込んで行ったのではないかと思ったのです。

 

「フルル様だったらどうしようかと思ったのですよ・・・・。でもよかった!

もうすぐ手術だというのに、その前におかしなことになったら・・・・」

 

「手術・・・?手術って何?」

 

「あ、いえ・・・」

 

「手術するの?ぼくも手術するためにきたの?ねえハン」

「いえ、ええと、穏やかになるために、遺伝子に何か見つかったそうでその・・・・あの・・・」

 

「それで来たの?ぼくは手術のために来たんだね?お父さんとお母さんは僕にウソをついたってことなんだね?」

 

「嘘ではございません!お父様はあなたのため、この世界のためにそうしてるのでございます!

優秀なフルル様には、お父様のあとをついでこの世界を創っていくという使命があるのでございます!

そのためにも、仕方ないのです」

 

「いやだ!ハンは、僕もロボットになったほうがいいというの?」

 

「ロボットではございません!れっきとした人間ですよ!」

 

「人間じゃないよっ!!人間が作るならロボットだ!おかしいよ!そんなのまちがってるよっ!」

 

フルルはそう叫ぶと誰かに抱えられました。

 

「おとうさんっ!」

 

「心配で来て見たんだ。どうしたというんだ?」

 

「だって、、、」フルルは何も言えませんでした。

 

「わたしはお前を信じているよ。フルルもお父さんを信じてくれるね」

 

 

「シナ?シナを捕まえたの?」

 

「シナ?」

 

「今のサイレンはシナなの?」

 

「・・・だれだったかな・・・?」

 

少し考えた風で父は思い出したように(ああ)とうなづいて言いました。

 

「シナ、、ではない少年だよ。だれかは知らないが、研究所にある水槽を壊そうとしたんだよ」

 

「どうしたの?それでどうしたの?」

 

「ああ、あの水槽を壊せるものはいないよ」

 

「ちがう!彼はどうしたの?」

 

「さあ?どうしたろう?」

 

(イミク・・・・)

 

「ともかく、フルル様ではなくて本当によかったでございますよ。奥様も心配なさっていることでしょう」

 

「この件は知らせないでおこう。そんなことよりも、はやくフルルの手術をしてしまわねば。大丈夫、すぐに終わるよ、簡単なことだ。フルル、妹が来たんだよ。フルルはもうお兄ちゃんになったんだ。問題のない身体になって家に一緒に帰るんだ」

父の言葉に、ハンもにこやかな顔で大きくうなづきました。

 

「・・・いやだ」

 

「フルルさま?いま、なんて?」

ハンは顔を少しこわばらせフルルを見ました。

 

「・・・いやだ、ぼく手術なんかしない!」

 

フルルがそう答えると、父はいきなり顔をゆがませ、フルルのほほをたたきました。

「これは怒りからではない。気付かせるためのものだ」

父はそう言いながら笑顔でフルルを抱きしめました。

 

「お前はわたしたちのかわいい息子。そしてこれからの未来を創るであろう、優秀な息子。

手術は簡単なことなんだ、記憶もなくなることもない、おだやかで従順で平和を望む人間となるだけなのだよ。

危険遺伝子がお前から見つかった以上、それを取り除くのは、この世界当たり前のことなんだよ。

お父さんたちもみなそうやって生きてきたんだ。だから今こうして、知能と意識の高い人間だけの素晴らしい社会ができてきているのじゃないか。

過去の愚かな人間たちが犯してきた罪やその結果を、お前も少しは聞いているだろう?」

 

「でも・・・」

 

「祖先と呼ぶのもおぞましい。この大切な資源を無駄にし、未来の人間のことを考えもせず、私利私欲のためだけにすべてを破壊した。大切なものを全てね。

 

お前まで、其のおろかな過去の過ちを、繰り返そうというわけじゃないだろう?

だからわたしの言うことを聞いて、どうか素晴らしい平和な未来を創って行っておくれ」

 

「でもでも・・・・なにかちがう、ちがうよ・・・・」

フルルがそういうと、父は顔を変えました。

 

「すぐに手術するんだフルル。お前はそうして帰ってこなければもううちに居場所はない」

そう言って背を向け出て行きました。

 

 

 

 

 

 

5-2

 

「目が覚めましたか?ご気分は悪くないですか?」

 

フルルが目を覚ますと、違う部屋のベッドの上に寝かされていました。

機械がたくさんあるそこは、冷たく嫌な感じがしましたが、そばにハンがいてずっと手を握っていてくれたようで、まだ気持ちが楽になりました。

 

 

「フルルさまの・・・お気持ちはわかるんです・・・。でも、今の世界はこういう世界なのです」

ハンは小声で言いました。

 

「ハン?」

 

「わたしにも、まだ感情はあります。ですから、そのお気持ちもわかります。

ですがフルル様、けしてロボットになるわけではありません。穏やかな感情も性格も、考えることも全てそのままなのですよ。

だからフルル様の思う世界を、手術したあとも、ずっとつくっていけるのですよ」

そういうハンの言葉を、フルルは黙って聞いていました。

 

 

 

そのとき、突然シナの声が聞こえました。

(・・・・フルル・・・フルル・・・・聞こえるか?)

 

(あ、シナ、無事だったんだね・・・。よかった。イミクはどうしたの?無事なの?)

ハンに気づかれないように、フルルはシナに聞きました。

 

(聞いているだろう?イミクは無茶をした・・・・・)

 

(今どこに?)

(ワカラナイ・・・・声が通じないのさ・・・拘束されたかも)

 

(イミク・・・)

 

(よく聞け、フルル。イミクは繋がらないが、イミナとは繋がることができた。お前の声も聞こえているようだ・・・・それで。お前は?今どうしてる?)

 

(・・・お父さんにみつかっちゃったんだ、手術されるかも・・・)

(だめだ!フルル絶対に断るんだ!)

 

(うん、でも・・・でも感情も記憶ももとのままだっていわれたよ)

 

(ばか!信じてるのか?そんなことがあって、記憶も感情も残すはずがないだろう?

頭脳だけだよ!他はすべていらないものとして消去されるぞ!それでもいいのか?)

 

(お父さんが嘘をついたっていうの?)

 

(嘘じゃない。本当なんだ。俺を信じないのか?)

 

(・・・わからないよ・・・)

 

(今の世界は間違っている。

まだ感情のままに争いをした先祖のほうが人間らしいかもしれない。かといって、もちろん過去の人間たちの行いが正しいわけじゃない)

 

(どういうこと?)

 

(よく聞けフルル。イミナは特殊な能力を持つ、そしてそれはお前にもある。

俺にも、そして他にも検査で来ているもののうち、何人か見つかっているんだ。

 

イミナの能力を使い、俺たちのちからを使い、異次元へ飛ぶ)

 

(いじげん?それはどこなの?)

 

(まだ、わからない、だけど・・・・。

それでも、少しでも可能性があれば、つくりかえることができるかもしれない。

何が過ちで何が正しいのかわからないけど、やらなきゃってずっとどこかから響いてきているんだ。

 

だから何もできなくても、方向を少しだけかえる風になりたいんだ。

 

フルル、これは本当にどうなるのかまったくわからない、だけど、できることはやりたいんだ。

この世界はやはり何か間違えている。

だからフルル、協力してほしいんだ)

 

(わからない・・・・でも、シナのいうこと、あってる気もする・・・)

 

(それでいい、違和感がないのならそれでいいんだ。

手術を拒否しろフルル。時間がない。

俺にも時間がない。

イミナの体力も、もうあまりのこっていない。

 

あと10分後に一斉にはじめる。

みんなの意識を合わせ、イミナのちからを一気に使う)

 

(イミナのちから?イミナ納得したの?死にたいっていってたのに・・・)

 

(イミクが助けに行ったことで、イミナは目を覚ましたよ。それよりも、なにより、イミナは君を信じている)

シナは言いました。

 

(ほんとう?イミナ・・・?)

フルルはイミナに意識を飛ばしました。

 

(・・・・フルル・・・・アマリ・・・ハナシカケ・・・ナイデ・・・。チカラ、タメテル・・・)

 

(いいの?だいじょうぶなの?)

フルルは聞きました。

 

(キメタノ・・・・ソウ)

 

(ほんと?死なない?)

 

(シナナイ・・・イマハ・・・イキルタメニ・・・)

 

(・・・よ・・・かった・・・)

フルルは安心してうなづきました。

 

そうして、フルルはイミナとシナに小さな声を振り絞り言いました。

(ぜったい・・に・・やって・・ね・・ぼく、おうえん・・してる・・から・・)

 

(フルル?なんだよ一緒に行くんだよ!フルルもだ!)

 

(ダメ・・・なんだよ・・・ぼく、もう、麻酔・・・で・・眠りそう手術・・はじまる・・・)

白衣の人たちが近づいてくるのを目で追いながら、フルルは手術台の上でゆっくりと意識をなくしていきました。

 

 

 

 

 

5-3

 

金属のような音がする。

布の擦れる音がする。

細い隙間から、うすぼんやりと人が見える。

 

瞼が重くてこれ以上目をあけられない。

もう少し開ければ、音のもとも、人の様子もわかるのに。

 

口を動かす。動いたの?わからない。

動いたのかどうかも、いや、自分に口があるかどうかすらも、わからない。

 

何か聞こえる?声?・・・だれの声?

あ、僕は君を知ってるよ。

たぶん、大事な誰か・・・。

 

僕を呼んでるの?

フラッシュバックのように、人の顔が映る・・・・映る・・・・・君は誰・・・?君は・・・・・。

 

水に浮かぶナニカ。

生きているちいさな種。細胞。

ぐるぐる泳ぎながら、まわりながら、それは二つ・・・四つ・・・分かれていく。

 

ぶくぶくぶくぶく・・・・。泡がふえて。

ぶくぶく・・・・。泡の塊。

やがてそれは、小さく、波打ちうごきだす。

 

これは、いのち?血液になり、骨になり、筋肉になり、手になり、足になり、人となる…。

 

 

うっすらガラスの向こうから、誰かがのぞく。

 

「なんて、ふしぎ、なんて、美しいの。

もう、人の形をしている・・・・。

はやく人間になってね・・・・わたしのところに来るのが、待ち遠しいの」

のぞきこむ大きな目がいった。

 

あれは、おかあさん?

ぼくは…だれ?

 

では、この細胞の塊は・・・・・ぼく?

 

ぼくは。ぼくは・・・・この箱の中で人間になった・・・・。

ぼくは・・・ぼくは・・・・創られた人間・・・・?

 

もう見ないで。

僕を見ないで。

誰だろうと、覗かないで・・・。

 

創られた人形ならば、生まれなくてもいい。

変える?何を?

何かを変えようとも思わない。

 

やめて!

僕を人間に創るもの・・・。

もうやめてほしいよ・・・・。

なぜぼくをつくるの?

生まれる意味が・・・・わからない。

 

 

そのとき、ガラスの向こうのおかあさんが言った。

「すばらしいわ・・・」

「ほんとうに」

おとうさんが言った。

 

「この神の技というべき子どもを創ることを、人間の体の中で、全て行っていたなんて・・・。

昔の人間は、消して愚かではないわ。

きっと、きっと・・・・神に近い存在だったの。

 

いいえ、きっとそうよ、だって、わたしの身体の中で、こんなことができたら・・・・アタシはきっと最高の喜び、怖いものは何もないはず!」

おかあさんは言った。

 

「ほんとうにそうだ。この神の力を持っていたことを、認識していたのかいないのか・・・。当たり前のことは、いつの時代も気がつかないものなのかもしれない」

 

神?人は神なの?

あ、また誰かが僕を呼んでる?(・・・ルル・・・・フ・・・ルル・・・)

 

ぼくのことなの?君は誰?ぼくは、だれなの?

 

(君は・・・・フルルだ・・・。僕は・・・シナだ・・・・。思い出して、思い出して・・・)

 

シナ?…シナ…君はシナ・・・?

 

(そう、シナだよ、わかった?思いだした?)

 

どうしたの?ぼくはどうしたの?

 

(麻酔をかけられてる、手術が始まろうとしている・・・・・なにか夢を見ていた?)

 

わからない・・・でもなにか、夢をみていたような・・・・。

 

 

 

「フルルと呼ぶわ・・・このこは、アタシの子どもにする。866号じゃない。アタシの子どもフルル・・・」おかあさんは言った。

 

おかあさん、ぼくはおかあさんのこどもになるの?

 

「アタシがもし子どもを創れる時代に生まれていたなら、あなたは絶対アタシのおなかの中で育っていたのよ」

おかあさんは言った。

 

「ちがうわ、あなたはアタシのおなかの中で育ったのよ。きっとそうだったに違いない・・・・・子どもを産む・・・ということを、もしわたしが生まれ変わったら、そんな神になれる時代になってるかしら?」

 

「どうだろう…」

「生まれ変わった時代が、どうかそういう時代になりますように」

 

(すくなくとも・・・。ぼくはおかあさんのこどもだ。そうだよね・・・・シナ)

フルルは言いました。

 

(そして、少しだけ回転がずれただけ。シナは・・・その回転をなおそうとしているの?)

 

(そうだ)

シナは答えました。

 

(もし僕に.このズレた回転を直す能力があるのだとしたら・・・・。ぼくも動かなくちゃいけないよね)

 

フルルの言葉に、姿の見えないシナは大きくうなづいた・・・ような気がしました。

 

 

 

(どこへ行こうと・・・・何になろうと・・・・どんな状況であろうと・・・・)

(また・・・会える?)

 

(きっと・・・。自分のやるべきことは、きっとわかるはずだよ。どこに行こうと、どこにいようと。そして・・・・。どうしたらいいかも、何をすればいいかも、きっと、頭でわからなくても、心の奥底で、きっと覚えているから)

 

シナがそういうと、完全にフルルの耳から音が消え、目の前にいたはずの母も父も、見えなくなりました。

ぼくは・・・・どこにいくのだろう?

何をするのだろう?

眠い。いいや、今は眠くてたまらない。

少し寝よう。フルルは思いました。

 

(きっと、また、会えるさ)遠くでシナの声が聞こえたような気がしました。