今回のテーマはマネ碁です。


囲碁は親切なことに黒番と白番のどちらが有利か教えてくれていますよね。


コミがなければ黒が有利です。


その誤差に対応するためにコミがあります。


理論上マネ碁というものが成立した場合互いに同じ価値を打っているのでコミの分白が勝つことになります。


しかし、マネ碁をさせないという方法もあるため簡単には成立することはありません。


また、最大の欠点は他人の手を打っているだけで自分自身の囲碁を行えないということであると思います。それでは楽しみも減ってしまうと思います。


では、マネ碁は無駄なことなのかということですが、それは違うと思います。


マネ碁は囲碁の中でもある意味では究極的な打ち方ではないでしょうか。


コミを除けば引き分けになるというのはお互い同じだけの価値を所有しているということです。


つまり、お互いに与えたものも与えられたものも同じことを指します。


囲碁というゲームの特性上引き分けに特殊な意味を感じるときがあります。


わざわざ半目というコミを使うことで勝敗を決していることの説明になるのではないでしょうか。


マネ碁は上級者以上の方々にとってはある程度理解されているものでしょうが、初心者で何度か試してみることも経験の一つではないでしょうか。


なお、マネ碁は戦術の一つですが、それを行うとふざけているのかと怒ってくる方もいるので注意してください。


個人的にはマナー違反してないのになぜ怒られる必要があるのか疑問ですが。







囲碁には布石というものが存在します。


詰め碁や死活は分かりやすいです。ほとんどが石を取るか生きるかの2択ですから。


9路盤や13路盤でも布石はおそらく存在しますが、19路盤の最善と9路盤の最善は同じではないように感じます。(シュカン)


強い方はそれを経験や読みで対応を行っているように感じます。


しかし、初めたばかりの方々はそもそも何を行って、何が良いかなどがわかりません。(オレモワカラン)


今回はあくまでも基準としてどのように打ちたいかという方向性を示そうと思います。


囲碁は陣地の大きさを競うゲームです。


碁盤は大きく分けて隅が4箇所、辺4箇所、そして中央です。


もっとも効率的に陣地を稼ぐ方法は隅から打つことです。


テレビの放送等を見ていてもほとんどが隅から打つでしょう。


単純に隅を囲うには г のように二辺

辺は п 三辺

中央は □ 四辺


のようになります。


隅から打つことで辺の数が最小になりますね。


隅から打つことが有力な考え方ということがわかります。


隅から打つ場合は星を基準に種類があります。


状況によって使い方を変えますが、分かりやすく三線、四線、五線に分けます。


石は中央に行けばいくほど石の影響力は大きくなりますが、陣地を稼ぐことは困難になります。


三線は陣地は増えますが石の影響力が弱くなります。


四線は陣地も影響力も普通になります。


五線は陣地は少ないですが石の影響力は大きくなります。


序盤からリードを保ちたい方は三線


バランス派は四線


後半に自信のある方は五線


となります。


今回はあくまでも極端な例で誤解を招く恐れもありますが、一つの基準として考えていただければと思います。






囲碁で負けるのは嫌ですよね。

私は嫌いです。


囲碁という競技の特徴として頭が動くこと。打つことを表現すること。

この二つが出来る限り、競技者としての活動できるということが特徴だと思います。


それが高齢になっても出来る理由です。


この二つを満たしている競技はほかにも数多く存在するでしょう。


現代ではテレビゲームなどその好例ではないでしょうか。(ボタンポチー)


ではなぜ、その多くの競技の中から囲碁という文化が存在しているのでしょうか。


私自身が感じることは相手の気持ちを考えることだと思います。


相手の気持ちと自分の気持ちを伝えあう競技ではないでしょうか(ファンタジック)


囲碁は究極的には引き分けを目指す競技だと感じます。


勝負に負けることは嫌ですが、勝つことだけが楽しみになることは損しているような気がします。


それ以外にも囲碁には楽しみがあると感じるようになれば、より充実した娯楽となるのではないでしょうか。