椎名林檎
"ギブス"
by椎名林檎
そんなに強いわけじゃないのに
マフラーの隙間を縫って入ってくる
最愛の彼と歩いているのに 刺すように冷たい風は
意図も簡単に記憶の切れ端を靡かせた
今更と言えば今更 毎年の事には変わりない
付き合い始めたのも 別れたのも同じくらいの季節 でも
ある時を境に連絡を絶って ちょうど二年になるだろうか
あの頃の私は何時死んでもいいと思っていた
普通の人の言う幸せな時間や
掛け替えなのないであろう出来事たちも
空っぽでいっぱいになった胸には何一つ響かなかった
いや 響かなかったと言えば嘘になる
正確には 響いた事は認めたくなかった
何もかもを放棄したい欲求と
放棄できない自分との間で板挟みなっていた
そんな瞬間を二人で過ごしていたにも拘らず
見た目には不自然さの欠片も見当たらないような
恋人をしている自分がいた
唯一 自分を動かしていたとすれば
『今を大事にする』ということ
私は 自分に言い聞かせるかの様に
口癖の如く彼に言い聞かせた
愛していなかったわけじゃない でも
卒業が決まってすぐに愛せなくなった
約束をしたくなかったのは
こうなる事がわかっていたからなのか
それともこうなるためだったのか
それはわからない わかっているのは
愛せなくなったことそれだけ
言葉を馬鹿に出来るほど大人じゃなかった
言葉が連れて来る哀切さだけは知っていた
何一つ確かな事など存在しない でも
それを裏切ってでも人は約束したがる生き物
わかっていても 私はそれを酷く嫌った
抱き合ったままずっと眠っていたい
いくつになっても二人で愛し合いたい
誰しもが憧れ 恋焦がれる願望も
私だって例外じゃなかったけど
人を傷つけたくないなんて
よく言えたものだと思う
本当は自分が傷つくのが怖いだけ
もしかすると知っていたのかもしれないけど
今になってやっとそれを認めることができそうに思った
知らず試着室の床に蹲っていた
鏡に映った白いドレスは眩しすぎて
今考えていたことが思い出せなかった
ただ一つだけ
もしあの頃の自分と話す機会があったら
今の私は何を話してあげるだろう
そう思った