何はともあれ、オペラが終わった!!
精神的に限界を迎えた10月末から、ブログは止まったまま。
あれから一生懸命リハビリと称して歌の稽古を進めた。
音量測定器を買って、毎日記録する日々。
声量が少しでも大きくなっていないか。
客観的な評価がほしいと、その一心で。
しかし、全く良くならないどころか、地声でバーンと音を出そうとすると、
翌日ますます声の状態が悪くなるのだ・・・
でも、「声の状態が悪くなる」=「腫瘍に干渉している」ということなのではないか?
と、思うけれど、医者は認めてくれず。
もう嫌になってしまって、10月末から、歌の稽古をするのをやめてしまった。
歌っても、良くなる兆しがない。それどころか、悪くなる。
10月7日。演出家にこんなメールを送っている。
こんにちは。お忙しいところ私事で長文、恐縮なのですが、、、
先日お聴きいただいたとおり、今の私は、あんな風な状態です。仕事も、マイクを使っても聞こえなかったり。。。
何を頼っていいのか分からないこの状態はとっても辛くて、
ここ数年で作ってきた低い響きがゼロになってしまって、
先週は仕事でも酷く声のことで落ち込み、
〇〇先生は、不調は原因不明の『腫瘍』のせいだと言い、
私の中では、10000000%自分の声が、
今は、何をどうしていいか分かりません。成り行きで(?)、
こんな状態で本番迎えるのは、私はすごく辛いし、第一、
・・・私も今の自分の声ことがよく分からず、
他のメンバーに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
どうしたらいいでしょうね。役を変えるなら、
9日にお会いしたときにご相談できるでしょうか。とりあえず、
10月22日。こんなメールを書いていました。。。
〉やっぱり、オペラにのるのがキツいです。私の理想が高い…
> でも、そういうレベルではなく、以前から言っている、
> 今日も、受け持っていないクラスの子(
> はっきり言ってしまえば、正直、出たくないんです。
> こんな精神状態で、全体を引っ張っていく気力がないんです。
> どうしたらいいのか、自分でも分かりません。もちろん、
> みんなが歌う姿を見ては、悔しくて涙が出そうになるし、
> 上手に歌う姿を見ては、『昔は私だって』と思い、
> 誰のせいでもないのは分かっています。。。
> なんか、ちょっと、
> チケットも売れない。みんなをひっぱっていく気力もない。
本当に、ひどい状態でした・・・
そして歌うのを一度やめた11月頭。
ステロイドの吸入も一切やめた。薬を飲むのもやめた。
それから2週間ほどたった11月中旬。
仕事も大きな山を越えたころのこと。
なんと、ほんの少し、「あれ?なんだか今日声が出るかも」という日があった。
それが続いたのだ。。。
少しして、病院へ行くと「腫瘍の形が変わっている」とのこと。
さきっぽが尖がってきているそうで。
腫瘍が消えるときには、大体、さきっぽが尖がってそれで消えていくそうなのです。
しかし、確実に声の自覚症状が良くなっている!!!
しかし、医者は因果関係をはっきりと認めない。。。
こんなに苦しんでいる私に、まだ「発声」のことを言ってきたりする。
11月18日。演出家にこんなメールを送っている。
〉私も、声帯の腫瘍がここ3週間くらい、
そして21日の稽古後。演出家に言われた言葉をはっきり覚えている。
「うん、確かに声がずいぶん調子戻ってきているね。生き物だね、声帯は。」
それで、「あぁ。私の声、やっぱり変だったんだ。私の思い過ごしではなかったんだ。そして、それが良くなっているんだ!!」と、確信が持てた。
みんな遠慮してからか「確かに声は出しにくそうだけど、違和感はあまりないです」なんて私に言ってくるもんで、
実はそれもすごくつらくて。。。私、こんな声だったの・・・?と。みんなは私の声なんて、全然聞いていなかったんじゃないの?と。
それで。何が変わってきたかって、まず、しゃべり声の声量が全然変わった!!!
どんどん出るようになってきた。授業でも、マイク無しで少し声が届くようになってきた。
歌もどんどん響くようになってきた。。。
それから、降りたいと思っていたオペラも、なんとか歌えるようになって、、、
当日を迎えることができた。
しかし、非常につらかったのは、お医者は知り合いに「術後腫れがあったが、経過良好」と言ったのよ。
経過良好??まじでおっしゃっていますか!!!!
術後3か月たったころ、音声療法士の方の検査があり、私の自己肯定感があまりにも低かったこともあり、
とても心配な顔をしてくださっていたことを思い出した。。。
それでもお医者は「大丈夫。歌い方が戻れば問題ない」の一点張りだったな。
そんな中で迎えた人生最悪の誕生日。
「こんな私に、何の価値もない」と思いながら迎えた誕生日。
でも、そんな私に、魔法をプレゼントしてくれた子がいた。
「何度転んでも 起き上がる魔法 お誕生日おめでとう 素敵な一年を」
というメッセージを添えた、かわいい起き上がりこぼし。
そしてその日の稽古では、後輩たちがケーキを準備して待っていてくれたのだ。
絶望の淵で、いつも機嫌が悪くて、ぶーぶー文句ばかり言っている私に。こんな何の価値もない私に。
「おたんじょうび、おめでとう」
私が生まれてきて、ここにいることを、祝ってくれる人がいる。
それがこんなに暖かくて、うれしくて、幸せなことなんて、、、
その日、夜、布団に入ってから涙がボロボロ出てきた。
私、がんばらなくちゃって思った。
そんな矢先で声が出るようになってきて・・・
迎えた12月の本番。
もちろん、本調子ではない。中低域で腫瘍に干渉する部分では声が割れ、声量もぐっと下がる。
高音ではFで音が割れるため、細心の注意を払って声を出す必要がある。
それでも、やり切った。できる限りのことをした。
声のことを知らなかった人からは「え!全然気づかなかった!」とか「ちょっと調子が悪いのかな?とは思ったけど・・・」等、言ってもらえた。
「奇跡」を信じる力。
私はそんなの必要ないと思っていた。
でも、今回は奇跡が起こったんだ。本当に、これは、奇跡。
一昨日。歌の忘年会があり、こんな話をした。
今年は大事件が起こりました。
8月に、声帯ポリープの手術をしました。
しかし、術後の経過が悪く、大きな腫瘍ができてしまったのです。
そのせいで、声が出なくなってしまって、会話もままならない、歌なんてとんでもないという状態が続きました。
一番つらかったのは、医者が「声が出ないのはあなたの発声に問題がある」と言い続け、腫瘍との関係を認めてくれなかったことです。
自分を攻め続け、オペラにも乗りたくないと喚き散らしました。
生きていることもつらくなって、本当にひどい毎日でした。
それでも、メンバーのみんなは、私に「大丈夫だよ。きっと大丈夫」と言い続け、待っていてくれました。
私は、奇跡を信じることができなかったのです。
11月。奇跡が起こりました。
腫瘍が少しずつ小さくなり、少しずつ、声が出るようになってきたのです。
そしてなんとか、おとといの本番を終えることができました。
普通に歌えることがどんなに幸せなことか。
普通にしゃべれることがどんなに幸せなことか。
私は今まで知らずに過ごしてきました。
自分にとって、歌がこんなに大切なものだったということにも、改めて気づかされました。
腫瘍は、まだあります。なので、まだ昔のようには歌えません。
腫瘍を良くする方法はありません。奇跡を待つしかないのです。
私は「待っている」という勇気がなかったのです。
一昨日のオペラ。主人公の女の子は、奇跡を待ち続けます。
私はそんなに強い心はもっていませんでした。
奇跡を信じて待っていることが、これほどまでに大変なことだとは思いませんでした。
それでも、私は、待ってみようかと思います。
いつか、昔みたいに歌えるようになる日を信じて、待ちます。
毎晩、私は祈ってる。
早くあんたが 戻ってこれるように。
早く私のところへ 戻ってこれるように。