【以下ニュースソース引用】
「高岡ぐらし」の3日間 ピエロと湧水の内免湯
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![松本康治](https://www.asahicom.jp/and/data/wp-content/uploads/2021/05/c077815e694483dedecb5430cb72549c.jpg)
ライター・出版社経営
1962年、大阪府生まれ。出版社勤務を経て、1987年に医療系出版社として「さいろ社」を設立。山 …
旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。
多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。
私もその一人だ。
が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。
この習慣は地元でも旅先でも変わらない。
昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。
近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。
3 days in the town
4年ほど前、20年ほど住んだ神戸の東灘区の山すそから垂水区の海ぎわに引っ越した。
その時、同じ神戸市内とはいえ、新しい「わが街」の風景や買い物先などがすごく新鮮でワクワクした。
考えてみれば、全国あちこちをいつもウロついている私だが、「住む」ということに関しては京阪神エリアから出たことがない。
本当は日本各地のいろんな場所に引っ越して、新しい「わが街」の暮らしにワクワクしてみたいところだが、仕事の都合上そうもいかない。
長期滞在も費用がかかる。
でも、せめて3日くらいなら……?
そこで月に1回、どこかの街に安宿を見つけて3泊4日で「住む」ことにした。
観光しない、グルメしない。
普通に暮らす。
仕事する。
幸い、本を作る仕事の大部分はパソコンと電源、Wi-Fiがあれば可能だ。
知らない街で3日間のアナザー・ライフ。
ふっふ~、我ながらいい思いつきではないか。
5月某日、高速バスで北陸へ
晴天の大阪駅前から高速バスに乗った。
最初の「引っ越し先」は富山県の高岡市にした。
北陸にはちょくちょく行くが、高岡は20年前に高岡大仏の近くに1泊しただけで、ほぼ未知の街である。
金沢で鉄道に乗り換え、県境を越えて高岡に着いた時はもう日暮れだった。
20年前にはなかった立派な駅ビルを出ると……寒い!
Tシャツにゴムゾーリは私だけだ。
足早に歩いて数分の宿に入り、さっそくいちばん近くの銭湯、和倉湯に出かけた。
和倉湯は大柄で迫力あるレトロな外観。
浴室には、雨晴(あまはらし)海岸から眺める立山連峰を描いたタイル絵がある。
富山県を代表する景観だ。それを眺めながら入る湯はかなり熱く、44度かそれ以上あるかも。
熱い湯につかってはカランの水かぶりをゆっくりと繰り返した。
湯あがりの脱衣場もくつろげる。
落ち着いた、よき風呂屋だ。
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風呂あがり、来た時の寒さがうそのように消え去って、ちょうど良い涼しさ。
夜道をぶらぶら歩くうちに旅の緊張が解け、今日から3日間この街で暮らすんだとの気分がじわっと湧いてきた。
路面電車(万葉線)の線路をまたぎ、通りかかった居酒屋で、地魚の昆布締めをアテに一杯やってから宿へ帰った。
ロビーでパソコンを広げ、缶ビールを飲みながら夜中の1時半ごろまで仕事した。
重伝建と鋳物のまち、高岡
この宿はロビーに自由に飲んでよい紙ドリップ式のコーヒーがある。
翌日はそれを飲みながら朝から昼過ぎまで仕事した。
それから気分転換がてら散歩に出た。
たしか20年前に来たとき、重々しい歴史的建造物が並ぶエリアを通った記憶がある……と、ほどなく一目でソレとわかる通りに出た。
立派な元銀行の近代建築と並んで、北前船の時代の重厚な建物も並んでいる。
「土蔵造りのまち」と呼ばれる山町筋(やまちょうすじ)で、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に指定されている。
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その通りを横切り、千保川(せんぼがわ)を渡ったところに不思議な緑地が現れた。
公園のようだが誰もいない。
日陰で休んでいると、突然、池の噴水が出はじめてビックリした。
池の横に「鋳物のまち云々(うんぬん)」と説明が書かれたモニュメントがあり、公園の奥に「高岡市鋳物資料館」の裏口があった。
そうか、高岡は鋳物のまちなんだな。
せっかくなので資料館の無料ゾーンだけ見学した。
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高岡はかつて日本一の銅器の生産地だったらしい。
鋤(すき)や鍬(くわ)などの農具から始まって、塩釜や釣り鐘などの大物を作るようになり、やがて銅器生産へとシフト、さらに戦後はアルミ産業へと発展した。
今も三協アルミ(現在はグループ統合で三協立山)などが高岡を本社にしている。
資料館を公園と反対側の表口から出たら、そこにはまたもや歴史的なまちなみが広がっていた。
さっきの山町筋とは違って道幅が狭く、土蔵造りではなく庶民的な木造建築で、なかなかの趣だ。
いま資料館で学んだばかりの、金屋町の通りだった。
金屋町は江戸期に鋳物産業を定着させるために免税地として職人が保護された町で、現在はここも重伝建に指定されて観光の目玉となっている。
じつはここへ来るまで、やたらと外壁に銅を貼った民家や店が多いなと思っていたが、その理由がわかった。
高岡では銅はごく身近な素材なのだ。そういや「高岡大仏」も銅だ。
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光にあふれる浴室
地図を見ると、金屋町の隣の内免という町に内免湯がある。
ここだな、銭湯仲間が「ピエロみたいなモザイク画があった」と言っていたのは。
数分歩くと、何ともレトロ風味でかわいらしい外観の内免湯が現れた。
中に入って脱衣場へ上がると、ガラス戸を通して浴室の奥壁に魚のモザイクタイル画が見えた。
あれ、ピエロではないぞ。
番台のおかみさんにそう言うと、ピエロのメルヘンな絵は女湯にあるという。
「先代が、孫ができた時につけたんです。孫というのは私の息子ですけど。
その子も今は40代なので、40年ほど前の話です」
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裸になって浴室へ。
まだ昼の3時、先客1名。
大きな窓から陽光がさんさんと入って、モザイクタイルの魚がピカピカと輝いている。
カラン台にはオレンジ色の笹(ささ)の葉タイル、床には模様の入ったタイルと、味わい深い装いだ。
お湯はフワフワと爽やかで、ちょうどいい温度。
サウナなどの特別な設備はないが、これはこれで完成形ではないか。
いやはや、いい街へ引っ越してきたものだ。
呆(ほう)けきった顔で湯につかり、上がって脱衣場でローカルな牛乳を飲んだ。
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「色つけ屋」と「ます1本寿司」
内免湯を出て近くを歩くと、ちょっと変わった建物が目についた。屋根の突出部で換気扇がくるくると回っている。
犬を散歩させているおじさんがいたので「これは何の建物ですか?」と聞くと、「色つけ屋、今は空き家」と教えてくれた。
「色つけ屋」という言葉は初めて聞いたが、「塗装業」と言うより想像力が刺激される。
周囲には銅器製造の工場や小さな塗装工場もあり、金屋町との境あたりには大きなれんが煙突と「キュポラ(溶解炉)」も保存されている。
ふーむ、江戸時代からの産業が少しずつ形を変えながら同じ場所で生き続けているんだな。
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あちこち寄り道しながら歩いて戻る途中、「わ田ちゃん」という居酒屋を見つけた。
まだ4時台なのにもう営業しているぞ……と、見ると店の前に「自家製のます寿司(ずし)あります」と書かれ、なんともうまそうな写真が出ているではないか。たまらず店内に吸い込まれた。
ビールとますの1本寿司(1,000円)を注文。
そしたら付き出しにトコロテンが出てきて、金目鯛(きんめだい)のアラ汁をサービスで出してくれた。
うーん、ええ店だ。
ます寿司はカドのないやさしい味。
少し醤油(しょうゆ)をつけて1本ペロッと食べてしまった。
明るいうちに宿に戻り、この夜もロビーで遅くまで仕事した。
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遊郭→旅館→銭湯
翌日、高岡生活3日目。
昨日の昼風呂があまりに心地よかったので、この日も内免湯へ向かった。
じつは、営業が始まる少し前に来るから女湯の「ピエロの絵」を見せてほしい、と前日お願いしていたのだ。
そのピエロは、かなり変わった格好をしていた。
天橋立の傘松公園を訪れた人がみなやるように、彼は股覗(のぞ)きをしていた。
どこの銭湯でもまったく見たことのないものだ(男湯の熱帯魚は、大阪市大正区の大正湯の女湯に似たものがある)。
しかも女湯の浴槽内にだけ、モザイク画の熱帯魚が6尾くらい泳いでいた。
そして昨日に引き続き、真っ昼間の入浴。じつになんとも気持ちがよくてたまらない。
いくらでもつかっていられる。
明るい窓際の洗い場でヒゲもそって、つるんと生まれ変わったようになって上がった。
ご主人によると、正月の能登半島地震のとき、このあたりは震度5強だったそうだが、元日と2日はもともと休む予定をしていて、3日から予定通り営業したという。
「げた箱が倒れましたよ」
――脱衣場もむちゃくちゃに?
「いや、そんなことはなかったな。この建物は古いから、地震と一緒にグラリグラリと揺れたのがよかったのかもね。ハッハッハッ」
――いつごろの建物ですか?
「62年前です」
――えっ、私も今年62歳になるんですが……!
なんと、内免湯は私と同い年だった。
「親父(おやじ)たちがここへ来た頃はあたり一面の田んぼで、ホタルが飛んでいました」
――このへんは金属加工や塗装の工場が多いですけど、それらはその後からできたのですか
「そうです。でも大きな工場はその後郊外に移転してしまって、工員さんたちも風呂に来なくなりました。今は小さな工場がポツポツ残っているだけです」
――先代はここへ来る前は別のところにおられたのですか?
「砺波で旅館をやっていました。そこは元々は遊郭だったんです。新町という遊郭エリアで。今はもう更地ですが」
――へぇー。遊郭から転業して旅館をやり、やがて客も減ったので高岡で銭湯をやろうかということになったということですか
「そうです」
私はその話と、高岡の鋳物産業が金属の種類を変えながらも今に伝わっていることが、どこかつながっているような気がした。
こんこんと湧き出る豊かな水
そのあと釜場も見せてもらった。
明るいうちはオガクズと木っ端、夜になったら重油で沸かしているそうだ。
――水は地下水ですか
「そうです。ここから勝手に湧いてますよ」
見ると煙突の根本から2カ所ほど水がどんどん湧き出している。
手ですくって飲んでみた。
朝ペットボトルにくんだ宿の近くの湧水(ゆうすい)と同じ、やわらかい水だ。
――どこかの山からの伏流水が流れてきてるということでしょうか
「たぶん扇状地の末端で水が出てくる場所なのかな」
湧出した水は脱衣場横のグレーチングの下に流れ込んでいる。
「ここに友釣りのおとり鮎(あゆ)を泳がせておくんですよ」
なんと豊かなことだろう。
どうりでお湯がやわらかくてスッキリしてたはずだ。
![「高岡ぐらし」の3日間 ピエロと湧水の内免湯](https://www.asahicom.jp/and/data/wp-content/uploads/2024/06/R15-2.jpg)
――ここでミズバショウとかワサビとか育つんじゃないですか。
「かもしれませんね」
わけのわからないことを言う私に、ご主人は真面目に答えてくれた。
遠くに雪をかぶった立山連峰が見えている。高岡はなんて素晴らしいところなんだろう。
その夜は宿の屋上に上がって一人ビールを飲み、この街との別れをしみじみと惜しんだ。
そんなこんなで、高岡での3日暮らしは終わった。
さて、来月はどこの街に引っ越そうかな。
![和倉湯](https://www.asahicom.jp/and/data/wp-content/uploads/2024/06/c3dff3d0788f5609cd1230f64d7f4dbd.jpg)
【和倉湯】
富山県高岡市東下関7-10
電話 0766-23-7396
営業時間 13:30〜22:00
定休日:月曜
![内免湯](https://www.asahicom.jp/and/data/wp-content/uploads/2024/06/924df787ddc95cc2dde397345f146379.jpg)
【内免湯】
富山県高岡市内免5丁目2-13
電話 0766-23-0118
営業時間 14:00〜22:00
定休日:月曜
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