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過剰適応、食欲不振、対人不安…二次障害の苦しみは小学校時代から。32歳でASDと診断された私の無念

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過剰適応、食欲不振、対人不安…二次障害の苦しみは小学校時代から。32歳でASDと診断された私の無念

 

監修:鈴木直光

 

筑波こどものこころクリニック院長

診断名のデパート

私が5年ほど前に診断を受けた二次障害は「複雑性PTSD」。

 

家庭や学校でのトラウマが長期にわたって累積したことにより、複雑なトラウマの後遺症に苦しむこととなったのです。

 

その他、診断基準を全ては満たさなかった、または医療につながっていなかったなどで該当するか不明なものとしては、社交不安症、離人症、摂食障害、神経性胃炎、過敏性腸症候群、概日リズム睡眠障害、強迫症、ネット依存症、双極症のような傾向がありました。

 

内科では自律神経失調症や「うつ」と言われていた時期もあります。

 

PMSや月経困難症もひどく、片頭痛や過活動膀胱の傾向もありました。

 

複雑性PTSDのようなトラウマ性疾患のある人は、トラウマ・ストレス反応によって自律神経のバランスが崩れることで、非常に多様な症状を抱えます。

 

このため、身体科疾患も含めていろいろな病気の症状を呈し、トラウマの問題が発見されるまでの間、たくさんの診断名をつけられる傾向にあります。

 

こういった人を「診断名のデパート」と呼ぶことがあるそうで、私もまさにそういった状態でした。

 

※診断名等は診断時・受診時のものです

小学校時代から二次障害の症状に苦しむ

こうした背景により、私は小学校の頃にはすでに、さまざまな症状に苦しむようになっていました。

 

学校で人の視線が気になる、誰かが何か話していると自分の悪口を言っているのではと気になる、人前での失敗を必要以上に恐れる。

 

決まったやり方で教室に足を踏み入れ、何歩歩いたら、どこでどれくらいの角度とスピードでターンするかを事前に頭の中でシミュレーションする、など……。

 

20代までの間は食欲不振や下痢の症状があるいっぽうで、チョコレートなどの甘いものを一気食いするなどしていて、身体はガリガリ、顔はニキビだらけ。ネットサーフィンやソーシャルゲーム、チャットに依存し、すっかり昼夜逆転。

 

精神安定剤でデロデロの状態で昼過ぎにやっと起き、化粧や服装を完璧に整えようとして何時間もかかるので、家を出たら午後4時過ぎ。

 

必要な事務手続きなどができず、生活に支障をきたしました。

 

また、人と話すのが苦痛で、電話1本かけるのに脂汗をかき、震えながら小1時間葛藤するといったことも……生理にまつわる症状や片頭痛で月のほとんどの時期調子が悪かったこともあって、この時期は準ひきこもり状態となっていました。

ずいぶん楽にはなったけれど……

30代以降、実家を出て、家庭における最大のストレス・トラウマの源であった母と離れました。

 

夫に支えてもらい、安心できる環境に身を置きながら、発達障害の診断・治療、トラウマ治療、その他の身体科の疾患の治療を受けるようになってからは、もろもろの症状は徐々に治まっていきました。

 

しかし、トラウマの影響による気分の変動や、トラウマ記憶のフラッシュバックには引き続き苦労しています。

もっと診断が早ければ……

私が二次障害を発症するに至ったのは何より、時代的に、診断が遅かったためだと思っています。

 

今の時代であれば就学前に発達障害の診断を受け、療育を受けたり、公立小学校の通常学級とは違った学校の選択肢を選んだりすることができたでしょう。

 

そうすることで、いじめ・教師からの虐待といったトラウマを負わずに済んだかもしれません。

 

早期の診断や療育を受けていれば、何がいけないのか分からないままの、人間関係上の失敗や挫折を漫然と繰り返すこともなく、何かつまずくたびに効果的な学習の機会にできたでしょう。

 

暗中模索のまま過剰適応に追い立てられることもなく、疲労の蓄積や、大学受験を最終的なきっかけとしたバーンアウトも経験せずに済んだかもしれません。

 

仕事の選択も特性に合ったものを考えられたでしょうし、20代のひきこもり時代による社会的な学習機会の損失も起こさず、もっとずっと早く、もっとずっと高いレベルで社会適応できていたでしょう。

 

家庭内で私のストレス・トラウマの最大の原因となっていた母も、おそらくASD(自閉スペクトラム症)とその二次障害の強迫症の持ち主だったのですが、今の時代であれば彼女への治療や支援といったアプローチも可能だったかもしれません。

 

彼女への早期の介入がなされていれば、私は家庭内で今ほどのトラウマを負わないで済んだでしょう。

早期発見と早期の対応はとても大事

発達障害があること自体はやはり、社会を生きていくにあたってディスアドバンテージではあると私は思っています。

 

しかし、トラウマ治療が進み、定型発達の人たちのコミュニケーションや考え方の分析に目が向けられるようになって思うのですが、早期発見や(療育の質にもよりますが)早期療育はとても大事です。

 

特性に合った環境調整や療育で、二次障害を防ぎ、教育の場や社会からのドロップアウトの期間をなくせば、社会適応に必要な発達課題をきっちり積み重ねていくことができます。

 

トラウマ性疾患は治療可能な病気ではありますが、治療にとても長い時間と多額のお金がかかります。

 

その間、健康であったら得られていた、人生の節目ごとの発達課題の学習機会を逸することにもなります。

 

私は、いまの未就学児が療育で学ぶようなことを、自分で本を読んだり、周囲の人に教えてもらったりすることで補填しています。

 

ずいぶん自分なりに発達できた、人生はこれからだと思っていますが、いま43歳の私、あまりにスタートが遅い感は否めず、また累積した経済的損失は計り知れず、悔しい思いをしています。

 

いまの子どもたちは、早期発見という意味では幸い私よりも恵まれた環境にあるので、ぜひ早期に対応することで、元気な人生のスタートを切ってほしいと思います。

 

文/宇樹義子

 

(監修・鈴木先生より)

 

残念ながら、今の時代でも本事例のようなことは起こっています。

 

乳幼児健診やかかりつけ医に相談しても「様子を見ましょう」で特に療育もせずに成人された神経発達症の方々が私の外来にはたくさんいらっしゃいます。

 

もっと早くここ(私の外来)に来れればよかったと皆さん口をそろえて言います。

 

アメリカの心理学者バークレー先生は神経発達症のお子さんにおける早期介入の重要性を訴えています。

 

以前来日したおり、私も運営に関わり全国の小児科専門の先生方に神経発達症の早期診断・治療の重要性を伝えました。

 

その際に保護者の方々へ行った「いつからADHD(注意欠如多動症)などの治療開始を希望されますか」というアンケートには、ほとんどの親御さんが「就学前後」と答えていたのです。そのためには就学前に小児科を受診し診断されなければなりません。

 

ですから、私が推奨している5歳児健診が重要になるのです。

 

しかし、さまざまな要因により、すべての自治体では行えていないのが現状です。

 

そのため、保育士や幼稚園教諭の皆さんに対する神経発達症の周知や教育が急務だと考えています。

 

(コラム内の障害名表記について)


コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

 

神経発達症


発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。


知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。


※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。

 

ASD(自閉スペクトラム症)


自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。

 

ASDはAutism Spectrum Disorderの略。

 

ADHD(注意欠如多動症)


注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。

 

ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。


ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。

 

今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。

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