【以下ニュースソース引用】

美貌なれ、コンピューター!Ctrl+Altミュージアム

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パヴィア「コントロール・オルト・ミュージアム」で。ディーノ・バルディ館長の長年にわたる収集の成果である
大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA

大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA

 コラムニスト

日本の音大でヴァイオリンを専攻、大学院で比較芸術学を修了。イタリアの大学院で文化史を修める。イタ …

 

 

Ctrl+Alt Museum(コントロール・オルト・ミュージアム)という、不思議な名前の博物館を発見した。


勘の良い読者ならおわかりのとおり、PC用キーボード上の、キーにちなんだ名称である。
 

ミラノの南・約34キロの大学都市パヴィアにあるその施設を訪れ、館長からレトロ・コンピューティングの魅力と意義を語ってもらった。

 

美貌なれ、コンピューター!Ctrl+Altミュージアム
扉も間口も、工場時代のものを継承している。看板サインは小さめ。まさに秘密基地感覚だ

懐かしい日本製品も

パヴィアの駅から所在地をたどると、元工場棟が並ぶ路地に迷い込んだ。

 

ようやくここかと思われる棟の前に立つと、無機質な鉄扉が開いてスタッフに招き入れられた。

 

館内に足を踏み入れた途端、外からはまったく想像できない世界が眼前に広がった。

 

巨大ディスプレイを囲むように、往年のタイプライターやコンピューターが壁面を埋めつくしている。

 

外部と内部のコントラストは、まるでSF映画かスパイ映画に出てくる秘密基地だ。

 

天井高12メートル・総面積600平方メートルというその建物は、1970年代まで稼働していた綿紡績工場の一部であるという。

 

美貌なれ、コンピューター!Ctrl+Altミュージアム
コントロール・オルト・ミュージアムの館内。天井高12メートルの吹き抜けが続く

 

脇の事務室を見ると別のディスプレイがあって、施設周辺が映っている。

 

所在地がわからず右往左往する情けない姿の筆者をスタッフが発見し、扉を開けてくれたのだろう。

 

コントロール・オルト・ミュージアムは、情報機器の過去、現在、未来の歴史を学ぶことを目的としている。

 

民間企業や市、そしてパヴィア大学の協力を得て実現した。

 

現在の施設は、以前の場所から移転するかたちで2022年5月に開館。

 

バルディ館長と仲間たちが16年前に立ち上げた非営利団体が運営している。

 

館内にはハードウエアとソフトウエアに関する製品が、保管庫のものも含め二千点以上収蔵されている。

 

その大半・1500点がディーノ・バルディ館長の長年にわたるコレクションだ。

 

ポケットベル、携帯音楽プレイヤー、携帯電話さらにゲームも包括している。

 

普段のバルディ館長は、フォークリフト関連企業の経営者である。

 

パヴィア大学時代は日本語と日本史を学び、「卒業論文は平家物語でした」という知日派だ。

 

Ctrl+Altという名称を選んだ理由を「ほとんどのコンピューターに共通するキーであり、Ctrl+Alt+Delは、コンピューターの再起動をするため、よく知られているコマンドだからです」と説明する。

 

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ディーノ・バルディ館長。手にしているのは伝説のハッカー、ジョン・T. ドレイパーが1972年、電話会社の認証システム音を再現して無料通話に成功したのと同型の笛。シリアルの“おまけ”だったという

 

コレクションには日系ブランドも多数含まれる。

 

思えば東京で少年時代を過ごした筆者は1980年代、毎週日曜朝にテレビ番組「パソコンサンデー」を観ては、当時主流だったプログラミング言語BASICをかじっていたものだ。

 

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シャープ「MZ-80K」(1978年)。オールインワンの筐体が特徴。記録媒体にはカセットテープを使用。日本では国産初期の8ビット・パーソナル・コンピューターとして、重要科学技術史資料に指定されている
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1980年代のソニー「ヒットビット」などMSX規格のホームコンピューターを集めた一角にて

 

やがて筆者は中古の8ビット機「NEC PC8001」を親に買ってもらえたものの、ディスプレイやデータレコーダーはねだれなかった。

 

そこで代わりに家のテレビや音楽用カセットテープデッキをつないで代用した。

 

就職した出版社では、親指シフトのワープロ「富士通オアシス」派と16ビット・パソコン「NEC PC-9801」派がいた。

 

薄い5インチ・フロッピーディスクは「折れやすいので大切に扱うように」と先輩から注意された。

 

数年すると、同じオフィスで「アップル・マッキントッシュ」を使う社員が現れたが、周囲から好奇の視線にさらされていた。

 

イタリアにいながら、そうした記憶が走馬灯のように駆け巡る。

 

高いモティベーションの証しとして

往年のイタリア製情報機器を代表するブランド「オリベッティ」の製品も収蔵している。

 

それらを見て筆者は三つのことに驚嘆した。

 

第一は、いうまでもなく洗練されたデザインの筐体である。

 

多くの人々が知るように、黄金期のオリベッティ製品は、マルチェロ・ニッツォーリ、エットレ・ソットサスJr、マリオ・ベリーニなどのデザイナーたちに委ねられた。

 

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オリベッティの機械式タイプライターや機械式計算機が展示された一角。左からレッテラ22(1950年)、ディヴィスンマ24(1956年)、ヴァレンタイン(1968年)

 

第二は内部の美しさだ。

 

1956年の電気式計算機「オリベッティ・ディヴィスンマ24」は、ロール紙やインク交換などのためにふたを上部に持ち上げられる。

 

そうして現れる機械部分は、恐ろしいほど整然としている。

 

美貌なれ、コンピューター!Ctrl+Altミュージアム
オリベッティ製電気機械式計算機「ディヴィスンマ24」(1956年)のふたを開けたところ

 

第三は同梱書類のグラフィックが秀逸であることだ。

 

最も素晴らしい例はバルディ館長が見せてくれた1959年の33回転LPレコードである。

 

ムジカ・ペル・パローレ(言葉のための音楽)と題されたそれはタイプライターのタイピング練習用に録音されたものだ。

 

各指の置き方、キーの正しい打ち方をオリジナル制作のオーケストラ音楽とナレーションに合わせて、繰り返し練習するためのものであった。

 

そのジャケットの装丁からは、65年前のものとは思えない斬新さがあふれている。

 

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タイピング練習時に聴く音楽が収録されたLPレコード「ムジカ・ペル・パローレ(言葉のための音楽)」のジャケット。1959年。タイプライター「レッテラ22」用に制作されたものである

 

残念ながらオリベッティは1960年、創業2代目のアドリアーノ・オリベッティが世を去ったあと、米国製品の台頭によって次第に市場占有率を失っていった。

 

挽回(ばんかい)のために米国資本を導入するも、コンピューターの時代になると日本製品に完全に敗北を喫した。

 

同時に筆者の観点からすれば、オリベッティのそうした“美貌”は今日、他ならぬアップルが実践している。

 

同社の創業者スティーブ・ジョブズは基盤パターンの美しさにまで細心の注意を払っていた。

 

彼の意思が現在まで継承されていることは、製品の内部を見たことがある人ならわかるはずだ。

 

「古いコンピューター収集は、いまだ狭い世界です。でも代わりに、多くの仲間がお互いを知っていて助け合っています」とバルディ館長。「私たちが日本のコレクターのためにイタリア製品を探すいっぽうで、日本の製品を探してもらっています」。

 

目下の捜索対象は世界初のCD-ROMドライブ搭載パソコン「富士通FMタウンズ」という。

 

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アップル「パワーブック165」(1993年)。バルディ館長が学生時代に愛用していた日本語キーボード仕様である

 

「今日、技術の進歩はあまりに早く、過去の意義ある製品さえ脚光を浴びる機会を逃しています。歴代製品とその歴史を振り返ることは、新しいテクノロジーや時代を知る上で大切な土台になるのです」。

 

そう語る館長の背後に並ぶ名機たちは、各時代と各国における作り手の高いモティベーションの証しとして輝いていた。

 

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バルディ館長と仲間たち。ミュージアムは、青少年のための世界的な非営利プログラミング・スクール「Coder Dojo」のパヴィア教室としても機能している

 

Ctrl+Alt Museum

 

Via Riviera 39 – 27100 Pavia ITALIA
 

完全予約制
 

月-木  土-日 9:30-12:30 /14:30-17:30 金曜休館
 

料金 8ユーロ

 

文:大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA
 

写真:Akio Lorenzo OYA/大矢麻里 Mari OYA

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美貌なれ、コンピューター!Ctrl+Altミュージアム50

 

「Lorenzo STYLE」は今回で終了します。ご愛読ありがとうございました。

 

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