【以下ニュースソース引用】
内外の高評価をもとに「現象」は次のフェーズへ
ライター
青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。 …
ここ数年、北海道産のクラフト・ワインに起こっている「現象」を4回にわたって追うリポートの最終回。
ますます加速する感のある海外からの高評価、フランスの名門による北海道進出。
道産ワインは揺るぎない地歩を固めることができるのか?
ブルゴーニュの名門が北海道に注ぐ熱い視線
2023年6月、フランス・ブルゴーニュの「ドメーヌ・ビゾ」の当主ジャン・イヴ・ビゾ氏が来日し、北海道大学で講義を行った。
“ブルゴーニュの神様”と崇敬された故アンリ・ジャイエ氏の薫陶を受けたことでも知られるビゾ氏は、現代ブルゴーニュを代表する造り手だ。
今回の来日はフランスワイン普及という「公務」のためだったが、空き時間を余市でのワイナリー巡りに費やした。
当日の模様を伝える北海道新聞の記事によると、ビゾ氏は「フランスでも余市産ワインが有名になりつつある」「ワイン産地として興味があった」「日本のワインは繊細で世界が注目している」と訪問の理由を語り、「ドメーヌ・タカヒコ」など数軒を訪ね、ワインを試飲。
その印象を「バランス、フレッシュさともブルゴーニュ産に引けを取らない」と評したという。
同年9月と10月、百貨店の高島屋(玉川店と横浜店)では、ブルゴーニュの名門ワイナリー「ルロワ」(*1)と「ドメーヌ・タカヒコ」のピノノワール飲み比べが開催された。
高島屋によると、これは「大北海道展」に連動する、道産ワインのイベントの一環。
まず玉川店で開催したところ、朝から整理券を配布することになるほど好評だったため、追加企画として横浜店でも開催することになった。
「他社にはまねのできない企画として、大変ご好評をいただきました」とのこと。
ブルゴーニュのトップクラスのワインに十分に伍(ご)する価値が道産ワインにはあるということを大手百貨店が証明してみせた画期的な「マッチング」となった。
ブルゴーニュと言えば、いち早くワイン産地としての北海道の可能性に目をつけ、函館にエステートを開いて進出を果たした「ドメーヌ・ド・モンティーユ」の話題を忘れてはならない。
ド・モンティーユ家は、ブルゴーニュのヴォルネイ村で17世紀から続く名家。地味をよく映し、長期熟成にも堪えるそのワインは「ブルゴーニュの神髄」と称されてきた。
映画『モンドヴィーノ』(2005年公開)を観(み)た人は、先代当主ユベール・ド・モンティーユ氏と次世代を担う息子のエティエンヌ、娘のアリックスとのデリケートな関係が描かれていたのを覚えているだろう。
そのエティエンヌ・ド・モンティーユ氏が8年前、「既にレールの敷かれていたブルゴーニュではなく、新たな土地に自分の手でレールを敷き、自分の道を切り開きたい」との強い思いを胸に、日本進出のためにやってきた。
ワイン関連の研究で名高いディジョン大学から地質学のエキスパートも帯同。
長野や北海道のいくつかの候補地を綿密に調査し、彼らが最終的に選んだのが北海道・函館市桔梗町の土地だった。
候補地のリサーチに同行した藤丸智史さん(株式会社パピーユ代表取締役、自らもワイン造りと販売を手掛ける)はド・モンティーユ氏の調査の質と量を目の当たりにし、彼の本気度の高さに舌を巻いたと言う。
「ド・モンティーユ&北海道」のGMを務める矢野映さんによると、この土地は1970年代に道が牧草地として開拓、80年代に民間に払い下げられたもので、区画上部にはじゃがいも、かぼちゃ、にんじんなどが、下部には白菜、ねぎなどが栽培されているとのこと。
ちなみに矢野さんは、有力ワイン輸入会社の副社長まで務めた人で、屈指のブルゴーニュ通として知られる。
彼を口説いて日本のトップに据えたのはもちろんド・モンティーユ氏だった。
(*1)ルロワ:1868年創業、ブルゴーニュでもトップクラスと評される名門生産者。当主のラルー・ビーズ・ルロワ氏(マダム・ルロワ)はブルゴーニュのシンボルとも言うべき人物。
最も影響力のあるワイン・ジャーナリストが称賛
12月の月初め、私は取材でニュージーランドのマーティンボロにいた。
日本から見たら地球の裏側と言えるようなその地で、現地の生産者から道産ワインに関する朗報を知らされた。
世界で最も影響力のあるワイン・ジャーナリストの一人であるイギリスのジャンシス・ロビンソン氏が自身の運営するサイトで北海道・三笠の宮本ヴィンヤードの白ワイン「ヴィーニュ・シャンタント・プリズム2019」(品種はシャルドネ)に17/20点の高得点を与えたということだった。
この数字はロビンソン氏が初めて出会うワインに付ける点数としては異例に高く、快挙と言っていい。
ロビンソン氏のテイスティング・コメントの一部を引用しておこう。
〈バターっぽいコクがあり、明らかに熟した果実味を持つが、かといって大柄ではない。美しい酸と申し分のない余韻。うまみを感じさせる香り、優美なサテンのテクスチャー。口に含んだ時に感じる確かなインパクト。やりましたね! それは間違いない〉
(翻訳は筆者)
宮本ヴィンヤードの宮本亮平さんが就農した2012年当時、北海道ではシャルドネの際立った成功例がなく、この品種は難しいと言われていた。
シャルドネがどうにか実ることはわかっていた。
が、どうしても酸のレベルが高くなり過ぎてしまうのだ。
宮本さんはそれでも諦めなかった。
熟れるのが早いクローンを選んで植え、収量を抑えれば結果が出ると信じて栽培を続けた。
「結果的には自分のイメージを超えてくるようなワインができるようになりました」と、宮本さんは手応えを口にする。
浸透するワインツーリズム
9月3日、余市で農園開放祭「La Fête des Vignerons à YOICHI」(通称ラフェト)が開催された。
これはワイン生産者自らの発案により、15年から「余市ラフェト実行委員会」が開催してきたイベントで、参加者は普段立ち入ることのできないブドウ畑やワイナリーを訪れ、ワインや軽食を楽しむことができる。
生産者とじかに触れ合うことができるのも、道産ワインファンにとってはうれしいところだ。
余市観光協会のオンラインショップで500枚のチケットが売られた他、日本航空と全日空のパッケージツアー合わせて260枚、札幌観光バスと阪急交通のバスツアー合わせて240枚、さらに余市町のふるさと納税返礼品として100枚、トータルで1100枚のチケットは、全て発売後すぐに完売となる人気ぶりだった。
私も当日、取材で余市に入った。
9月の北海道とは思えぬ炎天下だったが、参加者は皆笑顔を浮かべ、リラックスしてワインを楽しんでいたのが印象的だった。
いつの間にかワインは日本人にとっても身近な存在になり、ワインツーリズム(ワイン観光)もレジャーの選択肢の一つとして浸透しているようだ。
道産ワインに対する認知と評価は、国の内外を問わず高まっていると感じた。
世界の評価と人気、そして希少性
「日本でもこんなにおいしいワインが造れるんだ」
6年前、プロモーションのために来日したシャンパーニュの生産者に私が東京・恵比寿のバーで北海道産のワインを飲ませたとき、そのフランス人の口から出たこの言葉が、今回の連載の発端になった。
その後、取材を重ねる中で何度も同じ言葉を耳にすることになった。
あるときは来日中のニューヨークのワイン商(北海道に向かう直前に東京で会った)の口から、またあるときは北海道をワイン造りの地として選んだ新規就農者の口から。
どうやら「日本」や「北海道」の名はすでに世界のワイン地図に明記されたようだ。
その背後には、世界の都市で長らく続く日本食ブーム、日本への渡航熱(インバウンドの増加)、世界的な嗜好(しこう)のライト化、ナチュラルワインブーム、地球温暖化による銘醸地の変化、情報化の加速等々があったのだろう。
忘れてはならないのは、栽培農家やヴィニュロンたちの真摯(しんし)な取り組みとそれによって格段に向上したワインのクオリティーがこの「現象」の基底にあることだ(ワインがうまくなければ始まらない)。
果たして、「現象」は定着して不変の真価となるのだろうか?
問題は、多くの生産者が口をそろえる「評価されるのはありがたいが、これ以上売るワインがない」ということ。
実際、この連載で取り上げたワインのほとんどは特別のルートや機会がないと手に入らない。
希少性、入手困難であることは人々の関心を長く保つ方向に働くと祈りたい。
その間に、さらに道産ワインの理解が深まり、裾野が広がるのか、次のフェーズを私も一人のファンとして見守っていきたい。
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