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大川原化工機事件、違法捜査の判決を紐解く 元警察官僚の弁護士「論外と言わざるをえない」

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弁護士ドットコムニュース

国賠訴訟判決後の記者会見の模様。左から高田剛弁護士、大川原正明社長、同社元役員の島田順司さん(2023年12月27日、弁護士ドットコムニュース撮影)

 

大川原化工機冤罪事件を巡る国賠訴訟で、東京地裁(桃崎剛裁判長)は12月27日、検察と警視庁の捜査の違法性を認め、国と東京都にあわせて1億6200万円余りの賠償を命じた。 

 

【画像】大川原化工機事件の流れ 

 

公判で、証人として立った現役の警察官が「捏造ですね」と認めたが、判決でも警視庁公安部と東京地検の各捜査について違法性が認定された。

 

警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する澤井康生弁護士に判決を読み解いてもらった。

 

 ●論点1 警視庁公安部による逮捕の違法性

 

 本件では警視庁公安部が噴霧乾燥器について再度の温度測定を行っていれば規制対象に該当しないことが容易に確認できたにもかかわらず、被疑者らを逮捕したことから、この逮捕が違法ではないかが問題となりました。

 

 東京地裁判決は、逮捕の違法性を判断する基準として、その時点で現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集しえた証拠資料を総合勘案して、その判断に合理的な根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて捜査を開始継続した場合に違法となると判示しました(職務行為基準説)。 

 

そのうえで、警視庁公安部において通常要求される捜査を行えば、噴霧乾燥器が規制対象の要件を満たさないことは明らかだったことから、警視庁公安部の判断は合理的な根拠が客観的に欠如しており、逮捕は違法と判断されました。

 

 要は通常要求される捜査を遂行すれば、犯罪に当たらないことが簡単に確認できたよね、それなのにそれをやらないで見込み捜査で逮捕した公安部の行為には合理的な根拠が欠落しているよね、だから違法と言わざるを得ないということです。

 

 犯罪捜査規範第4条は警察官に対し捜査を行うに当たり先入観にとらわれず、根拠に基づかない推測を排除し、基礎的捜査を徹底するよう義務付けています。

 

 しかるに警視庁公安部は外為法違反であるとの先入観にとらわれ、根拠に基づかない推測に支配され、再度の温度測定という基礎的捜査も怠って、逮捕に及んだことから、犯罪捜査規範にも違反していることは明らかです。

 

 ●論点2 警視庁公安部による取り調べの違法性

 

 本件では警視庁公安部による取り調べの違法性も認定されました。

 

 もともと取り調べは社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度で許容されるものです(最高裁昭和59年2月29日判決)。

 

被疑者の自由な意思決定を阻害することが明らかな偽計を用いた取り調べは供述の任意性を欠くことが明らかなので違法とされています。 

 

本件において警視庁公安部は、被疑者を取り調べる際に規制対象の要件の解釈をあえて誤解させ、誤解させた状態で事実関係を認めさせる調書にサインするよう仕向けました。

 

 上記行為は偽計を用いた取り調べに該当することから、違法となることは明らかです。 

 

さらに警視庁公安部は別の調書を作成する際にも被疑者を騙して本人が了解していない内容の供述調書にサインさせており、この行為についても違法と判断されました。

 

 ちなみに犯罪捜査規範168条は警察官は取調べを行うに当たり、強制、拷問、脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならないと規定しています。

 

 本件のように偽計や騙しを用いて調書を作成するなど犯罪捜査規範にも違反することから、論外と言わざるを得ません。

 

 供述の任意性を欠く取り調べとして違法となるのは当然です。

 

 ●論点3 東京地検による起訴の違法性

 

 検察官の公訴提起の違法性が問題になるのは、起訴した事件が後に無罪となった場合に、国家賠償請求訴訟の中で検察官の起訴行為が違法だったとして争われるケースが多いです。

 

 検察官の起訴行為の違法性を判断する基準について、最高裁は公訴提起の時点において客観的に犯罪の疑いが十分にあり、有罪判決を期待しえる合理的根拠があるかぎり公訴提起には違法性がないとする考え方を取っています(最高裁昭和53年10月20日判決)。

 

 職務行為基準説は結果論ではなくあくまで起訴時点を基準にその時に存した証拠資料を総合的に評価して合理的な判断過程により有罪の嫌疑があれば足りるとする見解です。

 

 しかしながら、今回の東京地裁判決では職務行為基準説の下において検察官の起訴行為の違法性が認定されたのです。

 

 すなわち、本件においては担当検察官が噴霧乾燥器について再度の温度測定を行っていれば規制対象に該当しないことが容易に確認できたはずとされました。

 

 そのため、担当検察官において通常要求される捜査を遂行すれば、規制対象にあたらないことの証拠を容易に得ることができたといえるから、有罪と認める嫌疑があると判断した担当検察官の判断は合理的な根拠を欠いており、違法であると判断されました。

 

 検察官の起訴行為自体を違法とする判決は非常に稀といえます。 

 

さらに東京地裁判決は「公訴提起が私人の心身、名誉、財産等に多大な不利益を与えることを考慮すると安易な公訴提起は許されないというべきである」、「有罪立証に合理的な疑いを生じさせる事情が認められた場合にはそれを否定するだけの十分な捜査ができないのであれば公訴提起は行うべきではない」として、安易かつ杜撰な公訴提起に警鐘を鳴らしたのも特筆すべきです。 

 

●「警視庁は今回の事件の原因をきちんと検証し、謝罪を」 

 

本件では警視庁公安部の見込み捜査に東京地検が押し切られて無理に起訴してしまったパターンではないかと思われます。

 

 公安部の捜査は刑事部の捜査と根本的に異なることから見込み捜査の危険が高いと言わざるを得ません。

 

刑事部の捜査は既に発生した事件において現場に残された証拠をもとに因果の糸をたどって犯人を検挙する捜査手法であることから、見込み捜査の危険はそれほどありません。

 

 これに対して公安部の捜査は将来起こるかもしれない重大犯罪(例えばテロ)を防ぐために、必ずしも重大な犯罪行為とはいえない行為に対してあらゆる法令を駆使して検挙する捜査手法です。

 

そのため見込み捜査の危険が高くなります。 

 

見込み捜査の危険が高いからこそ、捜査の途中で間違いに気づいたら捜査を中止して撤退しなければなりません。

 

 本件では捜査に着手した時点で警視庁上層部の決裁を得ていたことから、公安部としてはあとに退くことができなかったのかもしれませんが、無理に捜査を進めたことで結果的に警察に対する国民からの信頼を失うという大きなダメージを警察組織に与えてしまいました。 

 

警視庁としては今回の事件の原因をきちんと検証し、被害者らに謝罪するなどして速やかに再発防止のための措置を取るべきだと思います。

 

 【取材協力弁護士】 

 

澤井 康生(さわい・やすお)弁護士 警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(3等陸佐、少佐相当官)の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。 事務所名:秋法律事務所 事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/

 

弁護士ドットコムニュース編集部

 

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