おとみうのブログ

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生きること、そこで出会う不条理とか、身近な出来事やニュースのなかで感じた些細なこと、親の愛、親子、夫婦の不思議なんかを、いろんな人と共有できればうれしいです。

 まさかの結末に、言葉が、ない。熱血の巨人ファンではない私だが、この結末に、阿部慎之助監督の無念を、自分の時とは、周囲の環境がちがうだけに、切なく、思う。”可哀想に”。

 姉妹の公衆の場ではなく、自宅での喧嘩だ、止めに入るのは当然だろう。だが、その後、口答えをした子供に対し、その気持ち・態度、行動をしかるのも、普通のことだ。違うのは、その後、叩かれて、倒されて、という様子を、チャットGPTに相談し、児童相談所へ通報⇒警察へ、という流れだ。なぜ、外部の通報という形になったのか。

 野球監督は割に合わない、と言われる。例えば、ナイターの試合の場合、昼前には、球場に入り、相手球団の分析、対策をねり、自チームの選手の調子・相性を考え、メンバーを組み試合に臨む。それが1年中。試合のない日は、2軍の選手を視察したり、レポートを呼んだり、会話をしたり。時には、選手と食事をして、支えたり。そして、特別、高給取りとも言えない。そして、遠征も多いので、家族と過ごせるのは、1年の3分の1くらいか。

 そんな中で、家族を守り、子育てをする。並大抵のことではないだろう。そんな状況が、子供との距離、妻との距離を生んでいたのかもしれない。理由にはならないだろうが。

 事件の時、娘の口答えの内容は想像できなくもない。「普段家にいないくせに・・・」。また、妻もそこにいたと言うが、娘は、母ではなくAIに相談、結果、自宅に警察がきた。妻は、夫の味方にはならなかったのだろうか。阿部慎之助という父は、いつのまにか、家族内で孤立していたのか。

 長女は、「父は、私を殴っても、たたいてもいない」とその後話したそうだが。それならなぜ・・・。

 一般的に、児童相談所と密につながるのは、そう簡単ではない。何度も、そういう事例や相談する「児童」がいる場合に限る。つまり、家族の「問題」は、これが初めてではない、ということだ。父と娘なのか、姉妹なのか、母と娘なのか、娘自身の問題なのか。

   長女の手紙のなかにあった、匿名で相談できる児童相談所が、本当にあるのかどうか。そこから、児童相談所がいくつもの関所をこえて、警察へ通報し・・・。都会には、そういうところがあるのか。

 阿部慎之助監督はなにかと批判された。巨人の監督であることもそうだが、昭和的な指導の姿、考え方もそれに輪をかけた。でも、私は、それを×だと思っていなかった。結果がでないことは、責任をとればいい。その考え方、行動の仕方、は人それぞれでいい。皆が同じ指向性をととることが全てなら、そこに夢もないし、発見もない。その指向性が、正しいかどうかなんて誰にもわからない。息苦しいだけだ。

 3年目になり、若手選手から、「厳しくも優しい、監督ともっと話がしたい、教えて欲しい。一緒にお酒を飲みたいけれどどうしたらいい?」など、彼の「心」が浸透し始めてきた矢先の出来事。さぞ、無念だったろう。

 警察が来て、驚いた、と長女は話したそうだが、それが本当なら、自分も含め、親の生き方も壊してしまった重さを、これからどう処理していくのか、暗澹たる思いになる。親子なだけに。

 「巨人軍は紳士たれ」。そんな言葉は、とうに死語になっているのだから、阿部慎之助監督に、違った形であっても、復帰の道を作ってやれないものか。

 自分の一番近しい場所から、足下をすくわれ、夢や自分の人生への「問い」を奪われた形になったということが、可哀想でならない。