雪子は「ごめんね」と、涙声で言った。
そんな母の姿に、亮の胸が熱くなる。
今までは父の顔色をうかがいながら見て見ぬ
ふりをしてきた母を憎むことしかできなかったが、
人を好きになる気持ちを知った今、母の
気持ちが少しは分かる気がした。
亮は散々迷ったすえに、母に先ほどの
小田桐の話を全部打ち明けることにした。
タエにも同席してもらった。
彼女も、亮にとっては大事な家族の一員だ。
全てを話し終えた後、雪子の口からは大きな
ため息がもれた。
「まさか小田桐さんが・・・・」
タエもそう口にし、驚きを隠せないようだった。
「それで、久弥さんが前に住んでいた家に
身を潜めるようにって言ってくれてるんだ。
明日の早朝、迎えに来てくれることになってる」
「でも・・・・」
ためらっている雪子に、タエが気丈な声をかけた。
「行って下さい、奥様。後の事は私が何とか
いたしますから」
「なに言ってるんだよ!タエさんも一緒に・・・・」
一緒に行こう、そう言いかけた亮を、タエが
静かに制した。
「いいんです。私はここで働き始めたときから、
野神家に骨をうずめる覚悟をしています。
旦那様も、今度ばかりはお一人で乗り越える
ことは困難でしょうし」
「そんな・・・・。タエを残してなんて、行けないわ」
雪子の言葉に、タエは強く首を振る。
「奥様こそ、亮さんについていてあげるべきです。
亮さんはまだ16歳なんですよ。母親が側に
いてあげなくては・・・・」
タエに言われ、雪子は亮を見つめてうなだれた。
「・・・・そうね。分かったわ」
雪子が観念すると、タエは満足そうに微笑んだ。
その笑顔を目にした亮は、泣きそうになるのを
必死でこらえる。
ここで泣くのは、タエに申し訳ない。
そう思ったから ― 。