保健室に行くと、久弥は不在だった。
部屋の鍵は開いていたので、トイレか何かで
席を外しているだけだろう。
亮は知晴を椅子に座らせると、薬を探して
キャビネットの前に立った。
だが、当然のことながら薬品の入った棚には
鍵がかかっており、取り出すことはできない。
そもそも、怪我をしているのは口の中なので
手の施しようがないということに、今になって
気付いた。
それで、亮は先ほどからずっと引っかかっている
疑問を思いきって尋ねてみることにした。
「知晴・・・・」
そのまま、知晴に背を向けた格好で切り出すと、
「ん?」
と、いつもの明るいトーンが返ってくる。
だが、
「さっき、また誘拐されたかもって言ってただろ?
あれって、どういうことなんだ?」
そう訊くと、キャビネットのガラスに、知晴の顔が
引きつる様子が映って見えた。
亮はそれを気にしながらも、再び追求する。
「俺は確かに小さい頃に誘拐されたことがある。
でも、そのことはごく限られた人間しか知らない
はずなんだ。なのに、どうして知晴がそのことを
知ってるんだ?」
そこでようやく亮は身体を反転させ、知晴を
まっすぐに見据える。
知晴は顔を強張らせたまま、何も答えない。
「どうして黙ってるんだよ」
亮の口調に、少しだけ苛立ちがこもった。
それでも黙っている知晴に、亮はとうとう痺れを
きらした。
「黙ってないで、なんとか言えよ!」
すると、知晴はなぜか少し悲しそうな目で、
だが毅然とした声でこう言った。
「それは言えない」
亮は口を開きかけたが、知晴に答える気持ちが
ないのは明白だった。
しばらくの間、重苦しい沈黙が2人を包んだ。
やがて、何も事情を知らない久弥が戻ってきて、
様子のおかしい亮たちに不審な表情を浮かべる。
「何かあったの?」
何も答えない亮に対し、知晴はいつもの調子で
笑顔を見せた。
「ちょっとケガしたんですけど、もう大丈夫ですから」
椅子から立ち上がった知晴は、亮の肩をぽんと
叩いた。
「あいつらがどうしてるか気になるから、
先に戻ってるな」
そうして返事を待たずに保健室から出て行った。
久弥は出て行く知晴の姿を見送った後、
亮に説明を求めようとしてギョッとした。
瞳に、涙がにじんでいたからである。