野神昂生 ― 亮の、ひとつ年下の従弟である。
「お前、ウィーンに留学してたんじゃ・・・・」
「昨日、帰国したんだ」
そう言った時、昂生の笑顔が一瞬曇った気がした。
昂生は、幼い頃からピアノに対して非凡な才能を
持っていた。
様々な賞で最年少記録をぬりかえ、若干14歳に
してウィーン留学という快挙を成し遂げた。
それが、今から2年前のことである。
亮は、まさかわずか2年で戻ってくるとは夢にも
思っていなかった。
しかも、驚いたのはそれだけではない。
昂生の姿は、茶髪にピアス、ルーズな服装といった
以前とはまるで違う風貌になっていたのである。
ウィーンに行く前は、品行方正なお坊ちゃんと
いった外見をしていた彼の変わりように、
亮は不安を覚えた。
「何か、あったのか?」
心配げに尋ねると、
「いや、別にー」
と、明るく答える。
「それよりさ、お邪魔してもいいかな。朝から
なんも食べてないからお腹すいててさ。
タエさんの親子丼、食べたいなー」
能天気な昂生に呆れつつ、傍らに立っている
小田桐にこそっと耳打ちする。
「父さん、今日は遅いんだよね?」
「はい。夜は取引先との会食があるとおっしゃって
ましたので・・・・」
それを聞いて、ホッと胸をなでおろした。
「分かったよ。さ、早く入って」
渋々承諾するやいなや、昂生は喜び勇んで邸内へ
かけ込む。
その姿を見て、亮は大きなため息をついた。
(こっちの苦労も知らないで・・・・)
亮が父の不在を確認したのには、
大きな理由がある。
それは、亮が男性を装って生活をしていることと
深い関わりを持っていた。