~鬼の子~ 第三十七話


その日の夜は、なかなか寝付くことができなかった。

詠士への想いをしってもなお、好意を寄せてくれる

収に対して、応えられないことが心苦しかった。

でも、もう自分の気持ちに嘘はつきたくない。

雅也の時のように ―



静香との約束通り、昼ごはんを食べてから彼女の

家へ向かった。

あいにく自転車は持っていないのでバスで学校まで

行き、それから静香の家と歩いた。

2度目の訪問にも関わらず、屋敷の大きさに改めて

驚く。

インターホンを鳴らすと、女性が応対に出た。

だが、この前の家政婦の女性とは違うようである。

玄関から出迎えてくれた女性は、やはり違う人物だった。

この間の家政婦は年配だったが、その人より若く、

どことなく上品な装いをしている。

「あの、もしかして静香のお友達?」

「あ、は、はい」

“友達”と言い切ってしまっていいのかどうか迷ったが、

思わずそう答えていた。

「そう・・・・。あの子が家に友達を呼ぶなんて、珍しいわね」

女性はなぜか怪訝な表情で、何かを考えこんでいる。

千波が不思議に思っていると、女性はハッと我に返り

わざとらしい愛想笑いを浮かべた。

「あ、ごめんなさい。自己紹介が遅れちゃったわね。

私、静香の母親の武部絹代と言います」

「黒澤千波です」

「静香のこと、よろしくね」

絹代はそう言ったが、その言葉には全くといっていいほど

心がこもっていなかった。

(静香ちゃんの家族って・・・・)

なんだか彼女が不幸な境遇にいるような気がして、胸が

痛くなった。

絹代は千波を静香の部屋へと案内すると、娘の顔を見る

ことなくさっさと立ち去ってしまった。

だが静香も静香で、そのことを気にしている風もない。

「来てくれてありがとう。さっ、座って」

千波をソファへ座るよう勧めた後、静香がふと気付いた

ようにじっとこちらを見つめた。

「黒澤さん、なんだか顔色が良くないみたいだけど

どうかしたの?」

「あ、ああ。ん~・・・・昨日、あんまり眠れなくて」

収のこと、そして詠士のことを相談するいい機会かも

しれない。

そう思って切り出そうとした矢先、

「もしかして、恋の悩みとか?」

静香がニヤニヤと笑いながらこちらに身体を寄せてきた。

その言葉を聞いて、幸いとばかりに大きくうなずく。

「そ、そうなの!実は武部さんに相談に乗って欲しくて」

「いいわよ。その代わり、私の相談も聞いてくれる?」

「えっ?武部さん、好きな人がいるの?」

男子からそうとう告白を受けているにも関わらず、静香には

特定の彼氏はいないようだった。

その点については千波も気になっていた。

静香は少し恥ずかしそうに笑いながら、

「うん・・・・。実はね・・・・」

部屋には2人しかいないというのに、内緒話をするように

口元を千波の耳に近づける。

「私、詠士が好きなの」