~鬼の子~ 第三話
翌朝、千波はいつもよりだいぶ早起きして身支度を
整えた。
父は昨夜遅くまでインターネットなどで調べ物をして
いたらしく、まだ起きてこない。
とりあえず父の分の朝食を用意してから、忘れ物が
ないか確認していると玄関のチャイムが鳴った。
少し緊張しながら戸を開けると、そこに立っていた
のはやはり昨日の少年だった。
「あ、おはよう・・・・」
いちおう挨拶をしてみたものの、少年は何も答えず
黙っている。
いざ歩き出しても、古森詠士はひと言も話そうと
しなかった。
それどころか、車道へ出てしばらく歩いた所で、
「もっと離れて歩け」
ぶっきらぼうにそう言ったのである。
詠士の言葉に、千波は悲しくて涙が出そうになった。
知らない土地で新しい生活が始まり、不安な気持ちで
いっぱいの状態に追い討ちをかけられたようだった。
ここで回れ右をして家に帰りたい、そう思った。
その後も、お互い何も話さずにバス停まで歩いた。
5分も待たないうちにバスがやって来ると、詠士は
さっさと乗り込む。
千波も渋々後に続く。
詠士は1番後ろの座席の窓際に腰を下ろした。
千波はちょっと考えてから、その左斜め前の席に
座ることにした。
車内には千波と詠士の2人しか乗っていない。
やがてバスが細い道路を進んでいくにつれ、
民家の数も増えてきた。
昨日は途中で眠ってしまって気がつかなかったが、
神社から少し離れるとそこまで辺鄙な場所でも
ないということが分かる。
開けた場所へ出てからは、バスに乗車する人も
多くなった。
そんな中、どうしても気になることがあった。
それは、乗客の詠士を見る目である。
いや、実際は目を合わそうとしないのである。
なぜか皆、そこに詠士がいないように後部座席に
いっさい目を向けようとしない。
千波には、まるで幽霊のような扱いに思えた。
(どうしてだろう?)
確かに普通は、親しい人間でもない限りじっと見たり
声をかけたりはしないだろう。
しかし、乗客たちは意識して詠士を気に留めない
ようにしている風に感じた。