~紅の月~ 第四十八話


翔平が病室を出た後、京梧は水菜に向かって、

「水菜ちゃん、ありがとう」

ふいにそう言うので、水菜は面食らった。

「あの、私、お礼を言われるようなことは何も・・・・」

あたふたする水菜に、京梧は優しいまなざしを注ぐ。

「水菜ちゃんに会って、俺は自分自身を取り戻した

気がするんだ」

ますます訳が分からず、水菜は混乱する。

だが、京梧はそのまま話を続けた。

「彼女を失い、自分の命も絶つことができず、苦しい

気持ちに押しつぶされそうだった俺は、自分に嘘を

つくことでその気持ちから逃げてたんだ」

「嘘・・・・ですか?」

「うん。君は気づいてないかもしれないけど、最初に

会った頃は自分の事を“僕”って呼んでたんだよ」

(そういえば、前になんか変だなって思ったんだよね)

水菜は以前感じた違和感を思い出し、納得する。

「別の自分を演じることで、過去から目を背けてたんだ。

でも君が本当の自分と一生懸命向き合おうとしている

姿を見て、俺もちゃんと過去と向き合わなきゃ

いけないと思えた」

そして京梧はもう一度「ありがとう」と言った。



その後尚也の意識は戻ることなく、それぞれがまた

以前の日常を続けていたある日。

明日が大晦日ということで母と家の掃除をしていると、

水菜の携帯の着信音が聴こえた。

窓を拭いていた手を止め、電話に出る。

「はい」

『久しぶりだな』

電話の相手は棗だった。

あの日以来、しばらくお互い忙しく、連絡を取り合って

いなかったのだ。

水菜は母の目を避けるようにトイレに入った。

「本当、久しぶりですね。どうしたんですか?」

『実は総代からお前を連れてくるように言われたんだ』

「総代から?」

『今近くに来てるんだが、出れそうか?』

棗の呼びかけに一瞬ためらったが、

「はい。すぐに行きます」

気が付くとそう返事していた。

母には友達と会うと言ってそそくさと家を出る。

背中に母のぼやきが聞こえたが、あえて聞こえない

ふりをして足早に公園へと向かった。

水菜の姿が見えると、棗が小さく手を上げて合図した。

「そばに迎えの車が待ってる。早く行こう」

水菜はせっかく久々に会えたのだからもっと2人で

ゆっくり話したかったのだが、棗は総代の呼び出しと

いうこともあってか早急に事を進めたそうだった。

「総代のお話って、なんでしょうか?」

水菜が訊くと、棗も首をかしげた。

「さあな。俺にも分からない」

(そういえば総代に会うのも久しぶりだよね。

いったい、なんの話だろう)