遣隋使外伝三回目のお使い | 墨呂空の無双芸術劇場

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小野妹子臣三回目の渡航

裴世清と隋にわたる

倭国のヤラセ劇のお蔭で

隋と友好関係が出来た

三回目の遣隋使には

その後日本を牽引する留学生が渡航

南淵請安は蘇我入鹿や中臣鎌足の師匠

国博士と言われた高向玄理

僧旻という渡来系倭人も同じく国博士

後漢副因は隋から唐になるまで彼の地にいた

恵遠という学僧は31年も中華にいて帰国

この人たち通称聖徳太子が選んだって?

その聖徳太子は影薄いなぁ

小野妹子の返書紛失事件は?

隋書にはなかった

コレ日本書紀の記述だよ

2回目の時のお話なんだけど

多分、その後の小野氏族の活躍

妬んだ奴がいて、創作したエピです

隋には小野妹子の記述がない

蘇因高と言われた?

どうなったらオノノイモコってなるの

学のない筆者には意味不明

第四回、第五回とお使いはあったが

隋と高句麗の戦争によって隋に内乱が起こり

隋は滅んで唐になった

唐になっても留学生は中華に留まった人もいる

アッチで偉くなった人もいるし

帰り際に海難事故に遭って亡くなったり

病気で亡くなったりした留学生もいて

命がけだよね

通称聖徳太子なんて楽してたなぁ

偉大な聖徳太子なんかいなかった

みたいな

墨呂空