警視庁三鷹署の一室。元交際相手からのストーカー被害の相談に訪れた高校3年の女子生徒=当時(18)=と両親と向き合った生活安全課の担当署員が切り出した。

 「この中から選んでほしい」。口頭警告、ストーカー規制法の文書警告、逮捕を含む刑事手続き…。警察に望む措置を問う文書だ。生徒が選んだのは口頭・文書警告。十分な知識も経験もない生徒に「逮捕か、警告か」と迫っても、戸惑い、ためらうのが当然の反応だったかもしれない。

 東京都三鷹市で昨年10月に起きたストーカー殺人事件。生徒は三鷹署に相談した当日、1人で帰宅直後に自宅に潜んでいた池永チャールストーマス被告(22)=殺人罪などで懲役22年、控訴中=に命を奪われた。数日前、関西から上京して待ち伏せる池永被告を2度も見かけ、不安になったからこそ警察に相談したにもかかわらず、だ。

 昨年12月、警視庁は事件の検証結果で、署員が池永被告の行動から危険性や切迫性を感じ取れず、単に警告で済ませたことに「問題があった」と認めた。

 ただ、ある捜査関係者は警察側のジレンマを指摘する。「危険な状況でも、刑事手続きとなるとためらう被害者がいる。『逮捕はやめて』と言われれば、その通りにしか動けない」

 ■「大ごとにしないで」

 三鷹事件を機に始まった警察庁の有識者検討会。今年1月、出席した兵庫県警ストーカー・DV対策室長の岡本圭司警視は「相談者との間で危険性の温度差が激しいことが多い」と、処罰感情の乏しい被害者の対応の難しさを訴えた。

 警察は最悪の事態を想定して対処するのが基本だ。相談を受ければ、加害者の危険性を説明し、被害者保護に最も効果的とされる事件化が可能かどうか判断する。だが、「知ってもらえただけでいい」「大ごとにしないで」と、警察の積極介入に消極的な被害者も少なくないのだ。

 相談後の一時保護では、ある被害者は保護施設(シェルター)への入居を自ら希望しながら30分で帰宅した。「たばこが吸えない」などと生活面の制約を理由に入居を断る人もいる。

 警察が危険性を説明しても理解しない。いくら保護が必要でも、相談者1人のために警察官を24時間態勢で長期警備に従事させることは難しい。

 岡本警視は「警察は相談者の気持ちを理解しようと最大限努めるが、相談者も自ら強い意思を持たなければ現状を変えることはできない」と語る。

 ■警告後も自由の身

 危機感の乏しさでなく、報復への恐怖心から警察に相談できないケースもある。過去にストーカーやドメスティックバイオレンス(DV)被害を受けた経験のある人に多いという。

 ストーカー・DV被害者を支援するNPO法人「全国女性シェルターネット」の近藤恵子理事は、警察に被害を訴えても最初は警告にとどまることが多い現状を問題視する。「警告したところで加害者は自由の身。警告が行動を激化させると恐れ、相談自体をためらう」からだ。

 仮に警察が逮捕に踏み切ったとしても、報復の影におびえる日々になる。加害者の異常心理は容易には読み切れない。そこに、警察の苦悩がある。

 相談や事件化をためらう被害者の姿勢はどうすれば変えられるのか。近藤さんはハードルの高さを自覚しつつ、こう考える。

 「警察の不十分な対応が招く悲劇を二度と起こさないこと。警察に相談すれば、ひどい目には一切遭わないと被害者に思わせるしかない」