僕がどこの医学部に所属しているのかは書かない。
というか書けない。
この世界は狭いし、厳然たるヒエラルキーが存在する。
下の者(ゴミ)が、上の者(神)に意見を言うことは基本的に、ない(笑
医者という生き物は、群れて暮らすという生態を持っている。
そこら中で開業したり、
ベッドのあるちょっとした病院でさえ院内をウヨウヨしているのに、
意外と知り合いに医者はいないものだ。
でもそれはプライドで群れているのではない。
社会の好奇の目から、自分たちを守るためである。
医者は高度に専門的であり、また尊い仕事であるが故に、
誤解や恨み、過度の期待を受けやすいからだ。
さて、そのさなぎ?タマゴ?である医学生とはどんなものか
一口に言うならば、
「情報処理」あるいは「効率」というものについて極端に特化した連中である。
同年齢の他の学部の学生などは、無邪気な中学生か高校生のように見える。
40近い僕から見ても、わずかな違和感しか感じないほど老成している。
しかし大きな問題がある。
人間性という点において、大きく欠如していると強く感じる。
医学部の勉強はまさに詰め込み型だ。
試験前など一晩で1センチ程度の資料を丸暗記など当たり前。
忙しすぎて、人間性を磨くヒマなど無いのが実情。
実際、医学部に受かっただけで「勝ち組」ヅラする連中も多い。
(これは見ていて非常に気分が悪いし、ハナ毛を出しながら得意げな顔をされると噴飯ものである)
特に女性に多いのが不思議でならない。
今の医学教育に、もっと現場に触れさせたり、
映像でいいから見せてあげる必要があると強く思う。
医療の現場とは、言ってみれば患者にとっては戦場である。
「数年後には俺もここに来るんだ」
「ってか、こんな手術、今の俺にはムリ。もっと勉強がんばらなきゃ」
と自然になるはずである。
現状、講義は休むやつが多い(でも名簿上では全員出席)。
教員から試験情報を聞き出すには女子学生を充てる(もはや水商売)。
試験中のカンニングも横行している(セクハラを盾にスマホを股に挟む)。
それが原因でまじめなヤツが留年する仕組みができあがってしまっている。
大学側とも何度も話したが、根本的な解決には至っていない。
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正直僕はちょっとスランプになっている。
それは自分が浮いているように感じるからだ。
まわりが20代だからとか、そんなんじゃない。
この 「とりあえずやっつければいいんでしょ?」 という
能率だけの空気感と合わないのだ。
しかし、今の医学部ではそういうヤツが生き延びる仕組みができている。
この当事者意識の欠如が、ひいては医療事故や医療不信を招く原因なんだろう。
事実、医療訴訟のほとんどが医療内容についての訴訟ではなく、
「医療の提供の仕方」に問題があるとして訴えられている。
要するに「医者の話し方が悪い」ということだ。
こんなカンニングや能率ばかりで試験さえくぐれば良いという空気では、ろくに話もできない安物の医者が増えても仕方ないと思う。
きれい事と言われるだろうが、医者は父親のようであり、家族のようであり、友人でなければならないと思う。
患者が「こんなの自分じゃない!」と死に瀕して泣いて叫んでいるとき、
目をそらさずに、
旁らでどんな言葉をかけられるか、
手を握ってあげることができるか、
底なしの無力感にうちひしがれている家族を支えることができるだろうか。
いまの学生を見ていると、答えは絶対にNOだ。
