9月9日、父 山本敏信が永眠いたしました。
通夜、葬儀には全国より多くの方に参列いただき、遺族一同感謝しております。ありがとうございました。
葬儀では、斎藤元彦兵庫県知事、北野実県議会議長、渡海紀三朗衆議院議員より弔辞を賜りました。
兵庫県のため、高砂市のために52年間の政治活動を通して、時には仲良く、時には激しい議論をしてくださった県議会、市議会の関係者の皆様に深く感謝申し上げます。地元選出の国会議員の方々も葬儀では最後まで父にお花をいれていただき、ありがとうございました。
地元では、とっちゃんと呼ばれ、高砂の祭りがなによりの誇りでした。東北大学応援団で鍛えた声は、80歳まで多くの会でエールを送り続けました。
このブログとフェイスブックですが、昭和49年に始まった「おとちジャーナル」活動日誌の延長上のものです。昔からご存じの方は覚えていらっしゃるかもしれませんが、昭和の時代に小さな社宅で父が鉄筆で書いた「おとちジャーナル」をガリ版印刷し、インクを乾かすために家中に広げて、寝る場所もありませんでした。時代と共に変化をし、フェイスブックではコメントに一喜一憂しておりました。毎日、帰宅後にスーツを脱いで、ランニングシャツとステテコという姿になり、時間をかけて活動日誌を書いていた父の丸い背中をもう見ることができないかと思うと残念でなりません。初心者のピアノのように、片手打ちで丁寧にブログを書いていました。
ブログを通じて、父の政治活動を支えてくださったみなさまに深く感謝申しあげます。父の書いたブログは、思い出がたくさんつまっているので、しばらくの間、そのままにさせていただくつもりです。
52年間、議員としての父を支えていただきありがとうございました。 遺族一同


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