父についての想い出をひとつ書いてみます。

手紙に書いて父に渡そうと思ったこともありましたが、

その前に父は他界してしまいました。

そのため、これは追憶となります...

 

 

私が子供の頃、親戚行事が年に1,2回行われている時期があった。

その時は公園の近くの大きな池にある釣堀で行事が行われた。

確か1時間のうちに釣り上げた魚の多さで、順位を競うというものだった。

親戚の叔父数名は開始から30cmくらいの魚を調子良く釣っていたが、

父は魚が釣れない。

そもそも父の釣竿の浮きはちっとも動かないのだ。父はただじっと浮きを見ていた。

 

この頃の私にとっての父はただ怖いだけの存在だった。

そのため父と話すこともあまりなかった。

大人たちの釣りに子供達が1時間も一緒にいれるはずはなく、

私たちは釣堀から少し離れた所で遊んでいた。

時々、私は父の方を見た。

魚が一向に釣れないせいなのか、父のその時の後ろ姿は

どことなく小さく寂しそうに見えた。

 

子供達同士の遊びも一段落し、私は少し離れた所に座って父を見た。

やはり、父は動かない浮きをずっと見ていた。

叔父たちのカゴには魚が3匹ずつ入っている。

父のカゴには魚は1匹もいない。

叔父たちは陽気に会話を楽しんでいるが、父はその輪に取り残されたように見えた。

それでも父は不満を漏らすわけでもなく、ただ黙って浮きをみていた。

 

「そろそろ終わりにしましょうか。」と幹事の叔父が声をかけたその時だった。

父の釣竿の浮きが沈んだ。

魚がかかった。

竿のしなり方が大きかったので、

周りの人達から「大きいぞ!」と声がかかった。

釣竿の持ち手の部分に大きな力がかかっているのか、父の手はブルブルと震えていた。

ついに魚が水面の上に姿を現した。黒っぽくて叔父達が釣り上げた魚の長さの

2倍はある大きな魚だった。

釣り上げた直後に魚の重さに釣竿が耐えられず、竿が折れた。

それでも父は何とか池のほとりに魚を釣り上げた。

 
じっと黙って耐えて、最後の最後で一気に形勢を逆転した。
この時、父の後ろ姿が大きく見えた。
そして私はこれが男だと思った。