東日本大震災と原発事故から8年…あっという間に年月が流れました。

我が家は原発より約45キロの市街地にありました。
当時築5年…。

私は若くはないので(笑)、子供がいなかったら多分避難しなかったと思ううけど、何せ目に見えない放射能が相手…。


100%大丈夫という確証のないところに一人息子を置いておくことができず、家の多額のローンのことなどすっかり頭から抜けた状態で自主避難の道を選びました。


新築したときに購入した家具はほとんど処分して、大きいものといえばグランドピアノ2台のみ…。


この2台のピアノは私が人生の師
と尊敬する先生に名前をつけて頂き、毎日レッスン前に「きょうは◯◯ちゃんと◯◯くんが来ます。
ピアノを通して喜びが広がっていきますように…」と話しかけていました。


話しかけるようになってから、不思議に沢山の奇跡が起きました。


一生手放すことはないと思っていた私の分身のような2台の大切なピアノ…。
でも、ついにきょう1台手放すことに…


自主避難したのはいいけれど、貯金は底をつき、ついにすっからかん…(いい年をして笑えん)


そんなこんなで大学生の息子が一生懸命バイトで稼いだお金を全部家に入れてくれたため、計画していた海外旅行を諦めざるを得ないという事態になってしまったのです。
しかも将来的には短期留学という夢もあるのに…。


息子のために自主避難したのに息子の夢を奪ったら洒落にならない…。


今が一番大事な正念場…ピアノもわかってくれるでしょう。


なわけで、ピアノに心から感謝の思いを伝えお別れしました。


さすがに前日は色んなことが思い出されて涙がこぼれましたが、きょうは清々しい思いで見送ることができました。


これしかないと決めてしまうのは自分…でも自由自在に色んなことをつかめるのも自分…。


実際手放したことで、そんなことを思い、ふんぎりもつきました。


母の介護のこともあるので、ピアノを教えることにも一区切りつけます。


そう覚悟ができたら、心が自由になりました。


私が人生の師と仰いでいる先生が、自主避難したときに言って下さった言葉をふと思い出しました。


『生きて人生を2度もやれるなんてことはそうそうないよ…』



その言葉がようやく8年の歳月を経て生きた言葉となって私の心に入ってきました。


これからようやく2度目の人生の出発かな。


若くはないけど、深い時間を過ごせたなら一年が普通の何倍にもなると思うから…。


 ナナオくん、ちょっと皮膚疾患でトリミングできなかったので、モサモサです。
来週はトリミングして凛々しいナナオくんに変身予定です。
お別れしたピアノと共に…。