昨日、クリスマス前のアドヴェンツの時期以来、

二か月ぶりに息子一家をたずねました。

 

チューリッヒ中央駅から郊外へ向かうこと25分、

彼らはのどかな農村、牧場地帯に住んでいます。

村の幼稚園、小学校に通う二人の孫、

Yui 7歳、Taro 4歳も元気そうでなりより。

日本からのお土産を渡し、ひとしきりにぎやかに遊びました。

 

帰り道、あまりに大きく立派に輝くお月様に思わず立ち止まりました。

スノウムーンと呼ばれる満月は今日、とのこと。

 

夕暮れにうっすらと浮かぶ遠くの山々も美しく、

季節の移ろい、のどかな景色の中の自然の営みに静かな感動を覚えました。

と同時に、日本とスイスの血をひく孫たちも、世界中のどのこどもたちも、

この先もずっと、豊かな自然の恵みと平和な未来を享受することができますように

と願わずにはいられません。

 

スイスと日本は友好を結んでから一昨年160年を迎えました。

1815年のウィーン会議で永世中立国となったスイスと

1946年に出来た平和憲法を守る日本、

この両国はいまだかつて戦争をしたことがありません。

 

ウクライナ、シリア、イスラエル、イラン・・・・

今なお戦争の火種を抱え、民族浄化の兆しが絶えない世界の中で

むしろ稀有な両国の関係といえるのかもしれません。

 

私はちょうど半世紀前、1976年に日本を出て当時の西ドイツに留学しました。

戦後31年目の年です。

東西の壁の圧力は厳然と、市民の日常に影を落としていましたが

西ドイツではすでに復興が進み戦争はもう懲り懲り、の空気に満ちていました。

 

日本を出て初めて、平和憲法の尊さを実感しました。

アジア人蔑視も敗戦国同士の複雑な状況も皆無とは言えませんでしたが

平和憲法への、羨望や尊敬を含んだ賛辞も少なからず耳にし

当時確実に増していた日本の経済力によるだけではなく

戦争を永久に放棄した憲法に守られ、日本国民としての誇りも保つことが出来たのだ、

と振り返って思います。

 
高市さんが、安倍さん、高市さんの悲願「改憲をやらせて欲しい」と
いよいよ明らかにしてきました。
日本の平和へのブランド力を高めるためなら改憲の議論への余地も
あるかもしれないとは思いますが、
 
好戦的、排外的な発言が跋扈する今の流れの中で
改憲の議論がされることには大いに危惧を抱きます。
 
戦争を回避する不断の外交努力、政治が担うべきものは大きいです。
国際関係の中で、日本の立ち位置をどこに定め保つか
今がその瀬戸際である、との思いです。
 
 
元イスラエル空軍兵士、今は秩父の山でちゃぶ台を作る家具職人のダニーさんには、何回も富士宮に来てもらってご自分の体験をもとに平和への講演をしてもらいました。
在日本40年、全国をまわって、近年ますます活発に平和へのメッセージを発信するダニーさんの
つい最近のフェイスブックでの投稿です。
 
image
「国のために死ぬのは素晴らしい?」
 
周辺の国への憎悪を掻き立てられ青少年たちを戦場に向かわせる教育を受け
実際に大きな喜びと誇りをもって戦闘機のパイロットを目指した彼が
標的がパレスチナ市民であり子供たちであることにふと疑問を抱き
ついに、国から受けた洗脳から自分を解放した・・。
その彼の言葉は重いです。