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基本テレビは見ないのでタレントやドラマはよく知らない。
ある日テレビで流れていたショートドラマに何となく目がいった。
お菓子教室の話のようでオシャレなスイーツレシピを紹介する番組かなと思っていた。
あらすじは生徒が1人だけのお菓子教室。
毎回生徒は変わっていくが、それぞれに心の痛みを持っているという設定のようだ。
たまたまやっていたら見る程度だけど毎回見入ってしまうのは、そのお菓子教室がカウンセリングのように見えるからだと思う。
教室では生徒が華やかなお菓子を作ることに没頭できる一方、自身の辛さや思いに涙することがある。
お菓子教室の2人の講師の声かけが押し付けがましくないのがすごく良い。
どんな声かけをするのか毎回ちょっとワクワクしたりする。
これってまるでブリーフセラピーみたいだなと思った。
今あるシステムを変えていくのがブリーフセラピーの考え方で、物や人を加えることで新しい循環を起こしていくというものだ。
お菓子教室という新しい場所と講師達が新しい循環を生み出していく。
こういうセラピー良いなぁと寝る前なのにセラピスト脳が活性してしまう(苦笑)
人は人によって癒され動き始める。
「親は子育てに怯えていて力が入っている」
子供は考える力がないから親が教えないといけないからと親の思う正しさを押しつける。
解決策は子供が持ってたりするけれどその感覚は薄い。
「子供は自分で考えられる」という概念が長く社会になかったんだから仕方ない。
親に責められ自分で自分を責めて育った人は結構いるんじゃないかと思う。
心理を学んでも自分を責めることは中々やめられない。
「あなたに原因はない」
「あなたはそう思っていい」
これは他者から言われないといけないようだ。
自己完結を心理の世界では求めがちになるけれど
人とやり取りをしないと永遠に終わらないという言葉が優しく突き刺さる。
それを受け入れたら泣いてしまう。
それを言葉にするとあの時の恐怖を思い出す。
ちゃんと終わらせていない思いがくすぶっていても自分を責めることで無理矢理完結させてきたんだと思う。
「感情を出せた時にはじめて人は自分の身体と繋がる」
全ての人にそんな場が必要だと改めて感じる。
忙しくても毎回目を通すのは、利用者さんと関わった経験談が書かれたページだ。
今回は利用者さんであるお母さんと娘さんの話だった。
お母さんに良いサービスを受けてほしいと奔走する娘さん。そんな娘さんとは対照的に消極的で非協力的なお母さん。
互いにぶつかることが多くなり親子の関係性が悪くなってしまった。
お母さんと話を重ねる中で支援者として気付いたケアマネさんの言葉が綴られていた。
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「〜しないとダメ、大変なことになる」と皆が行く先を案じ当事者の未来を勝手に先取りする。
そのうちどんどん先回りし本人を追い越して準備を進めていく。
置いていかれる当事者は自分の感情を感じる時間さえ許されない。
周りが思う現実と未来を押し付けられ自分の感情さえも先取りされる。
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暫くそのページから動けなくなった。
自分の未来や感情を先取りされた経験は誰にでもあるように思う。
言いたいことは山のようにあるけれど言葉が出てこない。
支援者の自己満足な支援は支援じゃない。
主人公の声なき声を聞けるよう精進したい。
自分の文章が嫌になったのは確か二十歳の頃だった。
知人のためにみんなでメッセージを書き連ねた時、自分の文章があまりに幼稚で何も伝えられていないことに愕然とした。
他の人の文章は思いが伝わってくるものばかりで隠れたいほど恥ずかしくなったことを覚えている。
みんな難しい言葉やプロのような言い回しを使っているわけじゃないのに私と何が違うんだろうとそこから迷宮入りしてしまった。
そつない文章を書いているとそつない思考になりそつない言葉しか出てこなくなる。
「あんたの言葉はあんたの身体を通ってないねん」と言われた時はヘラヘラ笑いながらも心がえぐられた記憶がある。
友人が学んでいた文章講座に飛びついたのはそんな自分の文章を何とかしたかったから。
先生から学び気付いたことは小手先のテクニックじゃなく、自分と向き合い自身をさらけ出さないと人に伝わる文章は書けないということ。
文章の上手い下手に関わらず書くことへ挑めるようになったのは先生に出会えたから。
良い先生を見つけた自分を褒めてあげたい。




