さて、そろそろブログでも書こうか。
・・・今までこのシーン何回やり直しただろうか。
100を超えたあたりから、数えるのを放棄した。
どうやっても、結局はBADEND。
運命は、俺にブログを書かせてくれないのだろうか。
11月31日という、この日。
どうしても俺は、この日までにブログを1回も上げる事はできないのだろうか。
「ざざ・・・」
なんだこれは。
無かったことにはしてはいけない。
「追い詰められた記憶をなかったことにしてはいけない。」
そうか。俺が積み上げたこのタイムスリップの仮定を、
そのまま記事にすればいのか。
確かに、大多数の読者には、何を言っているのかわからないだろう。
でもこれでいいのだ。
「このわかるかわからないか微妙なラインのことを」
シュタインズゲートと名づけよう。
特に意味はない。
どうも。問題児です。
これは実際には11月31日に書かれたブログですが、
皆さんは12月1日に読まれている事でしょう。
この1日の差異。これは私が時空を歪めて到達できたシュタインズゲート。
タイムリープともまた違ったこの概念。
本来、あるはずのない11月31日が存在するこの世界線。
何を言っているかわからないでしょうが、それは仕方ない。
あなた方の記憶は、11月30日から12月1日変わり、
「もう12月か今年1年も早かったな。」
なんて平凡な感想と平凡な記憶が刻まれているかと思いますが、
実は違う。あなたの記憶に残っている、12月1日は本当に12月1日なのでしょうか。
11月31日が存在するこの世界線では、11月31日が存在しない世界線と比べて、
ただ、11月31日が存在するという点だけが異なり、他の一切は異なる事はない。
では、11月31日で起こったあらゆる事象と、その後与える影響については、
どう帳尻を合わせていくのか?ここに1日分の歪みが存在する。
この1日分の帳尻合わせが、人間世界あらゆる面で事象の混合や矛盾をもたらしている。
私は、これを知っている。
皆は11月31日が存在するなんて出鱈目な妄言を信じてもらえないでしょう。
それもそのはず。この世界は、多数派が正とされる世界。
たった一人が異を唱えたとしても他の70億の人類によって糾弾される。
この違和感に気づいた当初は、私も周囲に何度も話してきた。
3年ほどして、この行動は無意味であると悟った。
そして私は誓った。
皆の中から消えてしまった11月31日を、私はただ一人受け止めて生きていこうと。
この記事を書くことが例え、世界線の歪みの調整によって、
世に出ないものだとしても、私は一向に構わない。
これまで、今年はほぼ毎日ブログを更新してきたが、
調整によって、おそらくは4月頃から更新が途絶えた事になっているだろう。
しかし世に出なかったこの記事をなかった事にはしてはいけない。
私が積み上げてきたこのブログは、必ずや私の未来に良い結果をもたらすに違いない。
そう信じて、私は12月も毎日ブログを更新し続けていく―。
「と、いった感じで書けば、ブログを散々放置してきたことも許されるだろうな。」