問題児は二度とプラス域へは戻れなかった。
上客と養分の中間のギャンブラーとなり永遠にマイナス域をさまようのだ。
そして当てたいと思っても当たらないので、
そのうち問題児は考えるのをやめた。
オツウ事件から、立ち直れない問題児です。
投資316600回収26000
回収率9パー
今年の目標+200万?なんの冗談だよwwwww
-300万のペースだからwwwwwww
ただこのペースなら年間300万賭けられる。賭け金と精神バランスがようやく安定してきました。
後は当てられるかどうかなんですけどね...笑
初日はいつになることやら。
転がしを上手く使えないかも考えたんですが、やはり上手いやり方が思いつかない。予想は上手くないですから。
あくまで、予想は人並みでも勝つやり方を考えた方が効用は高いと思っているので。
いや、予想はしています。
しかしそれは大衆の思考の予想。
やべ。スイッチ入る。久しぶりに競馬コラム。
勝ち馬を予想するのも大事だが、更に大衆の思考をも予想しなければ競馬は勝てない。
この考えは、競馬において絶対に持たなければいけない考えであり、競馬は個人のゲームではないという事を指します。
競馬は個人の勝ち負けではないのか?とほとんどの方は思うでしょう。
そりゃそうです。
何故なら、予想が的中したら配当を貰え、予想が外れたら配当を貰えないのですから。
つまり、個人の予想が当たるか当たらないかで競馬の勝ち負けは決まるという理論です。
確かに、競馬が丁半博打ならばその理論は正しいです。
しかし、競馬にはオッズという存在があります。
これが、競馬が個人のゲームではない事のそのままの理由になります。
そして、このオッズという存在が、競馬において最も重要な指標であり、最も信用できる指標であるのです。
少し話を戻します。
競馬は個人のゲームではないというのは、オッズという存在がある限り絶対に覆りません。
では何故、絶対に覆りませんと言えるくらいに明らかなのに、競馬が個人のゲームと思われがちなのか?
それは、勝負する相手がでかすぎる事、オッズ自体が複雑に数値化にされている事、配当金を頂くのが表面的にはJRAからに見える事が、競馬を個人のゲームと思われがちな理由であります。
競馬とは本質的に、JRAが絶対の勝者。
絶対的な勝者がいる限り、あなたが勝つには、他人がそのぶん負けなければならない。いやそれ以上負けなければならない。
全員が当てよう当てようと思い、JRAの強大なる壁に立ち向かえば向かうほど、その強大なる壁を実感する事になるでしょう。
究極的な話を言うと、競馬にある一つの予想ロジックが、将棋やオセロのように解析されて必勝という定石になれば、そのロジックが世間に知れ渡った時点で、必勝のロジックがたちまち必敗の予想ロジックになります。
この理由は明白ですよね。あえて説明はしません。
もちろん究極的な話を挙げて、話をわかりやすくしてるだけです。
本当に言いたい事は、予想ロジックなんて結局は水物だということ。
大衆の思考、行動によって予想ロジックの有効性は変化するものなのです。
しかし、予想ロジックだけで勝てている人は、ごく稀にですが存在します。
それは何故でしょうか?
今の話の流れから言えば簡単に答えは出てきます。
二つ理由があります。
一つ目の理由は、そのロジックが世間に知れ渡ってないからです。
これは、つい先ほど言ったように、どんな常勝ロジックでさえ、世間に知れ渡った時点でそれは常勝でなくなり、JRAの大きな25%の壁を乗り越える事ができなくなります。
二つ目の理由は、単純ゆえに深い理由です。
先ほど、「大衆の思考、行動によって予想ロジックの有効性は変化するものなのです。」と言いました。
これは、実は概念であり、実は現実にはほぼほぼあり得ない事を言っています。
それは、大衆の思考・行動は基本的にある一定で平均化され変わらないから。
少し洒落た言い方をするならば、
大衆の思考・行動は普遍で不変であるから。
この大衆の思考・行動が普遍で不変であるからこそ、勝てる予想ロジックがそのまま勝ち続ける事ができる。そして、競馬には勝てる可能性がまだまだ眠っているということなのです。
では、大衆の思考・行動によって導かれた平均的な予想は果たしてどこに位置づけされるのか。
答えは簡単。回収率75%付近です。
絶対に勝つ事はできない思考・行動です。
これが、競馬の本質です。
あなたが競馬で勝つようになるには、この「大衆の予想」とは全く違う予想をしなければならないということです。
例え、それが的中であっても、短期的に勝ち組になるだけであって、長期的にみれば、回収率75%に調整するように的中しているということなのです。
つまり、当てても全く無駄である、当てる必要性が全くない馬券であるということ。
ここら辺でほとんどの方がそうじゃない。というでしょう。
それで良いです。もし、これを全ての競馬ファンが理解して実行したならば、この理論はたちまち意味のない理論になってしまいます。
さて、ここまで概念的な事をつらつら述べてきましたが、実際にどうすれば競馬で勝てるようになるのか具体的に教えろ。という言葉が出てくるでしょう。
そんなものこっちが知りたいです。
ただ、絶対に負けない方法は知っています。
それは金を賭けない事です。
はい。ツッコミは無しで。というのは無理な話ですよね笑
では付け加えます。
「大衆の予想」と予想が同じの時に、金を賭けない。
自分が予想した馬券が、「大衆の予想」と被ってしまった場合、そのレースは馬券を買うこと自体をスルーする。
よく私は、「このレースは見るレースだ。」「このレースは見で。」
と言っていました。
これには、実は二つの種類の見があります。
今まで、皆さんが馬券を買う買わないの判断はどこでしてきたでしょうか?
どの馬が勝つか全くわからない、全く自信がない、というのが理由ではないでしょうか?
そう。これが見の一つ目の種類です。
しかし、見の威力を発揮するのは、二つ目の種類の方。
大衆の予想と同じであるから、このレースは当てなくていいので見をする。
これは、例えあなたがどんなに自信を持っていても、見すべきレースであると絶対の自信を持って言いましょう。
競馬の結果において、絶対とは存在しませんが、大衆の思考・行動というのはオッズと控除率という絶対的な指標がある以上揺るぎないものであり、いかなる予想ロジックにおいても、それが大衆の思考と同じになった場合は、その絶対に呑まれてしまう。
ゆえに、その絶対から逃れる為に、「見」をする。これが二つ目の「見」の種類です。
さてどうでしょう?ここまで読んで下さっている方は、全てとは言いませんが、それなりに賛同・理解している方々なのではという期待感を持っています。
なので、まだまだ踏み込んだ内容を書きます。
今まで大衆の予想と書いてきましたが、大衆の予想とはいったいどういう予想なんでしょう?
これは、この記事の中で1番難しい議題です。
そんなに簡単なものではないのですが、しかしながら一つの大きな柱はあります。
大衆の予想とは、ずばり回収率軽視、的中率重視予想です。
むしろ、回収率「軽視」ではなく「無視」と書きたいところですが、それは言い過ぎなのでやめておきましょう。
この的中率重視という予想の中でも、様々な種類があり、導かれた馬券も様々だと思います。
しかしながら、的中率重視の予想は、ある一定のパターンが存在します。
それは、総合的に一番良さそうな馬を選びがちであるということ。
言い方を変えると、一番マイナス要素が少ない馬を選びがちである。
ある六項目を0点~100点で採点して、各6項目の点数を0点を中心とした六角形にしたグラフを思い浮かべてください。
大衆の予想が選びがちな馬は、全項目げ80点を超えているような馬です。
ある一項目が100点でも、他の項目が40点とかいう馬は、あまり好まれません。
これは、的中率特化であれば当たり前の事です。マイナス要素が多い馬は負ける可能性が高いということですから。
そして、更にマイナス要素が多い馬が勝った次のレースに、その馬の評価を上げがちであります。
この二つの傾向は、大きなレースになればなるほど顕著に表れます。
それは、競馬の素人の割合が大きなレースになればなるほど増えるからであります。
ここで、いい機会なので、競馬で勝てる可能性が一番高いレースを言います。
流石に、この流れならわかると思いますが、答えは簡単。
ずばりG1です。
一番競馬の素人の参加する割合が高いからです。
競馬で本当に勝ちたいのならば、G1だけ参加するのが一番懸命です。
ここら辺の説明は、ボリューム的にやめておきます。それほど難しいことでもないのでね。
では戻ります。
二つの大きな傾向があると言いました。
・総合的に判断された馬が選ばれがち。
・ムラがある馬が勝った時に、次走評価しがち。
これを覚えておきましょう。
この傾向から導かれた馬達は、軒並み期待値が低いということです。
さて、初めて期待値という言葉を出しました。
今まで期待値という言葉を出さなかったのは、この期待値という言葉こそが相当に誤解を招きやすい言葉であるからです。
期待値の概念まで話をすると、私この記事で何を言いたいかブレてしまうので、次回以降へ持ち越し。
次がいつになるか全くわかりませんが、次回はオッズから見る大衆の思考を説明したいと思います。期待値については、まだ私も文面として残せるほど理解しているわけではないので、簡単な説明はできても、詳しく説明できないかもしれません。そこはご了承を。
長文お付き合いいただきありがとうございました。
ではまた。
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