前編から来た皆さん。
あなたは、最初の登場人物の説明だけに100ページ以上費やしてしまう小説を何の苦もなく読んでしまうような人なのだろうか。
その忍耐力は恐らくこれから必ず役に立つ・・・いや既にもうそれを武器に何かを成し遂げているかもしれない。素直に尊敬してしまうことこの上ない。
私が同じ状況なら間違いなく読まない。
後編から来た皆さん。残念です。競馬予想はしません。明日はせいぜい金を競馬場に捨てて来て下さい。
それでも読むという皆さん。
前編で私は、「本編を全く読んでいないのに番外編を読むようなもの」と言いましたが、あなたたちは違います。
あなたたちは「今まで一度も見ていなかったのに、最終回を見るようなもの」だと言っておきましょう。
推理小説で言えば犯人がいきなりわかってしまうようなものです。
古畑任三郎を書いている三谷幸喜のように、犯人が先に分かっても面白くなるような事は出来ません。
〇物語シリーズを書いている西尾維新のように、どの物語を先に読んでも面白いという事でもないのでご了承ください。
では本編へ。
私は驚いた。
何故そんなことを忘れていたのか。
確かに私の弁当がべとべとしているというのは、一つのアイデンティティと言ってもいいレベルであるくらい、私のクラスでは有名でありネタにされていた。
何故忘れていたのか?
私はかなり記憶力のいい人間だと自負している。もちろんそれは偏りはあるが。
ただこういったモノは私は忘れなかったはずだ。
実はその弁当に酷くコンプレックスを持っていて、嫌な事は全て忘れてしまうという羽川翼であるというのか?
いやそれはない。むしろネタになって喜んでいたくらいあの時の私は自虐路線真っ只中だったし、それとは比べ物にならないくらい嫌な事はあったが、それはきちんと覚えている。そもそも私は猫耳が生えた事はない。
とそんな事を考えながら時間は過ぎ、すっかりその事を忘れて違う話題で盛り上がっていたのだが、(ただ単に記憶力が悪いだけなのか?笑)
今度は違う友人がこう言った。
それは更に衝撃的だった。
友人「俺、問題児が学祭の準備で言った一言が忘れられないんだよな。」
ん?俺学祭での準備は疎か学祭自体でさえ思い出ないぞ?
問題児「?俺何言ったの?」
友人「いやお前は、『このクラスは俺が引っ張っているんだよ』って」
は?俺何いっちゃってるの?
これじゃ高校時代に虐められていたのに、中学時代の友達に『俺高校ではボス的役割だぜ!』とか言っちゃう奴じゃん!
もちろん補足しておくが、その友人はクラスは違えど列記とした高校時代の同級生である。
そんな嘘をついてもしょうがない。
私は、どこのグループにもふんわりとした感じで属するようなタイプだったはずだ。リーダー的役割なぞ高校時代では一回もとったことはない。
問題児「嘘だろ?俺そんな事言ってたのかよ!」
友人「いや『俺が足を引っ張っている』って付け加えたんだよ。」
うますぎる!!!!
座布団どころか、ざるうどんを1枚渡したくなるくらいうまい!
因みにこれは、座布団とざるうどんの語呂を掛けてるのはもちろんのこと、実はざるうどんを~枚と数えるという所まで掛けているという凄く面白い奴なのだ。
うん。今の落ちこぼれの私をみて、昔の私の上手さが際立ったとなればそれはそれでいいだろう。
悲しいがそれは私が痛感している事だからしょうがない。
それくらい高校生の私に感心してしまった。
そしてそれも忘れていた。
あ、何となくわかった気がする。
要するに環境が変わってしまったからである。
要するにとか言って、全然要領を得ない感じになっているだろうから詳しく書いていく。
ここからがあずさで私が考えていた事で、即ちホントにどうでもいい事なのだが、私にとっては経験による持論になり得る事なので書いていく。
こっからは完全にオナニーblogと化していくので気をつけてね(テヘペロ
おそらく高校時代の私はそれが普通だったのだろう。
確かに、高校時代の私は酷いむちゃぶりを振られる事が多く、それを割と普通に熟し笑いをとっていた。
厳密にいうとそれは高校1年生の話で、2~3年の時には既に衰えていたと自ら感じていた。
何故なら、2~3年の時はむちゃぶりが少なかったからである。
偉そうにいうのもなんだが、私をいじれる人が急激に少なくなった。
筋肉と同じで、ある程度負荷を与え続けないと衰えていくものである。筋肉馬鹿のような事を言うつもりはないが。
さて今から筋トレをしなくてはならないから、もう一度区切っておこう。
もちろん筋トレなどしないが。