otimomoの備忘録的な日常

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Twitterではあまり書かないことを徒然なるままに書いていこうと思います

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資格取るの楽しい!と思ったのは中学1年のころだ。私の中学には「漢検表彰制度」というものに加盟しており、3月になるとその学年のトップに盾とペンが贈られていた。本を読むのは好きだったし、漢字の成り立ちを調べるのが好きだったから、目標級は年度の途中で取った。確か3級取った気がする。終了式の最後「中学1年〇〇」とスクリーンいっぱいに名前が出るのだ。立派な盾をもらい、褒められる。とても幸せな気分だった。

 

中学2年生の時も表彰された。準2級。中学3年生で2級取ったら学校で3人目だよ、その言葉を胸に勉強した。あの盾は2級以上になると大きくなる。来年は大きいのを持って帰ってくるから、楽しみにしててね!と両親に話したらとても喜んでくれた。

 

試験当日。2級は学校で受験できないから、と近くの大学で受けた。風邪で熱があり、先生や両親に止められたが大きな盾欲しさに受験した。自己採点は怖くてできなかった。

 

中学3年の終了式。卒業式が近いこともあり、浮足立っていた。試験結果が返される前に発表される。緊張と寒さで体が震える中、映しだされた名前は別の人だった。私が部長を務めていた部活の、一番好きだった後輩。大きな盾を受け取る様はかっこよかった。15点足りなくて落ちた私よりしっかりしていた。表彰が終わってから色々な励ましをもらったが、私は二度と漢検なんて受けたくないと思うくらい悔しかった。

 

それから2年。また受けようと思ったのは、妹が勉強していたからである。妹に負けてられない!と勉強を始めた。インターネットで受験できることを知ったのもこの頃だ。しかも平日ほぼ毎日受けることができ5日で結果が返ってくる。便利な世の中だなぁと思いながら2級の合格点ぴったりで受かった。

 

頭良い風に書いてるけど、5回目で受かった。インターネット受験だと不合格は小さい封筒で合格だと賞状入りの大きい封筒で届く。2~4回目は封筒だけで分かったから読まないで捨てた。

 

資格って半分趣味みたいなところがある。当て字とかすごく面白い。取っても役にたってないものもある。小4くらいで取った硬筆の4段は、全く役にたってない。字が丸い。あと国語力検定の2級。あれ今年で廃止というか、名前変わるらしい。履歴書に書けない…?

 

今いくつか資格の勉強をしているが、結局役に立たせられるかどうかは本人次第だなと思う。上手く使いこなすか趣味にするか、選択肢はたくさんある。

計画を立てるのが苦手だ。大学生、計画、この2つのワードが揃えば、履修である。履修!!組むの!!苦手!!専門科目だけやりたいぃぃ共通科目嫌だぁぁぁぁなんて1年のころに思って共通科目をあまり取っていなかった私。3月のオリエンテーションで履修要綱を見て愕然とした。

 

えっ、私このままだと単位足りない?まさかの9月卒業?というか資格課程受講できない??

 

資格課程に進むには必修、専門、共通の単位数をクリアしていないといけなかったのだ。忘れてた。1年の時オリエンテーション寝てたし。

 

まさかの学年で1人だけ必修を落とした私は1年の後輩さんたちと一緒に受けている。さみしい。1年前の自分を張り倒したい。グループワークとかあたかも自分も1年生ですよって顔しながらやってるけど、多分バレてる。でも「すごーい!全問正解なんてすごいね!」って言われるとちょっと嬉しい。爽やかに接してくれてありがたい。

 

必修落としてるのに資格課程いきたいなんて無謀すぎる。そもそも卒業すら危ういのに。でも取りたい。そして助手さんとの何度目かの履修相談の時に思い切って言ってみた。

 

「資格課程への希望はありますか」

 

「えっ希望?」当たり前の反応された。必須落としてる身なのに希望したいなんて…って後悔し始めたときに気が付いた。主語がない。主語がないというより、意味が通じにくい。慌てて「資格課程に進みたくて…頑張ったら進めますか」と聞いたらきちんと答えてくれた。条件は

 

前期フル単かつ、選考試験が通ったら進める!!!

 

きつい!!1年のとき計画的に履修してたらこんなことにならなかったのに!!ってもの凄く反省。今週から講義が始まったけれど、終わったら即効ノートとかまとめ直して家で復習…このサイクルがついたら進めると信じてやってる。やらないで不安になる時間がもったいない。久しぶりに大学生をやってる実感が湧いた。

大学生になると毎日メイクしなければならないのって、結構めんどう。新しく買ってもお肌に合わなかったり上手く使いこなせなかったり…

パール入りの下地とかを使ってメイクをしたら顔面キラキラまみれになっていた私ですが、やっと今のメベースメイクにたどりついた…@コスメで上位でも自分に合わないとやっぱり肌荒れする。当たり前だけど。ファンデーションとか高いの買って合わなかったときの絶望は言葉にできない。評判も良かったし、テスターで試したときはすごくキレイだったのに!!って泣きたくなる。

 

試した下地(BBなど含む)は

YSL、RMK、インテグレート(ミネラルウォータリーファンデ)、セザンヌの皮脂崩れ防止のタイプ、ダイソー、マジョマジョ、ちふれ、SUGAO、パティア、エテュセ、Pidite、無印の毛穴カバータイプ、SUSIE、ミシャなどなど…

 

結果今はSUSIEの緑かなー。その上からセザンヌの緑のコントロールカラー重ねてRMKのリキッドを重ねてる。緑だとやっぱり顔の赤みが引くのと、紫のPidite使っていたときよりメイクが崩れないのがポイント。メイク直しはティッシュ2枚重ねのを1枚に裂いてからオフしてミシャのクッションファンデをちょい足し。で、リップとチークを整えておしまい。

 

下地のおすすめは

顔の赤みとか気にしない、下地の上からコントロールカラーを乗せるなら断然無印。メイクが面倒ならインテグレート!って言いたいけど、これ廃盤になったんだよね・・・クッションの衛生状態を気にしすぎない人ならミシャがおすすめ。コントロールカラーとかよくわからないけど使いたいならPiditeで、汗っかきですぐテカるならダイソーかな。

ダイソーの100円なのに本当に崩れない。汗っかきな私でもテカらない。ただ合う合わないははっきりしそう。試してみるのはありだと思う。100円だし。

 

 

 

私は肌と体質改善のために漢方を朝と夜の食事の前に飲んでいる。夜友人と食事するときにも勿論飲むのだが、粉の多さにぎょっとされる。2つあるから余計に。

 

漢方はかれこれ中3の時から飲んでいる。ここで7年間ずっと飲んでいる、と言うと信憑性が高まりそうだが、実際は5回以上挫折した。理由は簡単で効果があまり感じられなかったからだ。中学生にとって効き目がわかりにくい漢方より、西洋医療の薬の方が魅力的にうつった。親に連れられて同じ病院で漢方を処方してもらうが飲まずに捨てる、というのを繰り返すうちに高校2年生を境に行かなくなってしまった。漢方以外も処方してもらっていたにも関わらず。

 

確かに西洋医療の薬は効き目に即効性がある。例えば鎮痛剤を飲めば痛みは引く。けれど私の実体験を基にすると、最初1粒で引いていた痛みもいずれは物足りなく感じ、2粒3粒と増えていった。肝臓に負担がかかり背中が痛くなるなど、副作用で普通の日常生活を送るのがやっとだった。でも痛いよりかは副作用に耐えた方が生活しやすいから飲むしかない。悪循環の繰り返しだった。

 

ある日バイト先でこんな一言を言われた。「いつも顔が白くて辛そうね」その人にとっては何気ない一言だったかもしれないが、この言葉で私は再び漢方を飲む決意をした。久しぶりの漢方を処方してもらっていた病院は緊張して何も話せず、とりあえず痛み止めや肌の薬など西洋医療の薬をもらって終了。次こそは、と今の悩み(冷える、肌の乾燥、PMSなど)を書き留めて臨んだ。結果血虚体質と診断され、何回か漢方を変え、西洋医療の薬の力も借りつつ今現在処方されているものに落ち着いた。

 

漢方だけではないじゃないか、と題名に突っ込みたい気持ちもあるが先生曰く「西洋医療の薬はとりあえず漢方の効き目が表れるまでのつなぎ」らしい。3か月飲んでやっと効果が出てきた気がするくらい、漢方の効き目を実感するのには時間がかかる。それも毎朝夜飲まないと分からない。体質改善をするのにはやはり年単位の時間が必要なようだ。

 

ちなみに私が漢方で効果を実感しているのは

冷え 浮腫み 肌の乾燥 マイナス思考 PMS 立ち眩みなど

である。

 

漢方について調べていたら東西薬局さんのタイプ診断がとても分かりやすかった。URLをはるので、気になった方はぜひアクセスしてみてほしい。

http://tozai-yakkyoku.com/chart/

 

 

親戚が亡くなった。4等身の叔父だ。家族の中で一番、私が会っていたのに私は体調を崩し葬式に行かなかった。本当は体調不良なんて嘘だ。誰かがいなくなる、いなくなったことに対して大勢の人が悲しむ現場に耐えられる自信がなかった。

中1の時、父も姉である叔母が亡くなった。私の運動神経や柔軟性を買ってくれて、何度も新体操を勧めてくれた。クリスマスにはアイスケーキを毎年送ってくれた。亡くなった時、思考が停止した。学校の授業の関係で葬式に出れなかった。そのことが余計、「本当はまだ生きていて会えるのでは」という期待を持ち続けてしまった。亡くなる=いなくなる、ということが理解できなかったししたくなかった。

 

冒頭の叔父の納骨の日が決まった。私の成人式の前撮りの日だ。振袖姿は一生残る写真だから笑顔で写らなければならない。またいなくなる実感がないまま、時間が経過していく。ある知り合いの家族も、一人欠けてから引っ越した。私の祖母も、私の自宅の裏に今は入院している。

亡くなってからいなくなるまでの時間は苦痛だ。時間が解決する、と言われても解決する術がないから時間に頼っているだけである。当たり前だが人は死ぬ。生きている年数が長くなればなるほど、見送る数は増えていく。私はそれらに耐えられるのだろうか。