なにをやっても楽しくない。
生きている感じがしない。

みんなはなにを思って生きているのだろうと毎日考える。

もちろん答えは出ない。


なにかがしたい。
そう思ってとりあえず貯金をしてみる。
山口を出る。
いつになるかわからないけど決めた。
仕事は楽しくないが今は辞めれない。


辛い毎日。
僕はなにかを変えたいと思って山口を出る。

山口には知り合いが多すぎる。
知り合いなどいないところに行きたい。
消えてしまいたい。
僕のことを忘れてほしい。

家族、親戚、幼なじみ、友達、僕のことを好きになってくれた人。
みんなの記憶から消えたい。
疲れますね。

なぜだろう、、、やる気が出ない。
あのときから僕の時間は止まってる気がする。


一応、小学4年から遊びだったけどソフトテニスをやっていた。
中2から部活に入り3年になる前にレギュラーに入り市内では1位2位になったり中国地方では団体で3位になったりしていた。

そんなこともあり高校でももちろんテニスを続けた。

高校でのテニスは厳しかった。
顧問の先生の暴力事件。
これを教育委員会に言ったのは誰かわからなかった。
でも、僕のせいにされていた。
そのあとの1年間は地獄だった。
先生からは無視されて試合に出してもらえなかったからだ。
毎日泣いた。
辛かった。

でも、辞める気などしなかった。
仲間、先輩が励ましてくれていた。
僕のことをよくわかってくれていた拓也、米野先輩、平田先輩、黒川先輩にはほんとに助けられた。

毎日頑張った。
スランプになってもがむしゃらに頑張った。
僕にはこれしかないと思って死に物狂いで頑張った。
毎日学校には1時間かけて行き、朝練、昼練、部活とがむしゃらに頑張った。
ようやく先生も認めてくれた。
試合に出してもらい。
Aチームになったり下がったりしていた。
拓也とペアを組んで最後の県総体でベスト16で終わって泣いた。
中国大会には行けたがインターハイには行けなかった。
ただやるだけのことはした。
悔しかったけど僕はこんなもんだったのだと思った。


それから少しして最後の県大会があった。
中学のときのペアと組んで優勝した。

社会人になって実業団のチームに入った。

それからがほんとの地獄だった。







監督は僕のことが嫌いだったみたいだ。
変な噂を言って僕はチームにいることが苦しくなって辞めた。

10年間やったテニスが否定されたような感じだった。

それから僕の時間が止まった。
このブログは誰にも教えてない。
ただ暇なとき、つまらんとき、辛いときとかに適当に書くだけの場所。

なにかの間違いで来てしまった人、、、ドンマイですww

暇だったらコメント貰えると嬉しいです。




こんな僕ですがよろしくお願いします。
まぁ誰も見てないので適当に書かせていただきます。