LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの総称として、最近よく耳にするようになりました。
今日、車でラジオを聴いていたら、このLGBTに対して「生産性がない」という発言をした方がいる事が話題となっていました。
のちにネットで調べてみると、たしかに女性議員の方がそのような発言をしたようでした。
私はこの話を聞いた時に、怒りと同時に深い悲しみを感じました。
以前にも女性に対して「子供を産む機械」のような発言をしたり、男尊女卑の発言をする知事もいました。
そのような話題が出るたびに悲しい気持ちになるのに、今回の発言は女性議員からというのが、余計にショックでした。
「同性同士は子供が産めないから生産性がない」という事になるならば、子供を作る事ができない体の方は?結婚したくてもできない方は?
全て生産性がないという事になりますね?
一方で子供を虐待し、最悪の場合殺す親も居ます。
この理屈だと、前者より後者の方が生産性があるので尊重される事になります。
おかしいですよね?
そもそも私は人間に対して『生産性』という言葉を使う事に非常に嫌悪感を抱きます。
そこに生きているだけで価値があるはずなのに、それが尊重されない。
人を好きになる時、結婚する時、子供が産めるかどうかを基準に好きになりますか?
もしかしたらそんな方もいるかもしれません。
でも、子孫が残せるなら誰でもいいわけではないですよね?
好きだからじゃないんですか?
一緒にいたいと思うからじゃないんですか?
この人と一緒に人生を歩んで生きたいと思うからではないんですか?
私は結婚した事ないので、わかりません。
でも私は、たとえ好きになった相手が子供が作れない体だったとしても、その人のことを愛しているのなら、添い遂げる覚悟があります。
いつもそれくらいの気持ちで人を好きになってきました。
以前、SNSのグループチャットの中で見た忘れられない言葉があります。
メンバーはみんな女性でした。
そのチャットの中で話題が同性愛の事に及びました。
その時に1人の方が言ったんです。
「同性愛に理解はあるけど、当事者にはなりたくない」
人間ですから、いろんな考えがあって当然です。
彼女の言いたいこともわかります。
でも、知ってほしい事があります。
同性愛の当事者だって、なりたくてなったわけではないという事を。
好きになった相手が、たまたま同性だった。
心と体の性別に、違いが出てしまった。
それらは全て異常ではありません。
数は少ないかもしれませんが、異性愛者と同じように、ただ人を好きになってるだけなんです。
何も悪い事をしてないのに、同性を好きになるだけで生きづらい世の中。
いつになれば変わるのでしょう?