皆さん、ご無沙汰してます。


高市早苗が権力を誤った使い方で問題を振り撒いてますが、それを良しとした主要なマスゴミどももどうかと思うのは、44だけでは決してないと思いますが‥‥

って言うか、マスゴミどもと今の自民党(と維新)政権は、一蓮托生な繋がりと関係があると誰もが思うけどね


今回は、そんな不都合を報じようとしないマスゴミどもに抗い、高市政権が世界にどう評価されているか?その真実を紹介した有料記事の要約を、此方へ掲載します。


米国は中国といがみ合いにらみ合ってる関係だと、圧倒的多くの日本人は思い込まされてるけれど、実際は一部の問題を過大に喧伝してるのが実態。

気が付いたら、日本はウクライナのように“これにサインしろ!”と、同盟国であるトランプ政権の米国から恫喝される事になり兼ねない事も‥‥


1つ参考に眼を通してみてください♪


▼海外で懸念されている高市ショック、次の金融危機の引き金を引くのは日本か?


前回は、海外のメディアでささやかれている「高市ショック」の内容の一部を紹介した。 

 日本ではまったく報道されていないが、いま海外では「高市ショック」なる言葉が世界レベルで拡散している。高市政権の発足後、円安と長期金利の上昇に歯止めが効かなくなっている。

 

それというのも、財政出動と金融緩和のアベノミクスを継承する高市政権は、経済対策で約21兆3000億、そして補正予算では約17兆7000億円の予算を計上し、その財源の6割を国債の発行で賄うとしているからだ。  国債の発行で市場への通貨供給は増加する。このため円安が進んでいるのだ。

さらに、すでに借金がGDPの260%に達する日本が国債を新たに大量発行することは、日本の財政懸念を深化させ、国際金融市場では日本国債の売りが加速している。

 

その結果、長期金利が急速に上昇している。12月16日には1.94%に上昇した。これは実体経済を収縮させる効果が大きい。 

高市政権の拡大財政政策がもたらした高金利にはプラスの側面はあるものの、住宅ローン金利や企業ローンのコストを引き上げることで、実体経済にマイナスの影響を与える可能性のほうが高い。 


さらに、円安のマイナス効果も大きい。財政規模の拡大から通貨の発行量が増加するとの懸念から、円安が急ピッチで進んでいる。年内に1ドル、160円前後になるのではとも懸念されている。

日銀の利上げで円は少し高くなったものの、思ったような効果は出ていない。円安状態は脱却できていない。この結果、インフレは一層昂進し、賃金の伸びを上回ることになる可能性は高い。実質賃金はさらに低下する可能性が高い。

そして、エンキャリトレードの巻き戻しや日本の機関投資家の本国回帰と悪循環のリスクも指摘されている。

 

一方、サナエノミクスには指定された17の産業分野に投資をする成長戦略がある。だが、そうなる現実的な可能性は低い。

高市政権はインフレと高金利を容認しつつも、成長によってその負の影響を吸収する戦略だが、現時点では円安とインフレ、そして金利上昇のペースは早く、これが実現する見込みはほとんどない。

 

ところでトランプ政権は米外交の基本方針となる「国家安全保障戦略(NSS)」を発表したが、実はこれは発表用の短縮版であったことは明らかになった。

いずれ発表になるだろが、その内容は、G7を廃止してコア5という集合体を新たに創設し、それが世界の安全保障や経済の枠組みを作るというものだ。ちなみにコア5とは、アメリカ、中国、ロシア、インド、そして日本の5カ国である。欧州やカナダは排除されている。これが、G7に代わる役割を果たすことになる。 

 

これを見ると、いまアメリカはロシアをパートナーとしながらウクライナ戦争の終結を図ると同じ枠組みが、東アジアにも適用される公算が強い。つまり、アメリカが中国をパートナーとして協力し、東アジアの安全保障上の枠組みで合意し、それを日本に受け入れるよう強く迫るという構図だ。これはまさに“日本のウクライナ化”であり、もし日本がそれに応じないのであれば、トランプ政権とてジャパンハンドラーを通じ容赦はしないだろう。 

 

このような状況に向かいつつあるにもかかわらず、周知のように、高市首相の不用意な存立危機事態の発言から、中国とは厳しい緊張状態にある。

一方、サナエノミクスと日銀の利上げから、海外のメディアが「高市ショック」と呼ぶような停滞と危機の悪循環に入りつつある。

 

はっきり言って、これは国力の低下である。こうした状況で、アメリカの安全保障には依存できなくなるのだ。日本が国益を守るためには、なんとしてでも中国と関係の改善を図り、アメリカと中国が日本の頭ごなしに安全保障の枠組みを作ってしまう前に、日本が独自の外交を展開できる余地をなんとしてでも作らなければならないだろう。

ご無沙汰しています。

 

ちょっと興味深い記事があったので、こちらへ掲載しシェアしたいと思います。

 

その前に、米国内では民主党地盤の州が、ICEの取り締まりの標的にされてるようで、トランプ政権は予算案の合意が得られなかった結果として、連邦政府が閉鎖されたことを口実に連邦政府の職員を15万人解雇しようとしてるそうで、この解雇によって連邦政府の行政に様々な問題が生じているらしいです。

またトランプ政権は、シカゴ・ワシントン・ポートランド・ロサンゼルスなど民主党の強い都市に州兵を派遣し「移民・関税捜査局(ICE)」の不法移民の排除を支援しており、その取り締まりは行き過ぎ、市民権を持った米国民でもヒスパニックや黒人であれば、無作為に拘束され国外退去処分になっていて、その中には当然日本人も含まれていました。

 

いま、アメリカは国内で大きく、そして激しく分断され混乱が生じているようです。

 

それでは、本題を掲載しますね♪

 

実に興味深い記事と動画があった。昏睡予言で有名なエドガー・ケイシーの未発表の予言の動画である。これには、アメリカの未来が予言されていた。

豊かな内容だったので、全訳を掲載する。

 

1934年、アメリカで最も神秘的な予言者エドガー・ケイシーはトランス状態に入り、壁を築き、人々を分断し、時期尚早に失脚する指導者について語った。彼はこの男の没落が時代の終焉を告げ、はるかに衝撃的な何かが始まる前兆となると述べた。

ケイシーがトランプ後のアメリカの運命について次に明かした内容はあまりに不穏だったため、公式のリーディングには一切含まれなかった。

これは彼らが隠そうとした予言です。1934年、バージニアビーチの薄暗い朝、眠れる予言者エドガー・ケイシーはソファに横たわり、ゆっくりとした規則的な呼吸をしていました。彼の秘書、グラディス・デイヴィスは、ペンをインクに浸し、待っていました。書斎に集まった小さな輪は、このトランスセッションが、ケイシーがその10年間に行った何百ものトランスセッションのうちの1つであり、彼の公式記録には決して登場しないことをまったく知りませんでした。

彼の声が、あの深く、別世界のような音色へと変化すると、彼は、その場に寒気を走らせるような言葉から話し始めた。雷のような声で語り、布を剣で切るように人々を分断する指導者が現れるが、その指導者自身は内面で分裂している。速記者は躊躇した。ケイシーが指導者や混乱について語ったのはこれが初めてではなかったが、このセッションの具体性、遠い未来との不気味な関連性は、それを聞いた者たちを悩ませ続けるだろう。

グレイディスは「それがいつ起こるのか教えていただけますか」。ケイシーの唇はゆっくりと動き、その奇妙で遠いリズムで、こう答えました。「あなたたちの時代でも、あなたたちの子供たちの時代でもありません。偉大な塔が倒れ、国家が自らの影を恐れるようになったときです。そうして、壁を築く者と呼ばれる者が現れるでしょう」と。部屋は静まり返りました。数十年後、この失われたリーディングの一部が、ケイシーの研究啓蒙協会のアーカイブで発見されました。

縁がもろくなった、黄ばんだ1枚の紙が、「1934年の農業に関する予言」と書かれたフォルダーの下に、誤ってファイリングされていた。その手書き文字は、ケイシーの秘書、グラダス・デイヴィスのものであり、速記記号は彼女の特徴的なループ状のスタイルと一致していた。しかし、研究者の注意を引いたのは、その手書き文字ではなく、その主題だった

2000年代初頭にこのページを調査した人々は、この予言が間違いなく未来の人物について語っている、その人物の台頭によってアメリカの魂そのものが分裂すると断言しました。この予言は、異様な静寂の中で始まり、その後、ケーシーのよく知られた、節度あるリズムで続きました。彼はその支配の期日を全うすることはないだろう。なぜなら、この国そのものが分裂を拒絶し、人々は華やかさよりも精神を渇望するようになるからだ。

ケイシーはこの瞬間を「潮目の転換」と表現した。彼はカルマの循環や集団的覚醒を語る際、よくこの言葉を用いた。このビジョンの中で、彼は洗練の時を貫く衝撃の余波を見た。まるで権力の心臓が鼓動を一つ飛ばしたかのように。彼は続けた。「偉大な人物は躓き、その座は空となる。しかしそれは束の間だ。混乱の灰の中から、古き秩序に属さぬ一人の女性が現れる。言葉は静かだが心は激しく、新たな清算の炎を掲げる者だ」。この言葉は、それを発見した研究者たちの小さな輪に波紋を広げた。ある者は寓話として一蹴した。別の者たちは、分裂と見せ物と誇りに依存して繁栄した指導者の没落を予見していると信じた。

その男の台頭は、国家が混沌へと堕ちていく姿を映し出すだろう。彼らは主張した。旧体制に属さぬ女は、単なる個人以上の象徴だと。ある者には、良心の再生、予期せぬ声に導かれる集団的再生の精神を表していた。またある者には、伝統的な権力構造の外から現れ、イデオロギーよりも信念に導かれる、文字通りの未来の大統領の姿が見えた。

ケイシーの言葉は、この変化が穏やかには訪れないことを示唆していた。「家は震え、旗は未だ知らざる手によって掲げられる」と彼は警告した。ケイシーの著作を信奉する多くの人々にとって、この再発見された解釈は彼の最も不気味でありながら希望に満ちた予言の一つとなり、分断と幻滅の時代へと続く、一世紀前の時代からの囁きのように響いた。

発見後、その一枚のページは再び姿を消した。公式のスキャンは存在せず、検証済みの写本も残っていない。アーカイブ研究者と神秘主義者の間でひそかに受け継がれる写本だけが流通を続けている。そこにはケイシーの紛れもない筆致で記された最後の行が刻まれている。「古き夢は死に、新たな夢は力によってではなく、目覚めによって生まれるであろう」

この予言はトランプの没落だけでなく、その後を告げていた。自由の地に震えが走る。民は自らの手による反映を目にするからだ。貨幣は意味を失い、叫びは力を失う。かつて沈黙させられた声が再び街路で響く。ケイシーのビジョンにおいて、これらの言葉は非難ではなく、清算だった。

彼は安逸が混乱へと変わる時代を語った。かつて自由を約束した制度そのものが、それを食い尽くし始める時代を。都市は不安で脈打つ。市場は嵐の中のろうそくのように揺らめく。信仰の祭壇であったドルは、戦争ではなく倦怠によって揺らぐ。その信奉者たちは、無限の成長という幻想から目覚めるのだ。

彼はこの時代を「鏡の夜」と呼んだ。あらゆる心、あらゆる制度、あらゆる国家が自らの姿を直視せざるを得ない時。人は自らの真実を目の当たりにし、罰ゆえではなく認識ゆえに震える。内外ともに衰弱した二年間が続く。この期間に彼は巨大な電線と光の網を予見した。

現代でインターネットと呼ばれるものの初期像が、恐怖と啓示を同時に広げていく。光の網は地球を包み込む、と彼は呟いた。そこには嘘も真実も捕らえられる。互いが互いを映し出し、もはや区別がつかなくなる。しかしこの混乱の中で、目覚める者も現れる。人々を奴隷にしたその道具こそが、記憶の灯火となるのだ。

あの時代、ケイシーは言った、鷲は頭を垂れるだろう。敗北ではなく、内省のために。アメリカの精神は謙虚になり、幻想を剥ぎ取られ、自らの源である聖なる種を思い出さざるを得なくなる。商業の信仰は失墜する、と彼は警告した。その灰の中から、良心の炎という別の火が燃え上がるのだ。混沌の中から、彼は一つの集いを見た。政党や旗や信条からではなく、共有された目的から生まれる新たな運動を。

彼は沈黙の中で更新される契約について語った。人の心と創造主の心との間の契約だ。壊れた信仰から新たな契約が生まれる。党派ではなく目的による契約だ。かつてこの地を分断した者たちが再び築き上げる。利益のためではなく、約束のために。鏡の夜は戦争で終わるのではなく、記憶をもって終わるのだとケイシーは語った。

光が戻るとき、それは権力の古い殿堂からではなく、目覚め、謙虚になり、再出発する準備ができた人々自身から放たれる。鏡の夜が終われば、古い世界は戻らない。電波を埋め尽くした騒音は沈黙する。日常生活のリズムを支配していた市場はもはや力を振るわない。

何世代にもわたり初めて、アメリカは立ち止まる。敗北ではなく、目覚めのために。トランス状態のケイシーは、その後訪れる夜明けを「光の契約」と表現した。夜明けが訪れる時、それは機械の轟音ではなく、自らの存在を思い出す人々の歌声と共に訪れる。彼は、権力ではなく目的を中心に形成される共同体を見た。

かつてイデオロギーの壁があった場所には、今や連帯の輪が広がっていた。人々は小さな集落に集い、都市の中に村が再生し、隣人たちは再び食料を育て、水を分かち合い、命令や利益なしに互いを守ることを学んだ。送電塔は依然として唸りを上げていたが、その目的は変わっていた。

電流は少数の貪欲にではなく、多数の調和に奉仕する。インターネット、光の網は混沌を生き延びた。しかしそれはもはや欺瞞の領域ではなかった。代わりに、理解の鏡となった。分断のアルゴリズムは消え去り、ケイシーが「群衆の知恵」としか表現しなかった、心に鍛えられた何かが代わって現れた。

政府の廃墟から現れたのは新たな支配者ではなく、評議会であった。富や血筋ではなく信頼によって選ばれた声の集まり。彼は彼らを「契約の守護者」と呼び、あらゆる部族、肌の色、信条の塵の中から現れると語った。女性は慈悲の尺度を導き、男性は奉仕をもって従う、と彼は言った。

鷲の家には均衡が戻り、その翼は再び癒される。数十年後、この予言を読んだ者たちは、ケイシーが予見したのは政治家ではなく、深い道徳的明晰さを備えた女性指導者だと信じた。彼女は統治せず導き、彼が「顕現した心」と呼んだものを体現する。彼女の影響下で、旧共和国の亀裂は癒え始めるだろう。

経済も変容する。ケイシーは貨幣ではなく創造から生まれる共有の富について語った。エネルギーと発明が新たな通貨となる。物々交換と協力が負債に取って代わる。教える者は、築く者と同じく豊かになる、とケイシーは言った。そしてその世界では、子供たちはかつての者たちとは異なっていた。

彼は彼らを「夜明けの子ら」と呼んだ。鏡の夜の間かその後に出生した魂たちであり、闇の中でも「光の記憶」を宿すと彼は表現した。彼らは数世紀忘れ去られた一体感をもって惑星を再建する。なぜなら彼らは人種も、国旗も、国境も見ないからだ。彼らが見るのは、万物に宿る一つの炎の閃光だけである。

朗読の終盤、彼の声は聴衆ではなく、まだ生まれていない者たちへ語りかけるかのように柔らかくなったという。知れ、堕落は罰ではなく浄化であったと。震えた大地は癒され、砕けた心は修復される。そして誇りの灰の中から、目的の国家が立ち上がる。かつて失われたその歌は、今再び響き渡るのだ。

夜を恐れるな、と彼は言った。それは夜明け前の鏡に過ぎない。ケイシーは、鏡の夜が過ぎ去り光の契約が結ばれた後、破滅と再生の狭間で生まれ、技術と精神の両方によって鍛えられた、かつてない世代が立ち上がると語った。彼は彼らを夜明けの子らと呼んだ。

彼らは記憶を持って生まれる、と彼は恍惚状態で囁いた。過去の人生だけではなく、目的の記憶を。彼らは自らが大いなる存在として来たりしことを知るだろう。そしてケイシーは言った、なぜならこの子らは親が築いた世界を継承しないからだ。彼らは世界を再創造する。彼らにとって、国家・階級・信条といった古い分断は、遠い夢の遺物に映るだろう。

彼らは協力の新たな言語を話し、デジタル世界の残骸を支配ではなく創造の道具として使うだろう。光を意味へと紡ぐのだ、と彼は言った。そして彼らの手を通じて、癒す芸術が流れ、築く思想が流れ、目覚めさせる言葉が流れる。後の多くの解釈者は、ケイシーが意識的な技術の時代、直感に導かれる機械、大地と空から直接引き出されるエネルギーを見たと信じた。

利益ではなく目的によって駆動されるコミュニケーション。子供たちは、機械に光を夢見ることを教えるだろう、と彼は語った。教育もまた変容した。従順さを生産する工場ではなく、新たな学校は発見の聖域となった。まず己を知ること、ケイシーが「息と息の間の声」と呼んだものに耳を傾けることを、全ての子供に教えた。

その後に初めて、彼らは構築し、癒し、導くことを学んだ。未来の知恵とは、心と手の融合だとケイシーは語った。愛なき構築は、生命なき構築である。彼らは都市を庭園へと再構築した。共有されたエネルギーと開放的な設計による緑の聖域へと。交通手段は光そのものを動力源とする静寂なものとなった。国境は消滅し、彼が「地球の兄弟愛」と呼ぶものに取って代わられた。

しかしケイシーは警告した。この黄金の夜明けさえも試練を伴うと。
彼は再び影が立ち上がるのを予見した。形を求める旧世界の亡霊。光の中にあっても闇はその飢えを覚え、人々は再び自由であるべきものを縛ろうと誘惑されるだろう。この試練は戦争や武器ではなく、完璧という幻想を通じて訪れると彼は語った。

調和から生まれた暁の子らは、いつの日か「統一」と偽った支配の微妙な誘引、全ての精神を一つに形作りたいという欲望に直面するだろう。自由が神聖であることを忘れた時、ケイシーは警告した、輪は再び回転する。なぜなら人間の魂は管理されるためではなく、目覚めるためにあるからだ。しかし彼は恐怖で終わらなかった。

彼の最後のビジョンは輝きに満ち、超越的で、この試練の彼方にあるものの一端を垣間見せた。大地が柔らかな黄金の光に包まれ、人々が国家の下ではなく真実そのものの下に生きる姿を見た。その時、キリスト意識は再び歩み出すだろう。一人の人間としてではなく、すべての人類として、記憶を取り戻しながら。そしてリーディングが終わりに近づくにつれ、ケイシーの最後の言葉が祝福のように静かな部屋に響き渡った。
夜明けは東からではなく、内なるものから訪れる。
それぞれの魂が自らの日の出となり、その光の中で世界はついに自らを、分断された存在ではなく、神聖なるものとして見るだろう。



今日ケイシーを研究する者たちは、このリーディングの信憑性について今も議論を続けている。学者たちは黄ばんだページや脆くなった記録を精査し、筆跡や構文、口調を比較する。しかし合意は生まれない。

ある者は、歴史に予言を後付けしようと躍起になった神秘主義者たちが数十年後に捏造したものと主張する。他方、これは紛れもなくケイシーのものだと反論する者もいる。そのリズム、その比喩、人間性と時代の潮流の両方を見透かす彼の不気味な能力こそが証拠だと。真実とは、ケイシーの記録群の多くと同様、今なお手の届かないところにあり、人をじらす。

しかし否定できないのは、言葉そのものが持つ共鳴だ。そこには、瀬戸際に立つ国家の響きが聞こえる。熱狂と恐怖の中で台頭する大衆的指導者、イデオロギーと野望によって分断された民衆、そして自らの姿に苛まれる国土。しかし緊張と不和の只中に、精神的な目覚めへの約束、あるいは警告が潜んでいる。

ケイシーのビジョンは絶望で終わらなかった。真実と道徳、そして集合的魂の選択との対峙からしか生まれない再生を描いていた。かくして、あの隠されたページの最終行に色褪せたインクで記された問いは、数十年の時を超えて執拗なまでに迫ってくる。

人は混沌を選ぶか、意識を選ぶか、その選択こそが、自らの手で築いた時代の終焉をもたらす。この数語に宿るのは運命の重みであり、あらゆる世代への挑戦であり、無関心の帰結と自覚の可能性を映す鏡である。今この瞬間も、読者がその言葉に思いを巡らせると、歴史そのものが答えを待つかの如く、言葉は切迫感をもって震えている。

さて、どう思う?エドガー・ケイシーは本当にトランプの突然の失脚を予言していたのか?それともはるかに大きな何かを見ていたのか?アメリカの運命を完全に変えうる何かを。歴史は明白な場所に隠された警告に満ちている。だがこれは違う気がする。まるで予言者が私たちの時代、私たちの選択、そしていままさに歩んでいる道について、直接語りかけているかのようだ。

 

 

ご無沙汰してます。

 

キリスト教福音派の人からの、日本における津波の予言が上がっていたので、これを紹介しますが、大阪と言われてるので、そうだとすると和歌山や徳島に淡路島の被害は桁違いになりそうだけど……

 

7月はトカラ列島の群発地震やカムチャッカ半島で起こったM8.7の巨大地震とそれに伴う小規模の津波の発生など、たつき諒の7月に大津波が日本を襲うとの予言が実現するのではないかと思わせる状況だった。幸い、大きな破壊を伴う自然災害は発生せずに7月は終了した。

しかし、予言は1カ月ずれて実際には8月に大地震と津波が日本を襲うと予言するサイキックも多い。また海外でも、近いうちに日本を大津波が襲うとのメッセージを主から受けたとする福音派の予言者も多くなっている。さらに、そう夢を見たというサイキックの動画もやたらに多くなっている。今回は、最近TikTokにアップされた予言を紹介する。フリッピン在住のアメリカ人で、福音派だと思われる。神からのお告げとして聞いたという。8月とは言っていないが、大阪を大津波が襲うと予言している。

▼大阪を襲う津波の予言

私には非常に緊急のメッセージがあります。約2週間前、主が私に夢を授けられました。その夢の中で、私は日本におり、地震が発生しました。それは本当に、本当に大きな地震でした。夢の中では、おそらくマグニチュード8から9くらいの規模だったと思います。

さて、数日前に主からまたビジョンが与えられました。そのビジョンでは、マグニチュード8.0の地震が見えました。そして東京が見え、人々が走っている姿も。彼らの顔には土が付き、爆発が起こったような、火山噴火のような光景でした。

そして今朝、祈っている最中に、主からまた別のビジョンが与えられました。私は日本の大阪を見ました。私は日本出身ではないので、大阪がどこにあるのか知りませんでした。なので、当然ながらGoogleで検索し、大阪に津波が押し寄せるのを見ました。

そして、今世界中で起こっている洪水の中、皆さんは。私はフィリピンにいて、皆さんに洪水のことを伝えています。ここでも洪水は起きています。だから皆、私たちは福音を広めることに集中しなければなりません。神の言葉を聞く全ての人々に伝えるのです。なぜなら、今、皆さんは陣痛の真っ最中だからです。陣痛の真っ最中です。主は間もなく私たちをこの地上から召されるでしょう。

だから皆、聞きなさい。私たちは魂に集中する必要があります。魂、魂、魂。3回言いました。魂に集中する必要があります。

日本のためにお祈りください。これは主が私に3度目にお伝えになったことです。注意してください。日本と、私はまだイエローストーンも注目しています。もう一つ、警告です。何らかの理由で飛行しなければならない場合でも、「飛行禁止」の警告は依然として有効です。自分自身、飛行機、そして飛行機に乗るすべての人々のために祈り、主を信頼してください。恐怖を近づけないでください。皆、私たちは暗黒の時代に入っています。神の言葉に時間を費やし、主と共に過ごし、恐れないでください。愛しています。

以上である。