致知出版社公式アメーバブログ
創刊47年の月刊誌『致知』がお届けする、「心に響く言葉」















月刊誌『致知(ちち)』は、有名無名を問わず、様々な分野でご活躍されている方々の人生観や仕事観をご紹介し、日々真摯に仕事に、そして人生に向き合われている方々の心の糧となることを願って編集している定期購読誌です。









創刊47年、購読者11万人。



このブログでは、これまでの膨大な記事の中から、人間学のエッセンスをお届けします。









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徳川家康によって開かれ、その後15代にわたり270年近くの治世が続いた徳川幕府。

天下泰平と呼ばれた江戸時代の初期に幕政の基礎を築き上げた中心人物の一人が、

初代会津藩主の保科正之でした。藩政を司る一方、徳川三代将軍・家光の遺命を

頑なに守り、幼くして四代将軍になった家綱を生涯支え続けた正之。

ともに保科正之に関する書物を著す作家の中村彰彦さん三戸岡道夫さんに、

日本史上屈指の名君と名高い人物像を語り合っていただきました。

※記事の内容や肩書はインタビュー当時のものです。

 

 

 

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~ 『致知』最新号6月号 ~

特集「人間を磨く」

 

 

『致知』最新号が発刊されました。

6月号の特集テーマは、
「人間を磨く

 

 

 

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幕政の礎を固めた強力なリーダーシップ

 

〈中村〉
昔は名君という時に、明君と書くことがありましたでしょう。不思議にいまあまり使われ

なくなりましたけれども、明君という言葉には頭脳明晰という響きがあります。

しかしいくら頭脳明晰であっても名君になれなかった人はいっぱいいるわけです。

 

 

 

〈三戸岡〉
国家体制を一つにまとめあげたという意味では、徳川家康はある種の名君ですね。

 

 

 

〈中村〉
家康は確かに名君の第一号だと思います。しかし大雑把な日本の骨格をつくっただけでは

国は動きません。それを誰かが受け継いで金属疲労を起こしそうになったシステムを

メンテナンスしていく必要があります。

 

仮に江戸時代を幕初、幕中、幕末に分けた場合、幕初から幕中は幕府の基礎工事の時期

であり、それを担当した中心人物が保科正之なんです。

 

三戸岡さんがおっしゃるとおり、名君と聞いて思い浮かべるのは池田新太郎(光政)で

あり細川重賢などです。ただ、残念ながら彼らは幕政には直接関与していない。

幕政に関与していない者が、果たしてどの程度国家に有用な人物だったのかは非常に

測りにくい。上杉鷹山も米沢15万石を治めるのに大変な手腕を発揮したわけですが、

日本という国家の政治を仕切ったことはありません。

 

保科正之のおもしろいところは、会津藩主でありながら、江戸では将軍の輔弼(ほひつ)役

という特別職に就いて幕府を指導しているところです。

 

 

 

〈三戸岡〉
正之が幕府の要職に就いたのは、二代将軍秀忠の側室の子として生まれ、徳川家の血筋を

引いていたためです。三代将軍家光を助け、四代将軍家綱の後見人となっています。

家綱が四代将軍になったのは11歳の時でしたから、実質的に保科正之が四代将軍だったと

言ってもいいでしょう。

 

 

 

〈中村〉
確かに幕閣の上に立って指導しましたし、副将軍という言葉に最も近い人物だと思いますね。

いずれにしましても、自分の藩の政治をきちんと行いながら、一方で幕政にも関与して強力

なリーダーシップをとっている。その視点から考えると、名君として残るのはやはり

保科正之だという気がします。

 

 

「縁の下の力持ち」に徹した生涯

 

〈三戸岡〉
正之が偉いのは決して政治の表に出ようとしなかった点も挙げられるのではないでしょうか。

 

 

 

〈中村〉
ええ。それがまた彼のゆかしいところでもありますね。

 

 

 

〈三戸岡〉
私が感心するのは、家綱が成人し、正之が老境に入って死が間もないということになった時、

屋敷にあるたくさんの書類を家老に持ってこさせて、庭で全部焼いてしまったことです。

 

家老はなぜこんなに大切なものを焼くのか疑問に思ったのですが、正之としては、家綱の

三大美事など善政のプランニングは全部自分がやっているわけで、その証拠書類を残したまま

死んでしまうと、家綱の手柄ではなくなってしまう。

 

正之はそのことを考慮して、自分の足跡を消してしまうわけです。最近流行の成果主義とは

まるで反対で、政治でも企業経営でも必要なのは、そうした功績が表に出ない縁の下の

力持ちなのです。

 

 

 

〈中村〉
おっしゃるとおり侍の理想というのは、自分の足跡を消しながら死んでいくことなんですね。

功績を自慢するのは二流の人物であるという価値観を彼らは持っているわけです。

家光を支えた老中の一人に知恵伊豆と呼ばれた松平信綱がいます。正之よりも年長で、

少し先に死んでいくのですが、彼もまた家光の信望を得て、阿吽の呼吸で様々な事業を

やってきた。

 

しかしそれが文書化され、まるで信綱の手柄のようなニュアンスで伝わってしまうと主君に

申し訳ないというので、川越藩主だった時代にそれを全部焼き捨てて死んでしまうんですね。

 

それで正之と信綱は仲がよかった節がありましてね。例えば国家事業として玉川上水の

開削に当たった時、まだ水準器が発達していない時代でしたから水を通すと全部地下に

吸い込まれてしまうという大変な失敗をするんです。

 

この時、正之は信綱に相談して、川越にいた優秀な技術者を招いて水路を全部直させる。

信綱もちゃっかりした人物で、利権として玉川上水の3分の1を野火止用水にして、

水田耕作もできないくらい水に不自由していた川越地区を潤すんですね。

 

このように正之と信綱が阿吽の呼吸で土木工事を意欲的に推進し、しかし自分たちの足跡は

残さなくていいという美学を共有している。

 

それを思うと家光は優れた幕閣に支えられた幸せな将軍だと思います。

 

名リーダーに共通する仁の精神

〈中村〉
保科正之の生き方を見てきましたが、三戸岡さんは名君、名リーダーと呼ばれる人に共通した

条件についてどのようにお考えですか。

 

 

 

〈三戸岡〉
私は時々、リーダーシップについて話をしてくれと頼まれることがありましてね。

行ってみると40歳前後の中間管理職が多いんです。そういう時はリーダーシップとして

先見性、決断力、実行力、統率力などを挙げてお話しするのですが、年代が少し上の

幹部クラスの方を対象にすると、それではやはり足りない気がします。

 

例えばリーダーシップのチャンピオンとして挙げられるのは信長です。しかし、それにも

かかわらず、天下は取れなかった。では信長に何が欠けていたかというと、

仁の精神なんです。

 

決断力や統率力も大切ではあるが、その根底になくてはならないのは、

やはり仁の精神ではないかと思います。言い換えると相手に対するいたわりや優しさですね。

それが無私の精神にも繋がっていく。

 

 

 

〈中村〉
同感です。

 

 

 

〈三戸岡〉
もちろん戦乱の時代に戦争をしながらどうやって仁の精神を発揮するかという話にも

なるでしょうけれども、関東一円を支配した北条早雲は極悪人と評されながら、

それほど人殺しをやっていないんですね。むしろ年貢を低く抑えたりして領民を

大切にしている。他国の領民からは「いまの殿様よりも早雲に治めてもらったほうが

ありがたい」と言われていたくらいです。

 

私は冒頭、名君として保科正之、上杉鷹山の2人を挙げました。2人の政治を比較すると

藩政の確立と改革と、やったことはそれぞれ異なるものの、その政治の基本思想は同じだと

思うんです。

 

 

 

〈中村〉
それが仁の精神ですね。

 

 

 

〈三戸岡〉
はい。二人とも権力欲、金銭欲がない。志す方向はすべて領民に向けられ、政治は仁を

基本とする倫理性によって貫かれていました。そして政治、経済、道徳の一体となった

藩政を見事に実現していったんです。

 

 

 


(本記事は月間『致知』2008年6月号 特集「人生の道標」より一部を抜粋

したものです)

 
 

 

◇保科正之(ほしな・まさゆき)
慶長16(1611)年~寛文12(1672)年。江戸前期の大名。二代将軍徳川秀忠の子で、

三代将軍家光の異母弟。元和3(1617)年に信州高遠藩主保科正光の養子となる。

寛永13(1636)年出羽国山形藩20万石を拝領。同20(1643)年陸奥国会津藩23万石の

藩主となる。慶安4(1651)年、家光の遺命により四代将軍家綱の後見人として幕閣に加わる。幕政の安定に貢献する一方で、会津藩主として藩政の基礎を確立する。

 

◇三戸岡道夫(みとおか・みちお)
昭和3年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、協和銀行副頭取を経て、作家活動に入る。

本名は大貫満雄。著書に『保科正之の一生』『二宮金次郎の一生』『孔子の一生』

『冀北の人・岡田良一郎』『大山巌―剛腹にして果断の将軍』『児玉源太郎―明治陸軍の巨星』

といった伝記小説が多数。

行員時代の経験を基にしたビジネス小説『修羅の銀行』『融資赤信号』『凄腕人事部長』など、

偉人伝とビジネスの二つのテーマで執筆活動を続ける。

 

◇中村彰彦(なかむら・あきひこ)
昭和24年栃木県生まれ。東北大学文学部卒業後、文藝春秋勤務を経て、文筆活動に入る。

62年『明治新撰組』で第10回エンタテイメント小説大賞を、平成5年『五左衛門坂の敵討』

で第1回中山義秀文学賞を、6年『二つの山河』で第111回直木賞を受賞。主に江戸期から

明治期にかけて題材を取った小説、評伝、歴史エッセイの著書多数。

『保科正之言行録』(中公新書)『名君保科正之』(文春文庫)などがある。

 

 

 

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