本棚を整理していたら、フラット&スクラッグス東京公演のポスターとパンフレットが出てきた。
昭和43年(1968年)3月に東京厚生年金大ホールで行われたコンサートのものだが、それは私にとって夢のような出来事で、ポスターを手にして改めて懐かしさが甦ってきた。
ブルーグラス音楽は、ブルーグラスの父と呼ばれるビル・モンロー・によって、伝承音楽を土台に創作された音楽形態だが、当時のアメリカン・トラディショナル・フォークブームに乗って、日本の若者の間にも徐々に浸透しつつあった。
当時、日本の若者の間では、キングストン・トリオ・やブラザーズ・フォーに代表されるトラディショナル・フォーク派とベンチャーズによるエレキ派と二つに分かれどちらも流行した。
そしてその流行は、それまで聴くだけだった音楽を、演奏して楽しむ身近な音楽へと導いた。
そのフォーク派の間では、トラディショナル・フォークと共に日本に入り込んできたブルーグラス音楽を互いにリンクして聴き、その魅力の虜になってファンは広まって行った。
それは、アメリカのニューポート・フォーク・フェスティバルで、田舎の音楽といわれるブルーグラス音楽を初めて耳にした都会の若者が、その音楽スタイルに新鮮さを感じ飛びついたのと同じだ。
ブルーグラス音楽の土壌となっている文化も何も知らない若者が、その音楽スタイルに惹きつけられた様は、洋の東西を問わず若者の感受性は同じなのだろう。
今では信じられないことだが、当時ブルーグラス音楽は時代の先端を行くトレンディな音楽だった。
現に、メンズクラブや平凡パンチ、プレイボーイ誌等の若者向け雑誌が取り上げ誌面を飾ったりした。
あれから年月が経ち、レスター・フラットもアール・スクラッグスも他界し、ビル・モンローを初めとするブルーグラス第一世代と呼ばれるミュージシャンの殆どが亡くなってしまった。
そして、私も間違いなくその半世紀分の歳を重ねてしまったわけだが、
その思い出は薄れることはない。
現在、ブルーグラス音楽は若い世代の台頭によって、著しく進化し洗練された音楽になった。
だがその代わり、ブルーグラス音楽が生まれた土壌の土の香りが薄まってしまったようだ。
古いファンの私は、その新しさを追い求めることはせず、土の香りがするブルーグラス音楽を愛し続けて行こうと思っている。

