「そんな簡単に起こらんのよ。奇跡なんてもんは」




こんにちは。お米つぶ あんこです。
今回わたしがお届けする「好き」はコチラ、

A Plague Tale: Requiem(プレイグテイル レクイエム)

2022年10月18日に発売、Asobo Studioが開発した、アクションゲームです。
対応プラットフォームは、PC・PlayStation5・Xbox Series X/S・Nintendo Switch
CERO:Z(18以上のみ対象)



 あらすじと概要


荒廃した故郷を脱出して、南方へと旅をするアミシアとユーゴら仲間たち。そこで仲間は新しい生活を始め、ユーゴの呪いを制御しようと試みる。

しかし、ユーゴの力が再び目覚めてしまい、ネズミの大群が押し寄せてしまう。再度逃亡を余儀なくされた姉弟は、ユーゴを救う鍵となり得る、予言の島を探す。


プレイグテイル レクイエムでは、アミシアとその弟のユーゴの姉弟の逃避行を描いた前作から、数ヶ月後の物語であり、引き続きペスト(=プレイグ)が蔓延する1348年~1349年のフランスが舞台となる。

本作では、マキューラのルーツが明かされると共に、全ての因縁に終止符を打つための姉弟の最後の冒険が描かれる。


(出典:Wikipedia)




 全体的な感想

⚠︎以下より、ネタバレを多く含みます⚠︎





本作が発売されてから約1年後の2023年6月29日、待望の日本語版が対応となり、わたしもようやくプレイすることができました。


大前提として本作は二部作となっており、今回ご紹介するレクイエムは、2019年に発売された「プレイグテイル イノセンス」の続編となっております。



「とはいえ、最新作レクイエムからプレイしても十分楽しめるから安心してね☆」



……なんて、言うとでも???



いや、遊び方は人それぞれなのでね、あんまりとやかく言いたくはないのですよ。


言いたくはないのですが、

実はこれ前から気になってんだよね~という方がもし今いらっしゃるのであればですよ。



悪いことは言わん、大人しくイノセンスからプレイするんや



と、声を特大にして言いたい。


その方が間違いなく、200%本作を楽しめますので。

ワタシ、ウソツカナイ。何卒なにとぞ。



さて、実際プレイしてみての感想なのですが



よくも…いや、よくぞまあここまで救いのない物語を、最後まで貫き通してくれたなと。



いきなりラストのネタバレするのもどうかと思うんですが

姉弟の最後の冒険が描かれる、いわば現時点ではシリーズ最終章となる本作。


今まで幾度となく姉弟・プレイヤーをとことん苦しめてきたマキューラの呪い。



なんと、


まさかの、



なーんも解決せず終わります。



呪いを解くための呪文も、薬も、神様的なナニかも



なーーーーーんも出てこないまま終わります。



これだけ聞くと、「なんやねん!!」と思う方もいらっしゃるかもしれません。


実際わたしは思いました。



前作に引き続き、本作でも姉弟はそりゃあもう、とにかく酷い目にあいます。

終わりのない悲劇のフルコースです。


それでも、全ては「ユーゴを救いたい」「家族で平和に暮らしたい」という想いから

耐えて耐えて、耐え忍んで、彼らは前に進んで行くのです。



それなのに、マキューラの呪いを解く方法は一向に見つからず、進むほどに彼らの苦しみ悲しみ、そして怒りは募り、それを象徴するかのように屍の山は高さを増していく。



そして保持者であるユーゴの命も、ついには犠牲となってしまいます。

姉であり守護者である、アミシアの手によって。



……と、

ここまで書くと、本作を物凄く酷評しているかのように見えるかもしれないのですが。



真逆なんですね。



だからこそ素晴らしいのだ、と。




暗くて重い世界観を築いていく上で、程度はあれど、そのキッカケとなるショッキングな描写はつきものですよね。


そして本作においてのショッキングな描写は、プレイヤー側からすると、正直「ここまで見せないでくれよ…」というレベルで、キツいものばかりです。

それは前作イノセンスから変わらず、本来ならば目を逸らしたい光景が、いくつも描かれていきます。



しかし、そこをしっかりと描ききってくれていること。


それが、わたしがプレイグテイルという作品を愛してやまない、大きなポイントの1つです。



男も女も、おじいちゃんもおばあちゃんも、子どもでさえも

この世界では等しく、無慈悲に命が失われていきます。

死んでしまった人間の身体は、その数だけその場所に残されていきます。


本作のモチーフとなった“黒死病(ペスト)”が、かつて猛威を振るっていた時代

アミシアたちのように、死屍累々となった町や森を実際に歩いた人たちが大勢いたのだという記録通り


「生きて前に進むのならば、例え地獄であろうと目を逸らすことはできない」


プレイヤーであるわたしたちは彼らを通じて、その過酷な時代を疑似体験しているわけなのですが

そこにこれほどまでに心動かされるのは、“ダークファンタジー”というジャンルでありながらも、マキューラの呪いという設定以外は、ほとんどがリアルに、生々しく描かれているからなのではないかと、わたしは思います。



アミシアたちは、何度も何度も神に祈りました。

わたしたちプレイヤーも、きっと何度も何度も祈ったことでしょう。



「なんでも良い。どうかわたしたちを、彼らを救ってください」と。




でも、そんなことは不可能なんです。



アミシアが零した一筋の涙から一斉に花が咲きみだれ、マキューラに侵食されたユーゴが、世界ごと浄化されていくとか


涙でなかなかスリングの焦点が合わずにいるアミシアが、いざ覚悟を決めたその瞬間。

どこからとも無く響き渡る鳴き声と共に、姉弟の間に降り立つソレは、ユーゴが夢に見たあの不死鳥で…とか



現実では、まずそんなことは起きないのと同じで

この世界でも、都合のいい奇跡なんてものは、起きないのです。



そこで再び、こんな想いになるわけです。


「アミシアたちはこんなに頑張ったのに、結局何にもならなかったってことか…」と。



プレイグテイルという作品が、「マキューラの呪いを解くための物語」として描かれていたのならば、そう思うのも無理はありません。


わたし自身、プレイ中もクリアした直後も、そう思っていました。


ですが、これまでの冒険について、再度ゆっくりと振り返っていくなかで

「もしかしてこれ、そもそもそういう物語じゃないのでは?」という想いに至りました。

きっとこれは、




「あらゆる困難にも、最後まで決して諦めることのなかった姉弟の物語」




わたしが導き出した、プレイグテイルという作品が描きたかったものの答えです。あくまで個人の想像でしかありませんが。

しかしこの考えに至ったときにわたしは初めて、ある種救われたような気持ちになれたのです。



確かに、最後までマキューラの呪いは解けなかったし、ユーゴの命も救えませんでした。



ですが姉弟が、仲間たちが諦めなかったからこそ


自分の命を絶つことでしか、状況を覆せないと悟ったユーゴは、他の誰でもないアミシアに、その役目を託すことで、長きに渡る苦しみに終止符を打ちました。


命を持ってして世界を救ったユーゴを、自分も世界も忘れはしないと、デ・ルーン家の紋章を胸にそう誓ったアミシアは

次に選ばれるであろう新たな保持者を一刻も早く見つけ出し、同じ悲劇を繰り返さないため、守護者としての運命を受け入れ、海を渡りました。



プレイしていると、どうしたってこの姉弟や仲間たちが救われて欲しいと、誰だって思いますよね。


それこそ、奇跡でも起きてくれないかと。


でも、そうした作りになっていなかったからこそ、最後の一瞬まで興が冷めることなく、プレイグテイルという作品を楽しめたのだとも思います。


「何にもならなかった、無駄な時間だった」なんて。


確かに辛いことの方が多かったけれど、ユーゴ王とのごっこ遊び、華やかなお祭り、初めての大海原

いかに互いが、世界中の誰よりも大切に想いあっているかを感じることの出来た時間。


そして、保持者であるユーゴが、最後まで自分は1人じゃなかったと思えたこと。


全てにおいて、大いに意味のある旅だったと思いたいですよね。



ラストシーン、アミシアがユーゴのお墓に語りかけるシーンで


「アミシア!」と、ユーゴの明るい声が聞こえてからの終幕


なんて、そんな演出がなくて本ッ………当に良かったと、ただただAsobo Studioの皆さまには感謝しかありません。




最後までお読み頂きありがとうございます。


伝われ、わたしの「好き」の想い!!