今日は、小さな随筆誌「紅」66号 「表紙の風景...5 塩谷村」を紹介します。

塩谷村は、昭和33年に小樽市に合併され小樽市塩谷となっています。
道内でも有数の海水浴場がある塩谷は、夏は海水浴客でにぎわい普段の様子が一変します。
私は、オフシーズンに訪れた塩谷海岸 の夕景が美しかったのをよく覚えています。

テレビ 「旅路 」というのは、昭和42年平岩弓枝原作 でNHKで放映された連続テレビ小説で、その後、映画化 されました。
今となっては、再び観ることは難しいかもしれませんが、映画 をどこかで観られないか今度調べてみようと思っています。

塩谷駅 はこの当時からすると変わってしまったかもしれませんが、塩谷周辺の海岸などの風光明媚な景色は当時と変わりありません。
小樽駅から中央バス塩谷線で終点「塩谷海岸」まで20分、歩いて30秒ほどで海岸に出ることができます。
まだ訪れたことがない人は是非一度足を運んでみてください。
森本三郎が見たその景色がほとんど変わりなくそこにはあるはずです。

小さな随筆誌「紅」第66号

66号 (1967 9・20) 

表紙「表紙の風景...5 塩谷村」

 秋が深まると、潮騒がきこえ、薄い記憶がよみがえる。

 駅前に降り立つと眼の前を低く塩谷川がながれ、駅の橋を渡ると坂道をのぼる。坂の途中に岩石の層がむき出て、ふりかえると「旅路」の塩谷駅はひっそりと山のかげにつつまれている。

 と、向こうの切り通しから女学生の隊列があらわれる。黙々とうつむき、私のそばを通りすぎる。疲れ切って誰も語ろうとはしない。夕陽がカッカ汗ばんだ少女らの頬にやきつき、額からながれる玉の汗がひかる。勤労奉仕隊、働きつつ学ぶという援農の少女達、隊列のなかから男の先生がひょっこり姿をみせる。私に話しかける、私も何かをきく、答える、二こと、三こと。私の記憶はここでポツンととぎれる。どうしたというのだ。その前後のことが全然思い出せないのだ。あの匂わしい青春の入り口にさしかかった少女の群は、苛烈な銃後をもみぬかれ、いま、どうしているだろう。恋もなく、希望もなく、青春は灰色に消え去ったのだろうか。

 何年かのある日、私は道庁前を歩いていた。「おお」とかけよった人影、私は不意をつかれたけれど、記憶は電光のようによみがえる。「おお」と思わずかけよる、私はみた。変わらぬ姿のあの坂道の引率の先生を。

 テレビ「旅路」で名の知られてきた塩谷駅----塩谷村も、いまでも一寒村にすぎない。海も山も変わらぬ。けれど秋が深まるにつれ、すんだ空の彼方から潮騒がたかまり、私の記憶がよみがえり、血がさわぐ。ほんの一瞬にすぎなかったけれど、「黙々と行く少女達よ」それはもう、消え去ることのない私の胸の底の化石である。  


現在、市立小樽美術館 で5月26日(土)~7月1日(日)まで、森本三郎展を開催しています。是非、北海道内にお住まいの方や観光で小樽に来る際には、お立ち寄りください。

なお、今回は森本三郎・光子の魅力を多くの方に知ってもらいたいとの願いから、支援していただいている方々の協賛により特別に一口株主(特典:豪華200ページの図録2冊、三郎展と光子展それぞれ1回入場可能な特別招待券2枚をセットでお届けします)を限定200口 3,000円で募集しています。(追記:好評に付き200口の応募は完了しましたが希望者が多かったため急遽100口追加募集することになりました。)

興味のある方は、市立小樽美術館 までご連絡ください。
今日は、小さな随筆誌「紅」65号 「表紙の風景...4 小樽博物館」を紹介します。

小樽博物館は、7月に旧交通記念館のところに完成する新小樽博物館へと生まれ変わるようです。
個人的には、消防犬ぶん公の剥製が展示されるかどうかが気になるところですが・・。

さて、この表紙で描かれた昭和42年当時の小樽博物館ですが、実は今の小樽博物館とは違うところです。
小樽に住んでいる方はご存じの方もかもしれませんが、この外観でわかるでしょうか?

この当時は、重要文化財旧日本郵船株式会社小樽支店を小樽市が買い取り小樽博物館として
利用していたとのこと。(私も今回初めて知りました。)

随筆の中には小林多喜二との出会いも語られています。
小樽に来た際には、是非、小樽美術館や文学館、小樽博物館に足を運んでみてください。
歴史ある小樽を生きてきた人々の思いに触れることができます。
自分の中で新たな何かを見つけることができるかも知れませんよ。

小さな随筆誌「紅」第65号


65号 (1967 8・10) 

表紙 「表紙の風景... 4 小樽博物館」 

 しっとりぬれる六月の、小降りの雨のなかをあるく。石畳の鋪道のうえをコツコツと歩みつづける。鋪道は港町のあたりから手宮へ、海岸線にそうてゆるやかな曲線を描く。海側は古い倉庫群、この道のはずれに博物館があるのだ。

 昭和四年、そして六月、私はふらっと小樽にやってきて、この通りを一度だけ歩いたことがある。当時の小樽は活況を呈し、田舎町からま(*き?)た私をとまどわせた。港湾一杯にゼネストの船がうめつくし、海員たちは、なにやらビラをかかえ、あちこち息せききって街をかけまわっていた。港の興奮は、そのまま街の興奮でもあった。

 友人は小林多喜二を紹介する。「戦旗」でいま売り出しの新鋭作家だと耳打ちする。多喜二は私の顔をじっとみすえる。私は、作家って?とききかえす。すると友人は、小説家のことだよ。ショウセツ?

 あ、それは教科書にのって国漢の先生が大意だの、解釈だの、てにをはの文法だのと、あの頭の痛いやつか、へえと返事をする。さっぱり文学への開眼にならなかったのは残念だったが、灰色の教室を出たてのこの私には現実はめくるめき、生き生きした動きをみせる。なにがなんだかわからぬうちに何ヵ月かがすぎ、ぽっと上気したまま小樽を離れた。父母の下に戻り、しばらく静かな生活を楽しんだ。十年間もたのしんだ。十年後の第二次大戦の渦中に再び小樽にやって来た。然し、こん(*ど?)は少しばかり大人になってやって来たのだ。

 そのまま住みついて、ときどき、いや年に一度くらい、この道をコツコツとあるく。何事もなかったような顔をして博物館にすいこまれる。 


現在、市立小樽美術館で5月26日(土)~7月1日(日)まで、森本三郎展を開催しています。是非、北海道内にお住まいの方や観光で小樽に来る際には、お立ち寄りください。
なお、今回は森本三郎・光子の魅力を多くの方に知ってもらいたいとの願いから、支援していただいている方々の協賛により特別に一口株主(特典:豪華200ページ図録2冊、特別招待券2枚)を限定200口 3,000円で募集しています。
興味のある方は、市立小樽美術館までご連絡ください。
今日は、小さな随筆誌「紅」64号 「表紙の風景...3 古き町札幌」を紹介します。

先日、大通公園を横切ったときに旧北海道拓殖銀行本店が解体工事をしていたのですが、
先ほど、テレビ等のライブカメラ でみたところすでに跡形もなくなっていました。
私は、仕事の関係でこの拓銀本店に毎週のように通っていた時期がありました。
その後の生き方にも大きく影響を受けた方(銀行員)との出会いもあった場所でした。
その当時は、なくなってしまうなんて想像もできませんでしたが・・。

本当に移り変わりが激しく感傷に浸る余裕すら与えてくれません。

この表紙の絵が札幌のどのあたりの景色なのか全然想像もつきませんが、
今ではさらに大きく変わってしまっていることでしょう。

都心の空きビル目立つなかで、歴史のある旧北海道拓殖銀行本店ビルが
地上20階建のビルへと変わってしまうように、街そのものもその表情を変えていきます。

小さな随筆誌「紅」第64号

  64 号 (1967 4・5) 
 表紙(さっぽろのおもかげ) 「表紙の風景...3 古き町札幌」 

 フルトベングラ-指揮のベ-ト-ベン「第五」が突然頭の上で鳴りひびいた。私はびっくりして頭を上げ、眼をきょろつかせ、その蓄音器店の前でしばし茫然とした。音楽などわかりはしないのである。それがたしか「第五」であったか、どうか、店先の看板にそんなふうに書いてあったから、いまでもそうだと信じているだけのことだ。

 戦前の札幌のことで、私はここで職をみつけ、絵描きと交りたかった。札幌の街はこんもりと樹木につつまれ、街路井然、軒並みもひくくすがすがしいたたずまいであった。詩の幌都というにふさわしかった。思うように職もみつからず、また絵描きにもめぐりあえず、むなしい思いで札幌を引揚げねばならなかった。風の立つ季節だったようだ。

 秋、それも晩秋初冬であったかも知れぬ。鼻みずを、くちゅんとすすりあげ、ひとりぽつんと汽車にのった。何かのはずみで前こごみになった私のよれよれの内ぽけっとから十銭玉が飛び出し、生きもののようにプラットホ-ムを音たててころがっていった。私はあわてて追いかけ、靴先でかっとおさえつけ、拾いあげたが、落莫とした気持で一杯だった。まだまだ人生は永いと思い、生きよと自分にいいきかせた。といって死ぬ気があったわけでもない。

 今の札幌の変容はすざましい。古いものはあなどられ、新しいものが、ほん流のように、いっさいを押し流すようだ。が、しかし、街角の風はつよくむかしのように冷たい。風だけは変わらないなと思う。 そして、もはや私の青春は消え、胸のなかに、フルトベングラ-は鳴りわたらない。
      

現在、市立小樽美術館 で5月26日(土)~7月1日(日)まで、森本三郎展を開催しています。是非、北海道内にお住まいの方や観光で小樽に来る際には、お立ち寄りください。
なお、今回は森本三郎・光子の魅力を多くの方に知ってもらいたいとの願いから、支援していただいている方々の協賛により特別に一口株主(特典:豪華200ページ図録2冊、特別招待券2枚)を限定200口 3,000円で募集しています。
興味のある方は、市立小樽美術館 までご連絡ください。