| 女は“帰るわ”とうつぶせになってすすり泣く。男は女の肩にやさしく手をおき“馬鹿いうな”とつぶやいたようだ。私はそのそばで、見てみない振りをしてい
たが、なんとなく物悲しい思いであった。 私はまた親元を離れ、当てもなく釧路にやってきた。最果ての町といわれた昭和十五年頃のことだ。男も漂然と街にあ らわれ、洗濯屋に住み込み、大きな袋を肩に、にこやかに近よってきた。どうして仲がよくなったか私にはわからない。名も知らない。間もなく細君が追いかけ てきて、男をつれ戻そうとする。話がもつれて別れ話になったようだ。釧路の九月は重い灰色にぬりこめられ、霧が間断なく襲い、こげくさい匂いが街にたちこ める。霧笛がなると魂をひきずりこむかのように胸の底の底までひびいた。浦見町の下宿の二階から港の夕日が、血が燃ゆるようにまぶしかった。男は、オレは はかない旅ガラシーと低く余韻をひいてうたったものだ。二年ほどの滞在で、私は、私なりに人生のほろにがさ、生きることの切なさを知らされる思いであっ た。 十月のある日、地獄坂の上で男とあう。どうしたときく。坂の上からながめた釧路の街はやがて霧のなかに消えようとしている。寒々としたすくいがたい風 景であった。返事がないので私はふりかえる。男は、ああといい、街をじっとみつめ膝をぬらしている。 回想の友よ。 |