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2020年7月30日付けの
     
「北海道新聞」の記事です。
      
【「反省」の忘却 直視が必要 主権者教育と若者逮捕】

 



というタイトルで、
京都精華大専任講師白井聡氏が、
いつの間にか「戦後」という時代は終わっており、
再出発のための好機に立ち合っていることについて、
紹介しております。

いつもどおり、
「4つ」の視点でこの記事を見ていきます。
 
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始めに読んでほしいブログについて


(1)内容の要約

「戦後75年」を語る前に、
大手報道機関のほとんどが無視している、
最近起きた事件を取り上げる。

7月8日の朝、
一人の高校生が逮捕された。

都内の単位制高校に通うこの男性は、
目黒区立の中学校付近で登校中の生徒に対して、
ビラまきをしていたところ、
同中学校の副校長により「常人逮捕」されたのである。

「常人逮捕」とは、
刑事訴訟法の定めにより、
目の前で犯罪が起き(現行犯)且つ急を要する場合、
一般人がその犯人を逮捕できることを指す。

では、
彼は何の罪を犯したのか?

東京新聞の18日朝刊報道によると、
男性は8日午前8時ごろ、
周辺を巡回していた同中の50代の男性副校長からビラ配りを注意された。

その後、
スマートフォンで撮影しようとした男性を遮った副校長の右手にスマホをぶつけ、
職務を妨害しようとしたとされる。

配っていたビラの内容は、
付近の都立高校での新型コロナ禍の下での水泳指導の危うさを批判し、
高校での自治委員会の結成を呼び掛けたものだった。

同記事中で男性の弁護人は、
「憲法で保障された表現の自由を侵害しており、
公務執行妨害とするでっち上げ事件ではないか」
とコメントしている。

土田弁護士が指摘しているのは、
副校長は典型的な「転び公防」の手法で、
常人逮捕に及んだのではないか、
ということだ。

「転び公防」とは、
公安警察がデモ等を弾圧する際に、
自ら転ぶなどして公務執行妨害を演出することで、
運動者を逮捕する公安警察「伝統の技」だ。

副校長にケガはなく、
したがって即座に釈放されるのが妥当な措置と言えよう。

しかし、
男性は翌9日に東京地検に送られ、
10日間の勾留が決定、
さらに17日には「勾留理由開示公判」が東京地裁で行われ、
勾留延長の判断が下された。

28日にようやく釈放されたが、
処分保留で起訴の可能性がある。

さて、
戦後○○というコラムを書くことに、
私はためらいを感じる。

いつの間にか「戦後」という時代は終わっていた。

われわれの生きる時代は、
負の部分に対する反省の上に成り立っているという、
共通了解があったはずである。

だが、
近年日本社会全般で、
この了解は崩れ落ちたのだ。

そしていま、
公安警察のまね事をして、
高校生を警察に引き渡す「教育者」が、
われわれの目の前にいるのだとすれば、 
今日の公教育機関が一体どのような状況にあるのか、
最高度の警戒をもって注視する必要がある。

この副校長が現代の教育者の典型であるのかは知らないが、 
日々伝わってくる学校に関するニュース
(地毛証明書やアベノマスク着用の強制や、
ツーブロック・ポニーテール禁止やらといった、
耳を疑いたくなる事柄)は、
今日の教育者の主流派的価値観と現場の空気を物語っているのだろう。

上位者へのへつらい(マゾヒズム)と管理への熱中(サディズム)の異様な混合物-
これが民主主義の何たるか「教える」という。

悪い冗談でしかない。

主権者sovereignの原義は、
「この上なき」という意味であり、
「あなたはこの上なき者になりなさい」
と「上から」命ずるなどナンセンスの極みにすぎない。

われわれは現実を直視せねばならない。

「戦後」はすでに死んでいた。

ただし、
この状況は再出発の好機でもある。

「戦後」が終わることで、
人々の主権者への生成は、
不正と抑圧に対する憤りと抵抗からしか生じ得ない、
というキツイ真実への直面をわれわれは強いられる。

その意味で、
あの副校長は見事な主権者教育を行っている。

われわれは、
「戦後」を本当の意味で始め、
獲得する好機に立ち会っているのである。


(2)なぜこの記事を切り抜いたか    

転び公防のまね事をして、
高校生を送検させる「教育者」の登場が、
「戦後」が終わっていたことを証明していることについて、
紹介された記事のため。


(3)自分はどう思うか?
 
転び公防は、
官邸前デモや黒川杯において、
国民が何もしてないのに、
「痛ぇ、
てめぇ公務執行妨害で逮捕する!」
と言いがかりをつけて、
無実な国民をしょっ引く公安の「伝統伎」と聞いていた。

この記事で、
卑しくも都立中学校副校長という「教育者」が、
至極真っ当な権利を訴える高校生に対して、
まね事をして「常人逮捕」したことに驚いた。

憲法33条
何人も、
現行犯として逮捕される場合を除いては、
権限を有する司法官憲が発し、 
且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、
逮捕されない。

この記事では、
憲法ではなく刑事訴訟法を引き合いに、
逮捕について紹介している。


どちらにしても、
副校長の行為は看過されるものではない。

加えて、
東京地検は黙秘を行使した高校生を送検し、
勾留までした。

前経済産業大臣カニメロンの公選法違反容疑は不起訴にするくせに、
無実の一高校生は起訴の可能性を残す。

そして遍く国民に知らしめるべき事件を第四の権力である大手マスメディアの大半が、
知らぬ存ぜぬを決め込む。

いつのまにか「戦後」という時代が終わっていた。

否、

「戦後」はすでに死んでいた。

キツイ真実への直面をわれわれは強いられる。

この言葉を日本国民が噛みしめねばならない。

本当の意味で「戦後」をはじめ、
再出発の好機に立ち合っているのだから。


(4)今後、どうするか?

「転び公防」について調べる。

「戦後」は終わっていた、
死んでいたことを認識する。

キツイ真実への直面に、
自分のできる範囲で向き合う。


…今回も自分の勉強がてら、
まとめてみました。

この記事に関しては、
新聞読んで語ろう会に持ち寄って発表し、
参加者に意見を語っていただきました。

戦後はすでに死んでいたことは、
国民が道を渡る事すら、
法的根拠もなしに平然と妨害する警察の行動が散見される現状を鑑みるに、
過言ではないと考えております。


皆さんも、
自分のできる範囲でよいので、
不正と抑圧に対する憤りと抵抗をして、
主権を勝ち取る努力をしましょう。

再出発の好機に立ち会っているのですから。