齢 65を超えた。

強初めて、ビートルズを聴く。

インコースぎりぎりストライクの年代で、東京に降り立つ姿をみたのは、実況のTV番組なのか 

その後の特集番組なのか 今ではよく覚えていない。

まだ感性が目覚める前の小6で、幼かったんだろ思う。

BGMとしては、どれもよく聞いてきた音楽なのだが、

TV番組とか映画の影響かモンキーズとかS&Gの方がいいかな思ってた 思春期だった。

今、改めて、聴く。やっぱりいいな。

日本語訳と共に聴く、やっぱり ビートルズは素敵だ。

 

普段あまり、プログとか書かないので、どこまで長文が可能なのか解らず、分けて投稿します。

地震の朝、起きてすぐやったこと、忘れてました。懐中電灯と予備電池を確認・準備しました。

ペンタイプ(単4 2本の液晶ランプ)が2本・贈答品のミニタイプ(単4 1本の液晶ランプ)が2本

・予備電池は単3が1箱(50本?) 単4が1箱(50本?) 仕事柄(現場監督)電池は豊富に常備

これだけあれば、楽勝と家族に渡して出社しました。

会社・現場作業所までは概ね車で30分・国道の信号は全てダウン・警察官のいないところは

一旦停止と徐行。ここでも明らかに婦警さんとわ思えない、中年の小太り(ごめんなさい)の制服を着た婦警?

さんが活躍していたので、警察官の家族が動員されていたのと、確信しています。(感謝笑い泣き)、途中コンビニに並ぶ

人もめだたず、安心してましたが、昼食の為にと よってびっくりすでに、水類は完売、カップめんはまだ残っていたので

妻との3食分を購入(朝6時頃セイコーマートにて)。レジは電源ロスの為、ハンディータイプの読み取り機を使っていました。

並んでいるのは、10組くらいで 多少パンも残っていて そんなに買占め感はなく、まだまだゆとりでしたね。

会社によって被災の有無を確認・現場に行って新築中のアパートの被災状況を確認・安全確認の結果報告を管理者に

メールして、8時 会社にもどりましたが、このころからスタンド周りには、車列が出来始め、COOP前には玄関前に人が

並び始め、これはちょっと出遅れかなと感じてはいましたが。まだその時は、そこまでするの?と思っていました。

会社に戻って、同僚・上司も出社してきたので、得意先の保安点検後、直帰する旨伝え、得意先を回ろうとするも

スタンドに並ぶ車列が、交差点の渋滞を加速させていて 往きたいところへ向かえず、TELにて顧客対応を済ませ

帰路につく。(お土産は、カップめんが6個) ※ 行き帰りに思ったこと、明らかに作業車・社用車と見れる車の多さ

日本人は、こんな時も働くんだなと関心。

セイコーマートのお姉さん・お母さん、汗だくでのレジ作業感謝しています。働いている人も被災者ですよねびっくり

家に帰って、水が止まるかもと、妻がネット情報に揺さぶられた模様、【水も出て・ガスも使える】からと説得するも

納得せず、近くのCOーOP行くと、駐車場に入りきれないほどの人と車、路駐にてちょこっと覗くもあきらめ、ツルハ

に移動、途中ヤマダ電機に並ぶ人だかりを視認(開店前)結局ここ日は閉店のまま。(並んだ人はかわいそう)

ツルハにて、水類は完売・洗浄綿と水のいらないボディーシャンプー等を購入(並んで90分くらいロス・妻はパンスト

までついでに購入・・エーイマ必用?)レジは現金のみの為、たくさん集めて、並んで、レジでごねる人もいたけど

これは仕方ないよね、日本は3日しのげれば、公共の助が必ず有るよと言うと、ベビー用にとミルクと洗浄綿だけを

現金で買っていった。(人が並ぶのを見ると、焦ってしまう。でも、日本は大丈夫。・・・と思う)

コメリによって、ランタン系の懐中電灯を買おうと思うも、既に完売?出遅れたか・・・?

この頃は、ネット情報により停電の長期化を感じていた。

セブンイレブンに寄ってみる(12:00)、水・茶のペットはすでに完売・当然おにぎり・パンも完売、スルメとナッツ類・栄養補助食を購入

帰宅して、長期化対策として、風呂を洗って水を溜める、空いてるペット(ゴミの日の関係で4本しかない)に水を溜める

以前、浄水場の故障により、長期断水した時に購入した、ポリ缶をみつけ水を溜める。

大型懐中電灯を捜索(物置にて見っけ)・単一電池を捜索(現場用残材として車庫に保管)・ポケットライトを見つけるも電池が入った

ままで、再生不能。夜に向けた準備をして、昼食(買ってきたカップ面+冷凍保存のおにぎり)※ おにぎりはガスで湯を沸かし解凍

※ 反省点:冷蔵庫内在庫食品が有るのに買ってきたカップ面を食べちゃくなんて、考えがたりない。(長期化したらどうすんの)

食後、ガスの停止も考慮して、カセットコンロの予備ボンベと、自宅ロス(余震)を考慮してキャンプ用品の確認

(しまった、もうキャンプなんかしないと、廃棄してしまった。:反省小型テントを購入しよう。)シート・マットは有るのでなんとかなるか?。

文明の消えた夜が来た、大きな懐中電灯を流しのカウンターの上に設置、トイレの行くときはそれぞれがペンライトを持参。

明日は、燃えるごみの日、収集あるのか??と思いながらも、指定ゴミ袋にいれて、ごみステーションに廃棄

(もしなかったらゴメンナサイ)※ 翌日収集はあったみたい。(業者さんごくろうさまです。)

ごみを捨てた夜、漆黒の闇の中、星が綺麗だった、流れ星が2つ、短い時間だったので、道民諸君 ご安全にと 祈る。

 

久々の書き込です。

6日の早朝地震で目が覚め、その後しばらくして停電、文明が戻ってきたのは、7日の22時過ぎでした。とても長く感じたけれどたったの43時間位の出来事だったのですね。もっとも、夜を徹して頑張ってくれた、北電と協力業者の方々には感謝・感謝・感謝・・・。

自宅周辺は、震度4との発表ですが、中学生のころ教室の木の柱が目の前で大きく曲がるのを見たときの地震が震度3と記憶している自分にとって、そこまでひどくないとの印象でした。

地盤の状態・観測点との距離などで実際とはことなるのでしょうね。

地震で目覚めて、一番先にしたのは、別室で寝てた家族の安否確認、ガス・電気・水道の点検と、家具等の状態確認。

水道も出て・ガスも使えるので、そのまま二度寝。

自分としては、たいしたもんじゃないとの感覚。

5時過ぎに起きて、停電中、顔を洗って、PCをバッテリーにて起動、広域での停電発生との記事を見るも、さして焦燥感もなく、昼には復電と高をくくって、出社。

踏切が閉鎖されていて アンダーパスへ迂回 国道との交差点にて警察官が交通整理をしていたが、どう見ても中学生きっと警官が家族を動員して、交通整理に当たっているのでは?と 思わず合掌。これが本当なら、これまた感謝・感謝・感謝・・・。日本の安全はこんな人たちで支えられているんだなと、納得。(この日はけっこう気温が上がったので、お巡りさんご苦労様でした。)

To Be Continued