コンプライアンス「法令遵守」 <賃貸借契約書>(1) |  NPO法人日本住宅性能検査協会 建築・不動産ADR総合研究所(AAI)

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賃貸借契約におけるコンプライアンスとは:事例から



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ADRセンター「日本不動産仲裁機構」 




当機構は、内閣府認証特定非営利活動法人 日本住宅性能検査協会によって設立されたADR機構です。
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不動産取引・施工・敷金問題等のトラブルについて、ADR(裁判外紛争解決)手続きによって、適正かつ迅速に解決することを目的とします。


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相談事例

【相談者】

東京都港区三田  株式会社S.G.H


【賃貸借契約】

賃貸人:S不動産株式会社

敷金:金168,000,000円

家賃:金12,200,000円

面積:1,183㎡(358坪)

賃借期間:半年


【原状回復工事見積書】

金38,800,000円


【賃貸借契約・原状回復項目】

賃貸借契約第21条

本契約が期間満了、解約、解除等により終了するときは、次条による場合を除き、乙は、次の各号に従い、本契約の終了日までに貸室を甲に明け渡さなければならない。

1項 乙は、本契約終了時までに甲または甲の指定業者により乙の費用をもって、貸室内に新設または付加した諸造作、諸設備その他乙所有の物件を速やかに収去し、貸室の床の張替え、壁及び天井の再塗装を施した上、甲が別に定める基準のもと貸室を原状に回復するものとする。だだし、甲の承諾を得たときは、有姿のまま明け渡すことが出来る。


【判断】

平成20年9月、「日本不動産仲裁機構」に、賃貸人より賃貸借契約書第21条に基づき原状回復工事費用として金38,800,000円の見積もり提示がありましたが、見積書内容が専門的過ぎて理解できないことと金額が妥当なのか、その調停依頼がありました。


まず、第21条にある賃借人の原状回復義務についての判断は、過去の判例等から次のように導かれます。

他人の建物を賃借し、そこで居住しあるいは事業を営むことは、社会の基盤をなす重要な仕組みです。 居住者や事業者が他人の土地建物から容易に立ち退きを求められるならば、 社会の仕組みの根幹が揺らいでしまいます。



そのため賃借権の存続が保障され、借家人保護が図られています。 もっとも借地借家法があまりにも手厚く借家人を保護しているため、具体的にさまざまなシチュエーションにおいて、借地借家法が適用されるか否かが、大きな争点となり、これもでも多くの裁判例において問題にされてきました。



なお借地借家法が社会的弱者保護を目的とする法律であるために、 オフィスなど事業のための賃貸借への借地借家法の適用について、否定する考え方もあります。 しかし裁判所は「『貸ビル』のような営業用建物の賃貸借契約には、 借家法の適用のない旨又は同法の『正当事由』の規定の摘要なない旨の主張は、 同法の明文の規定に反するものであり、採用することはできない」として、 貸ビルにも借地借家法の適用がある旨を明言していています。〔東京地裁平成8年3月15日判決〕


賃貸借契約書に原状回復の特約条項を記載したからといって、賃借人はどんな原状回復義務でも負担するわけでもありません。本来はオーナーが負担するべき修繕費用などを借主負担とするものですから、通常の使用収益に伴って生ずる自然的消耗は原状回復義務の対象とはならないことはこれまでの判例でも何度も確認されています。適切な説明と合意がなければ、原状回復特約はいわゆる例文解釈がなされて効力が認められない場合があります。また、いくら当事者間で合意があったと認められても、例えば「賃借人は、本物件をその費用と責任で、本物件の竣工当時の状態に復した上で賃貸人に明け渡す」などという明らかに社会的妥当性を逸脱するような内容では公序良俗違反(民法90条)として、その合意は無効とされます。賃貸借契約においては、実際はともかく、賃借人の立場が弱いのだ、という発想で借地借家法の規定がされているように、賃借人に不利な内容はその効力を喪失するという扱いがされることが少なくありません。


賃貸借契約における原状回復義務をめぐっても、一方的に相手方に不利となる契約条項を例文とした事例があります。(大阪地判平成7年2月27日判決)。



例文解釈とは、契約書や約款などにおいて記載されている定型的な文言などによる約定について、その規定を文言とおりに適用すると不当な結果を招来する場合に、その定型的な文言は「単なる例文」であるとした取扱をする解釈。簡単にいえば、契約書に記載はあるが当事者の合意はなされていないから法的な効力がないとするものです。


一方、新築のオフィスビルの賃貸借契約に付された原状回復条項に基づいて、賃借人は賃借当時の状態にまで原状回復して返還しなければならないとした裁判例が出ています(東京高裁平成12年12月27日判決)。この裁判例では、「原状回復費用を賃料に含めないで、賃借人が退去する際に賃借時と同等の状態にまで原状回復させる義務を負わせる旨の特約を定めることは、経済的にも合理性がある」と判断しています。


現時点においてはこの平成12年裁判例が事業用賃貸借の場合の先例価値を持ち続けていると言われていますが、これを一般化し、特約がない場合であっても、新築の状態に原状回復義務が認められるわけでなく、また、オフィスビルの場合に通常の使用による損耗についても原状回復義務が認められるわけではありません。(澤野順彦立教大学大学院法務研究科教授・弁護士) 又、大阪高裁(2006年5月23日判決)は「営業用物件であるからといって、通常損耗に係る投下資本の減価の回収、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行うことが不可能である」とは言えないとして貸主の主張する通常損耗を含む原状回復費の借主への全額負担を認めませんでした。


今後は、契約書作成時に原状回復特約によってテナント(賃借人)が経年劣化・自然損耗も含む修繕費用を負担する特約になっていることを明確に記載・説明し(管理業者であれば必ず重要事項説明書にも記載しなければなりません)なければ主張は通らないと考えられます。それと賃貸人の指定業者のみが行うとの文言は、金額の乖離が甚だしい場合、独禁法に抵触する可能性があるので条件等を十分勘案の上で契約締結をすることが不可欠です。



この調停事案について、1級建築士等の専門家による現地調査を2回行い、内部委員会での検討の結果、原状回復工事費用として業者等の適正利益をも考慮した結果、賃借人負担として金28,800,000円が妥当であると判断し調停案を提示しました。