翌朝、外に出ると、 街の空気がいつもと違っていた。

人々の顔が――変わっている。

優しいと評判だった隣の奥さんは、 頬が淡く光り、まるで朝日を宿したような顔になっていた。 その光は、見ているだけで胸が温かくなる。

一方で、いつも噂話ばかりしていた人は、 口元が二つに裂け、 どちらの口も絶えず何かを囁いている。 誰も近づこうとしない。

嘘をつくことで生き延びてきた男は、 顔が二重にぶれて見えた。 片方は笑い、片方は怒っている。 どちらが本物なのか、誰にも分からない。

 

嫉妬深い女性は、 目の奥に濃い緑色の影が渦巻いていた。 その影は、見つめるほどに深く沈んでいく。

そして、 勇気のある青年は、胸のあたりがほんのり赤く光っていた。 まるで心臓の鼓動そのものが外に漏れているように。

誰もが、 自分の“本性の顔”になっていた。

 

僕は鏡の中の自分を思い出す。 涙の跡と、傷だらけの顔。

でも、そこには確かに“生きている自分”がいた。

星は、願いを叶えたのだ。 優しくもなく、残酷でもなく、 ただ、淡々と。

 

はて。これでいいのかなぁ。

⭐僕は願いを叶えたよ。

 優しさも、妬みも、 おべっかも、怒りも、 全部まとめて“本性の顔”として。

 

街角では、 海外から来た人に向けて、 地元の人の頭上に翻訳機の吹きだしがふわりと浮かんでいた。

「いつでも遊びにきんしゃい」 → 「ほんとにやってきたら困るよ。これは、単なるご挨拶ね」

本音と建前を訳し分ける、親切すぎる機械、という、おまけつき。🙄

 

二面性のオヤジ⭐

 

職場でいつも腰が低く、 上司には「はい、はい」と頭を下げ、 おべっかを並べることで生き延びてきた男がいた。

だが、上司の背中が視界から消えた瞬間、 その男の顔つきは変わる。 周囲の人間をストレスのはけ口にし、 弱い者にだけ牙をむく。

そんな男の“本性の顔”は―― 想像以上に、静かに恐ろしかった。

 

顔の表面は、いつものように笑っている。 だが、その笑顔の下で、 皮膚が二重にずれていた。

まるで、 「上司に見せる顔」と 「周囲に向ける顔」が 同時に存在しているかのように。

片方の顔は、にこやかに笑っている。 もう片方は、歪んだ怒りで震えている。

その二つの表情が、 皮膚の下でゆっくりと入れ替わる。 笑顔が怒りに、怒りが笑顔に。 どちらが本物なのか、誰にも分からない。

男が歩くたび、二つの顔がわずかにずれ、 影が二重に伸びる。

私は思った。

「仮面を二枚かぶって生きてきた人間は、   本性も二枚重ねになるのだ」

 

そのご婦人は、いつも控えめだった。 声を荒げることもなく、 人の輪に無理に入ることもなく、 ただ静かに微笑んでいた。

周囲は言った。

「引っ込み思案で、目立たない人ね」 

「行動力がないのよ」 

「気弱だから、頼りにはならないわ」

「箱入り娘なのよ」

けれど、僕は知っていた。 彼女は誰よりも早く、 人の“異変”に気づく人だった。

体調の変化、 心の揺れ、 小さなSOS。

彼女はそれを見逃さない。 気づかれないようにそっと寄り添い、何度も、何度も、 人の命を救ってきた。

そんな彼女の“本性の顔”は―― 静かに、美しかった。

顔の中央に、 小さな灯火のような光 が宿っていた。

それは炎ではなく、 星でもなく、 ただ、温かい光。

誰かが苦しんでいると、 その光はふっと強くなる。 誰かが泣いていると、 柔らかく揺れる。

光は彼女の目元を照らし、 その瞳の奥には、

人の痛みを見つめる深い湖のような静けさ があった。

彼女が歩くと、 その光が周囲に薄く広がり、 触れた人の影を少しだけ軽くする。

僕は思った。

「本当に強い人は、声を荒げず、目立たず、ただ静かに光るのだ」

星は、願いを叶えたのだ。 妬みも、怒りも、二面性も、 すべての“本性の顔”を暴く中で、彼女だけは―― 光を宿したまま、そこに立っていた。

 

静かな手のひらに  
ひとつの祈りが落ちる  
それは風となり  
花びらとなり  
やがて大地に根づいて  
世界をやさしく照らすのだ✨
 

 

ピノキオを読み終えた僕は、静かに本を閉じた。 

「星に願いを」を聴いていると、まぶたが重くなり、いつの間にか眠りに落ちていた。

――君の願いを叶えます。

夜空に輝く星が、まるで語りかけるように光る。 

「なんでもいいよ。叶えたい夢を教えて」と誘う声がした。

それなら……と、僕は昨日の出来事を思い出していた。

「取引先との打ち合わせについて報告してほしい」 上司にそう言われ、僕は丁寧に説明を始めた。

「打ち合わせがあった日の朝、六時に起きて、顔を洗い、トーストを焼いて、牛乳を温めて……それから八時四十分発の電車に乗って――」

「もういい!」

上司は突然、机を叩いて不機嫌になった。

どうして。 僕は、言われた通り“丁寧に”説明しただけなのに。

「何がいけなかったんですか」と尋ねると、 「君は空気が読めないな。起床から話し出す馬鹿がいるか!」 と怒鳴られた。

KYだとよく言われる。 すなわち、空気が読めない、ということだ。

だから僕の願いは――

「どうか、みんなが本心を顔で語る世界になりますように」

僕が空気を読むのではなく、 世界のほうが、僕に優しくなってくれますように。

 

 

海外から日本へ移り住んで、数か月が経った。

星空を眺めながら、「星に願いを」を聴いていた時のことだ。

急に夜空が煌めき、「あなたの願い、叶えます」

そんな声が聴こえたんだ。確かに、うん、夢じゃない。

そこで僕は星に向かって語りかけた。

「日本の人は、よく “いつでもおいでやす” と言うね。 だから、嬉しくて、すぐに遊びに行ってみたんだ」

星は静かに輝いている。確かに聴いてくれているみたいだな。

「そしたらね、 “あら? ほんまに来はるとは” って、すごく困った顔をされたんだよ」

すると星は首をかしげた...ように見えただけかもしれないが。

「どうしてだろう。 “来ていい” と言ったのは向こうなのに。 僕は、言葉をそのまま受け取っただけなのに」

 

その言葉を聞いた夜空の星は、 内心、ひやりとした。

日本では、 “いつでもおいで” は本心ではなく、 ただの挨拶であることが多い。

でも、 建前を知らない彼にとっては、 その言葉は本物の招待だった。

 

「もし、人の顔に“本心”が出ていたら、 僕も困らなかったのにね。 嫌なら、嫌な顔をしてくれたらいいのに」

だから僕の願いも――

「どうか、みんなが本心を顔で語る世界になりますように」

 

 GW真っただ中。私が転ぶと、子供たちの笑い声が木霊する。

ここは夢見るサーカス。猛獣は扱わず、一緒に旅をするのはニホンザルと、豚とニワトリ。

そしてペットの定番、犬と猫、それに言葉を喋るオウム。

しばらく前から、私たちサーカス一座と共に旅をしている精神科医と外科医の男二人がいる。

彼らによって、美しい顔に生まれ変わった一座の女性たちが賑やかな音楽と共に登場すると、観客たちは拍手喝采する。

 

 

一本の綱がテントの端から端まで、揺蕩うように張られ、その上をハイレグのタキシード姿の美女が渡っていく。 彼女――美子は、まるで呼吸をしていないかのように静かだった。 つま先が綱に触れるたび、音がしない。 その無音が、観客の鼓動だけを際立たせる。

観客の目線は最初、彼女の美しさに吸い寄せられる。 輪郭は整っているのに、どこか“均一”で、個性というものが欠けている。 近くで見ると、肌は光を反射せず、むしろ吸い込むような質感をしていた。 毛穴がない。 皮膚というより、薄い膜のようだ。

練習の時、美子は一度もまばたきをしなかった。 その代わり、瞳の奥で何かが“光る”瞬間がある。 それは照明の反射ではない。 光源のない方向から、ふっと灯るように見えるのだ。 私はそのたびに、背筋が冷えた。

綱の上での動きは、優雅で精密だった。 つま先から宙に浮き、つま先で綱に着地する。 その一連の動作が、あまりにも滑らかで、 まるで人間ではなく、誰かが設計した“完璧な機械”のように見えた。

美子―― それが本名なのかどうか、誰も気にしない。 いや、気にしないようにしているのかもしれない。 手術をほどこして顔を替えたいと願う者は多いが、 美子の顔は“替えた”というより、“作り直された”ように見えたからだ。

 

精神科医と外科医は、 美子の顔を作ったあと、 しばらくの間、彼女の表情を観察していた。

まるで、自分たちの作品が 正しく動いているか確かめるように。

 

美しくなりたいと願う、そして、顔を替え、このサーカスに紛れ込み、スターとなる。それだけで美子には何かありそうだ。

だが、傾きかけた我がサーカスに、選択肢はなかった。訳アリでも、構わない。怪しい精神科医と外科が同行しても、それもまた、構わない。綱渡りをしながら、目指すはスターだ。無数にある星の中の一つだ。「あの」星ではない。だって、美人なんて、世界中に、それこそ星の数ほどあるではないか!

 

私がニホンザルと一緒に、ボールに乗って、転がりながら登場する。

ニホンザルの方が私よりずっと器用に球の上で足を回転させる。サルは決して転んだりはしない。

だけど、私は開始早々、転んでしまう。「あれ? おかしいなぁ?」と、サルに向かって指導を乞う。

そこへ犬と猫がやってくる。輪の中を次々と超えていく。こんなもの、ジャンプが得意な犬にとっては朝飯前だ。猫にとっては更にらくちんすぎて、技にすらならない。おさるの手を引いて、私は球乗りに再チャレンジ。O脚の足がめいっぱい、開く。元々すらっとした綺麗な足だったのだ、と誰に話しても信じてはくれない。そして、顔の中央にちょこんと乗った、ぺちゃんこの鼻と、いかにも食いしん坊な、たらこ唇。やたらと離れた目。配置を間違えたのだろう。目と目がこんなに離れていては、もはや人間というよりは、草食動物だ。真横についていると言っていい。だけど、ピエロの私には、この顔が似合っている。

繰り返すが、私の顔は歪んでいる。 鼻は潰れ、目は離れ、唇はたらこ。

だが、笑えばちゃんと皺が寄る。 泣けば、頬が熱くなる。

醜いのに、こちらの方が“生きている”。

化粧をせずとも、素顔でピエロなのだ。これが私の自慢。登場するだけで、皆が笑う。なんとも素晴らしい特技ではないか!

 

 

美子の美しさは、観客を魅了するためのものだ。 私の醜さは、観客の笑いをとるためだ。

どちらも舞台の上で消費される。 

美しい顔も、醜い顔も、 どちらも誰かの手で作られた仮面だ。

何が真実かなんて、 舞台の上では誰にも分からない。

だから私は今日も転ぶ。 転んで、笑われて、 その笑いの中に紛れてしまう。

美子の顔は完璧だった。 完璧すぎて、そこに“人間”がいないように見えた。

私はその顔を見るたび、 「ああ、私はあの逆を選んだのだ」と思う。

私の顔は歪んでいる。 歪んでいるのに、こちらの方が“生きている”気がするのはなぜだろう。

 

しかし、君は信じるだろうか? 私、元々は絶世の美女だったのだ。

だが、美女というのは非常に疲れる。ただ、歩いているだけで視線が集まる。言い寄られる。断る。しつこく追い回される。

「この男は私の何を見ているのだろう?」

だから、あの精神科医と外科医に頼みこんで、ピエロにピッタリな顔に作り替えてもらったのだ。

最初、外科医は断った。自分の腕は、醜い顔を美形にすることだと。美人を醜くすることでは決してない。お嬢さん、どうか、バカげたことを考えず、そのままハイレグタキシードを着て、宙を舞いなさい、と。

 

私は断固として主張した。 子供たちに愛され、動物たちと戯れ、皆から馬鹿にされ、笑われるピエロこそ、私がこのサーカスで生きる道だ。

ほら、私が転ぶと子供たちが笑い泣きしてはしゃいでいる。一緒に連れ添っている大人たちも、手を叩いで喜ぶ。ヒトは何故に、これほどまでに、ヒトが失敗をすると嬉しいのだろう。 私の元の顔は美人に設計されていたというのに。誰もが騙されて喜んでいる。私は今日も、球にのって、転がりおち、立ち上がってはまた、転がって、観客たちを見物する。

何が真か否か、一体、どれほどの人たちが、見分けがつくのだろうかと、心の中で、今日も笑いながら。

 

長年、NHK交響楽団、コンサートマスターを務められたマロさんによる絵本です。

2024年発行。図書館で予約して読ませて頂きました。

ウイーンに留学されたマロさんは、言葉の壁を難なく乗り越え、音楽でコミュニケーションを取られたご経験から、こちらの絵本の物語を生み出されたのだろうと思います。

主人公は動物たち。 まるで、小学生の頃の自分の頭の中を覗いているかのようで、ウキウキした気持ちになります。

音楽を愛する子供たちに、真っ先に届けたいですが、大人が読んでも感動的ですよ🎵

 

 

 

先月、篠崎マロさん率いるオーケストラによるベートーヴェン第九を聴いてきました。生演奏で第一楽章から第四楽章まで通して聴くのは初めて! 音の波が押し寄せるように迫ってきて、ただただ圧倒されるばかりでしたっ! 曲の終盤、マロさんの弓の毛が2本切れ、背後の奏者も同じく2本切れて… 釣り竿が宙に舞っているように見えてしまい、 とても人間業とは思えない😮激しい演奏に目も耳も奪われてしまいましたー‼  

 

今回は最前列の右側の席だったので、マロさんの背中ではなく、正面から視聴できました。目の前には、トロンボーン奏者さんたちが並び、トロンボーンの音色がいつも以上に響いてきましたが。 指揮者はいませんでしたが、マロさんが全身を使って合図し、オーケストラ全体を導いているのは見ていて分かりました。

 

発表当時は、難しい曲のため、演奏者たちからは評判が悪かったらしいですが、 「100年後の演奏者たちは、演奏できる。」 と、ベートーヴェンは、言ったそうですね😮 あらゆる面で凄い!と思いました。 その通りになっていることも、自分の曲が100年後も演奏され続けている!と信じて疑わないことも。実際に200年以上経った今も演奏され続けているのですから! 久石譲さんや、ジョン.ウィリアムズは、100年後も演奏され続けているかなぁ、なんて考えてしまいました。 

 

コンサートへ行ったことを🎻の講師にお話したところ、マロさんの著書、(処女作)

ルフトパウゼ 篠崎 史紀/著

を紹介してくださいました。タイトルはドイツ語で、「ためをつくる」という意味だとか! 一人で演奏するときは、この「ためをつくる」ことを自分の呼吸でやりますが、オーケストラの場合、団員全員が、この間合いを共有するということ。 特に最初の一音を奏でる… コントラバスが最も音が響くのに時間がかかるらしい。なので、コントラバスの最初の一音を聴いて、やや遅れてヴァイオリンが入ると良いのだとか、(ほんの0.1秒程度のことでしょうが…?)難しいことをコンマスのマロさんはやっているのだ!若く走る団員(日本にはあまりいないそうですが…アグレッシブな、といいましょうか)ベテランの団員の間を上手く取り持つような…? 最初の一音を奏でる難しさをコンマスとして担っている姿は印象深い。印象深い話が数多く語られており、また、機会を見つけて語りたいと思います。

 

弓の毛2本同時に切れるほどの激しさと情熱を目の当たりにした体験は、単なる演奏会ではなく「音楽の生きた力」を感じる瞬間でした。音楽は技術を超え、情熱そのものとなり、更に200年先の未来へと響き続けるのだろうな🎵

 

 

 それは――ほんの小さな勘違いから始まった。

いつものように陳列棚へ届いたばかりの商品を並べていた時のこと。五歳の長男に手を引かれた三歳の娘が、私に声を掛けてきた。

「おねーちゃん、迎えにきたよ!」

三世代同居の我が家では、私は二児の母でありながら、両親にとっては長女。だから両親も妹も、私を「おねーちゃん」と呼ぶ。その呼び方を耳にして育った末っ子も、自然と「ママ」ではなく「おねーちゃん」と呼ぶようになった。

その声を耳にした常連の青年が、笑顔で言った。
「妹さんと一緒なんですね。可愛いボディーガードだ!」

大学入学当初から通ってくる青年。卒業後は市外に就職したはずなのに、どういうわけか店に顔を出し続けていた。――不思議に思っていた矢先、彼から突然の告白。

正直、戸惑うばかりだった。化粧もせず、おかっぱ頭の私を同世代だと勘違いしているのか、ため口で話しかけてくる。そこで、私は母であること、夫を亡くしていること、そして子どもを育てることが最優先で恋愛どころではないことを告げた。

その時、店内に流れるBGMが、Wham!の「ラスト・クリスマス」に変わった。何かの暗示だろうか。

「あ…ははは…」

気まずい空気が流れる中、私は力なく笑った。
青年は私の顔をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。

「どうせ嘘なら、もっと上手につけばいいのに…」

 

 翌朝から、彼は店に来なくなった。

あの日は肌寒いクリスマスだった。必ず買っていた水も、もう買いに来ない。季節が巡り、一年、二年…やがて彼の姿は町から消えた。

――それでも、私はいつしか彼の笑顔を思い出すようになっていた。客として、いや、少しは…。

 

 コンビニで働き続け、子どもを育て、気づけば五年が経過した。そんなある日の午後。
「これ、下さい」
背後から聞き覚えのある声。振り返ると、あの青年が! 大人になった彼が立っていた。

「お久しぶりです。良かった、まだここにいてくれて。この街を離れた後も、時々思い出しては、ずっと忘れられなくて…」

かつてため口だった彼の言葉は、丁寧語に変わっていた。
「梅子さんの人間味ある会話に救われていました。学生生活も、新入社員の一年も、あなたのおかげで乗り越えられたんです。」

十年という歳月――私も、彼も、ただ懸命に生きてきた。だけど、なぜ、私の名を?

「それは…店長さんが梅子さんって呼んでいるのを耳にしたから。古風な名前だなって、印象的で。」

古風――そう言われると、子供の頃から江戸時代の女だとからかわれた名前も、少し誇らしく思えた。

「ところで、あなたの名前は? 最初に出会ったときはまだ学生さんで、あれから十年も経ってから名乗らせるのも、なんだけど…」

少し遠慮がちに聞いてみる。

「南です。」

彼は赤面した。

「南ちゃん? これはまた、現代的で可愛い名前ねぇ」

「いえ、南は苗字です。」

慌てて打ち消す彼に、下の名を問うと、はにかみながら声をひそめて「光男」と教えてくれた。

「みつお…さん? これまた、古風だわね?」

お互いの顔を見合わせて笑った。

店内で商品を見ていたお客が数名、何事かと振り返り、私たちはまたもや笑ってしまった。優しい時間が流れていく。こういうのも悪くない。

 

 いつしか私たちは店の外で時々お茶をする仲になった。付き合うわけではない。ただ、互いの暮らしの中で、ささやかな支えとなる関係。

「シングルマザーとお茶友達っていうのも、悪くないかもね?」

そう言うと、彼は目を伏せて力なく笑った。

 

 彼と再会してから半年が過ぎ、あと数日でクリスマスイブという日。

「クリスマスは会えないけど…サンタ業務、代理でお願いしてもいいですか?」
そう言って、彼から手渡された袋には、子どもたちの笑顔を想像して選んだらしいプレゼントが入っていた。
「報酬は、来年のホットココアで」
私は笑いながら受け取った。――なんだか、悪くない。

 

 明日からクリスマス商戦。仕事が終われば子どもたちが待っている。
一緒に飾り付けをしなきゃ。ホームパーティーのプランを頭に描きながら、私は彼と別れ、店へ戻った。

クリスマスのイブも、クリスマスも会えないけれど――

両手に乗せられた2つの包みを手に、彼のあったかさを感じていた。

仕事を終え、外へ出ると、街中のクリスマスの灯りが、静かに彼の想いを照らしていた。

Merry Christmas!

この著書を知ったのは、大好きな作家、有川ひろさんがご自身の著書、【物語の種】の中で紹介していたから。ちょうど、コロナで社会生活が制限され、舞台もコンサートも見に行けない、そんな時期。

 

家電メーカーの中年所長が抱える秘密の趣味、すなわち宝塚歌劇団の熱狂的ファンだということが、ひょんなことから、社員の一人に秘密がバレるのですが、彼女も実は熱狂的なファン!所長と女性社員の二人は意気投合!更には女性社員に気がある年下男性社員も巻き込んで… そんな短編 『Mr. ブルー』など、全10篇を収録。

 

出来る限り、人が集まる場所へ行かず、自宅で過ごすことを余儀なくされたコロナ時代だからこそ、生まれた企画かも。物語の種を読者を中心に有川ひろさんが募集。

読者の投稿を「種」とし、物語を育てるなんて! こんな形で大好きな作家さんと繋がるなんて! 種を拾ってもらい、物語にしてもらったファンはたまりませんよね。

 

更には、そこから、実際、歌劇団の男役だった天真みちるさんは元宝塚歌劇団の「たそ」さんの本を手にすることになったのですから!

種から芽が出て、人から人へと広がっていくって楽しいです。

 

ここで質問。あなたには、秘密にしている趣味がありますか?

自分の場合、趣味はバイオリン、作詞作曲、エレクトーン演奏、読書、コロナ前は旅行も。お寺や神社巡り、歴史が好きなので。

ヴァイオリンについては、仕事が終わって職場からレッスンへ直行するため、「それ、ギター?」と複数の人に聞かれ…バ・レ・タ!

作詞作曲エレクトーンについては、秘密…誰にも話していない。

ただ、自分の場合、知り合いがブログを知っているので、黙っていても、バレてる…

現職場の人には、SNSは何も知らせていないので、知らないですが…。

 

 

旅の空に  🛫
ヴァイオリンの音色を重ね  🎻
読書の余白に  📚
作曲の旋律を芽吹かせる  🎵
――こうして咲く、私の種☘

 

隠された情熱も 🔥
日常の秘密も  🤐
物語の種となり  🍀
静かに花を咲かせるでしょう🌸
 

黙っていることは
隠すことではなく
守ること――
心の音色が💖
誰にも邪魔されず
咲いていくために🌹

 

有川さんのお勧めだから、絶対!面白いに決まってる!と図書館予約して、一気読みしました。天真みちるさんは元宝塚歌劇団の「たそ」として知られ、退団後にエッセイや著書を複数出版しているだけあって、愉快痛快、失敗談もギャグにしてしまうあたり、まるで、『とある街のとあるスーパー』を連載していた頃の自分みたい…。

 

舞台の光に  
笑いと涙が交差する  
その人の物語は  
隣に立つ者の影をも  
温かく照らす
 

十五年の時を越え  
舞台の記憶は  
今も胸に生きている  
――笑いながら歩む人の物語
 

 

 とても分厚い本で、図書館の秋のお勧めコーナーに置かれてあり、存在感がありました。

迷わず速攻で手にし、待ちきれずに帰宅途中のバスの中で読み始めたほど!目がハート

村上春樹さんと対談形式で綴られてあり、小澤征爾さんが若かりし頃に出会った斎藤先生や、カラヤン、バーンスタインとの思い出を語っています。

 村上春樹さんが洋楽に詳しいのは、これまでに読んだ小説からも知っていましたが、ここまでクラシックに詳しいとは!

しかも! 音楽の聴き方を知っている! 自分は何も知らない! 感覚的に聴いているだけ…ガーン お二人でクラシックレコードを聴きながら、「あの時の、あの演奏はどうだった、こうだった! ここは…」

 まるで、目の前で二人の話を聞くような気分で、自分も文字を追い続けました。

 

 出版社の紹介文はこちらです↓

 

「良き音楽」は愛と同じように、いくらたくさんあっても、多すぎるということはない――。グレン・グールド、バーンスタイン、カラヤンなど小澤征爾が巨匠たちと過ごした歳月、ベートーヴェン、ブラームス、マーラーの音楽……。マエストロと小説家はともにレコードを聴き、深い共感の中で、対話を続けた。心の響きと創造の魂に触れる一年間にわたったロング・インタビュー。

 

 私は二日で読み、今は母が読み始めたところです。

元々、祖父、そして母がクラシック好きで、自分もかなり遅れて…40代になった頃、クラシック音楽に興味を持ち、コンサートへも出かけていくようになりまして…ニヤリ

 

 秋の夜長に クラシックを聴きながら…

お読みください~ 豊かな時間が流れます~♬