ラジオもTvも昨日から慌しい。

コペンで発砲事件が起きて、未明にも発砲があり。


昨日、発砲があったその時間には丁度子どもたちと近くにある学校でバスケをして遊んでました。

その後夕飯の支度をとラジオをつけたら事件のニュースは既にやってて、いつものミュージック番組を変更しての重大ニュース。


よくよく聞いたら以前に新聞に堂々と一面に描かれた絵を描いた人を狙ってだろうとのこと。



ここに来てからいつも疑問に思ってたことは、「表現の自由」。


悪口ではないけど、王家のことも首相のこと、有名人とかも色々な絵でおもしろおかしく描く=描くことでその人をみんなで笑う、みたいな。時々そういう絵を見てて疑問だった。


その表現の自由を知ってる北欧人ならわかってて苦笑いで済ますかもしれないけど、生活感も宗教も違う他国の人の事だったのでちょっとそれが通じるかは疑問だった。


ましては、熱しやすいお国がらの人達の心を考えていなかったんだろうな、って思う。

無宗教の私だって、全く笑えなかったもの。



でも普通のイスラム教を進行してる友達も、クリスチャンの事を聞けば興奮して色んなことを言ってた。


何で宗教の話が絡むとみんなムキになるのかな?


今回起きた事件だけの事じゃなくて、

何でそれぞれの宗教をお互いに受け入れていけないんだろう??


(あなたは自分の信仰に対してそう思ってるいるんだね、そうか、私はこう自分の宗教を進行しているんだよ)ってそれで何で終わらないんだろう?


だから私はまだ無宗教でいる。


子どもたちもTVを見て少し真剣な目でみてたりする。

少なからずこういう事件は子どもたちにも影響を与えていないか心配。



世界が平和に過ごせるって事は無理なのかな?




もしも、体が1CMくらいに小さくなったらどうする??


・・・。とりあえず自分の家を探検する。


もしも、壁を歩けたらどうする??


・・・駆け回ってみる。



大昔、インターネットが普及した頃、「pcで色々注文できる」と聞き、




「そのインターネットで物を注文すると家にあるパソコンの画面から電子レンジみたいにチーンと鳴って、パソコンの画面が開いて、品物が目の前で手に入る」




とマジで思ってた馬鹿な私・・・。


「そんなパソコン!絶対欲しい!!」とゆうじ兄貴に言うと


「さちー・・・・、おまえ、馬鹿だな。」とはっきり言われた。∑( ̄д ̄川)


妹に向かって馬鹿はないじゃん?!と言うと、


「じゃ、あれだ、アホだ」と。 (同じじゃん・・・)



あれから十数年、今の私はもうアホじゃないわよ~。



Iフォンと言うのが出てきてから、




「Iフォンって電話なの?携帯パソコンなの?」


とゆうじ兄貴に真面目に聞いた。


「おまえな、少しは世間様ってもんを勉強しろよ!」


(兄貴め~!!私が機械とか音痴なのわかるでしょう~?!!!!)




・・・。けどまだIフォンとか言うものを持っていない私・・・。




(゜д゜)・・・。持ってみた方がいいかな??






近頃、7歳の息子が歩くのが遅い私を前の方で振り返って待っててくれたりする。


(まぁ、なんて優しい!)


と感じることがよくある。

 年だから歩くのが遅いのではなく、


(私は自分でそう思う)


パパさんの歩く1歩がとてつもなく、私の2倍くらいで80cmくらい間隔が・・・


足が長いとそんなもん??


で、子供達は自然にそれに合わせて歩きが早くなる。

娘のガイケ(仮名)は私と足の長さ同じくらいだって言うのに私よりも早い。パパと並んで歩けるし・・・。


何故だ?!


息子のガイ(仮名)は身長に比べると足は長めだけど私が1歩歩くと、それを2歩で歩いてるし。


・・・

ただ単に私が歩くの遅いだけ?


みんな先を急いで何処へ行く・・・。と聞きたい。



久しぶりに昔の同僚から電話があった。



彼はいつも笑顔でさわやか青年だ。

けどちょっと私が引く所は、いつも彼は女性の目の前に立つと、



「やぁ、美人さん!今日も笑顔が素敵だね」



と言うセリフを言うことだった。



美人と言われて嫌な気持ちはしないでもないけれど、それを誰にでも言うってのは、お調子者にしか見えない。



今私に向かって言ったかと思うと、5分後廊下で違う女性にも言ってるし。



ま、それは嫉妬とかでは全くなく、なんだか男の癖にふわふわしてるというか・・・。あきれてしまう。



そんな彼Hさんが最近の私の様子を聞いて来た。




「私は元気ですよ」と言うと、



「違う、違う、最近どう?調子は」と色んな事を聞きたいらしい。



・・・、彼は以前私を口説こうとして失敗した。

夫ある女性を口説こうなんて、もっと男前になってからしてときっぱり言ったのだ。



それにも関わらず、相変わらずの誘い。

「どこかドライブでも行こうよ」とか、

「オレの家見にこない?」とか「2人で旅行しない?」とか。



・・・。全く、Hさんは私がそんな軽い女だと思っているのだろうか。。。




それか、彼にとっては外国人だから??



ほいほい着いてくと思うのか?





ま、それはともかく、

去年の夏にネットでお付き合い募集HPで知り合った女性と付き合い始めた、と嬉しそうに話してたのを思い出し、その事の方へ話しを持って行った。





「夏に言ってた彼女、今年の夏には紹介してよ?!」と。

けどHさんはちょっとまずそうに



「あ~、彼女ね。居たね、そいう人。・・・もう付き合ってないんだ」



まだ5ヶ月しかたってないのにもう別れた??



「彼女は束縛するタイプの人で・・・」



束縛・・・。彼の性格からにしては無理って事??



「お互い子ども居るし、そんなに頻繁に会うなんて難しいって言ったら駄目になった」



・・・なるほど。彼女もバツ1なんだ。



「どのくらいの間隔で会ってたの?」と聞くと、



「週3回。」



結構豆男じゃん。



「それで駄目って?」

「うん。向こうはオレも彼女の家に2、3日泊まったりして欲しいらしかったんだ。」



・・・恋愛の熱い思いはずっとあってもいいけれど、それがズルズルと束縛したい方へ走ってしまったら、まずくなる・・・。



「いっその事一緒に住めばよかったじゃん!」と言うと



「駄目、駄目。オレは長い時間をかけてその人のコト知ってからじゃないと、一緒に暮らすのは無理。絶対無理!」



と答えた。



まぁね、たしかに19、20の年じゃないんだから、そりゃ、それなりにすぐに同棲って訳には行かないとは思うけど・・・。



「例えば、オレは君をもう友達として何年も知ってる。 だから君とだったら一緒にすぐに暮らすことが出来る、そんな感じなんだ。わかるかな?」



「?はぁ」・・・わからん。



でも、くどかれて、冗談言って笑い合って、次に会うときには忘れてる、そして又話をする、相談を言う、仕事上では頼ったりもした。



それでもまだばったり道で会うと話すし、こうして気にかけて電話してくれる。 



Hさんは私がどんな感じの人間なのかを知ってるし、自分達がどんな友達関係なのかも分かってるし、そういうどんな人かって分かった人じゃないと住めないって事なのかな??



ん~・・・。難しい。でもなんとなく分かる気もする。



だからHさんには

「ん、仕方ないね。次行こう、次。彼女とは縁がなかったんだよ。 一生の人ではなかったって事じゃんじゃないの? だからこれからまだそういう人に出会うって事だから落ち込まないで、又新しい彼女みつけなよ!」



と励ますと、

「いや、落ち込んではいないよ、ね、これから10分くらい会えない?お茶でもどう?」



又来た・・・、懲りないやつだ。



でも、そうやって恋話も話してくれると言うのは私にはオープンって事なんだろうけど、お誘いはもちお断り。



でもHさんの彼女のように束縛したい女もいれば、束縛したい男もいるし。



・・・私はどっちだ?と考えた時の答えは 「束縛しない女」だろうなって思う。



パパが同僚や友人達と町へ繰り出したいといえば、すぐにOKする。



それは誰にだって必要でしょう?



一種の「息抜き」??



特に家庭ッけのないパパにとっては。><b







でもちゃんと無事に帰って来て欲しいので、行く時は必ず

「帰る時は電話してよ、車で迎えに行くから」 と言う。



・・・これもやっぱ束縛の一部?なのかな・・・。 わからん。>m<

幼い頃の記憶は少し覚えてる。


幼稚園生の頃、何故か自分だけハサミで画用紙をみんなと同じように綺麗に切れず一人ハラハラ焦ったことがある。


子供ながらに

(みんなにできて何故自分にできない?)

と思った事もはっきり覚えてる。


保母さんはみんな言った所まで切れてるか歩いてチェックし始め、私は手に汗をかいてた。


案の定、保母さんは私の前で立ち止まり、やり直し用の画用紙を渡した。


(今度こそ!)


とやる気満々で切り始めたけど、やっぱり無理。

諦めてハサミを置き指でチギリ始めた。

??よく見ると自分でハサミで切ったような切り口だった。
(ま、いいか)と思いながらほぼさんを見るとほぼさんを見ると

見てるし。(°д°;)



先生は又私の所へ戻って来て、どうやってハサミを持ってるのか見せなさいと言ってきた。


みんな見てる。


みんなを待たせてると言う焦りもあってドキドキしながらハサミですぐに画用紙を切り始める私。


でもやっぱりうまく切れなかった。
けど先生はもう何も言わなかった。


そして続きを切り始めた。


私は元々左利きだったので、右用ハサミを左手に持って画用紙を切っていたからうまく画用紙が切れなかった、という事を知ったのはその後だった。


保母さんは親との面談で私の利き手を変えてくださいとか言ったのか、母親は私に鉛筆を右手に持たせ文字を書く練習をさせた。


だだから今では鉛筆を持つ手とハサミを使う手は右手に変わってる。

だけど、お箸と包丁、ボールを投げるのは左手。


結構便利なものです。
右手に鉛筆、左手に消しゴムを持つことができるのは兄弟で私だけだし、美術の時間に筆を持つ手が疲れたら左手に持ち変えられるし。


今考えるとちょとした所で徳をしたかも。



そして娘が2歳になる頃さじの使い方を教えた。


私のサジを持つ手は気付かずに左手になってたらしく、娘も私の手を観察しながらいつの間にか左手にサジをもっていました。


あれ?
でも私は徳をしたからなぁ、と思いながら娘がやりたいようにさせることにしました。


娘は左効きオンリーのままでやっぱり幼稚園でハサミで同じ目にあったようです。


でも今って左利き用のハサミってあるし。
別にあの頃の私のように焦ったり、悔しい思いをしたりすることなども少ないだろう、と思う。


けど、やっぱり娘に左利き用のハサミがない時の為にと、右利き用のハサミを使って左手で綺麗に紙を切れるコツを教えてあげた。