最近の報道を見聞きした感想です。
① 高市発言の取り扱い方について(訂正版)
台湾問題と日本のいわゆる有事認識とに関する首相の先日の国会答弁が、従来の日本の外交路線と違うと認識され、国の内外で問題になっています。首相周辺からは従来的認識や方針に変わりはない旨の発言が何度も出ていますが、収まりそうにありません。国内でも、その趣旨を理解する人でも、少なくとも発言の文言については問題があったと見ているようです。しかし私が奇異に思うことは、その発言の具体的内容についてのマスコミ報道が少ないということです。私が見聞きした報道の範囲では、台湾の人の認識(台湾有事の際は直ちに日本の自衛隊が台湾海峡へ防衛出動してくれる)、日本の評論家の認識(台湾有事の際に直ちに日本の自衛隊が台湾海峡へ出動することはない・米軍が日本の基地から出撃する場合中国から攻撃の可能性があり、その場合は自衛隊がその防衛のために出動する)だけです。私自身が高市発言を聞いた時にすぐ思った具体的内容は、それらのうち最後のものでしたが、高市発言への見解はとくになかったようでした。中国民衆の認識、同政権関係者の認識に関する報道もありません。その有事においてもし中国側が米軍を攻撃する場合は、中国は日本の領土・領海の外部で攻撃すべきですが、日本の領土内にある米軍基地の場合はその区別は困難でしょう。しかし困難であっても、中国側がその区別なく日本領土を攻撃することは誤りです。その場合の日本は被害者であり、防衛出動は正当な行為になります。つまり問題は中国側の無区別的先制攻撃であり、その点を棚上げして・集団的自衛権に係わる高市発言を非難するのは間違いです。自主外交を試みる台湾の問題は中国の国内問題だと主張するなら、米国の直接的な台湾防衛活動だけに関して批判・攻撃するべきであり、日本の国内問題としての自主的な米軍活動に関して日本を批判・攻撃することは間違いです。中国に滞在している日本の報道関係者は、中国人とどんな話をしているのでしょうか。台湾有事の際日本が先行的に中国に対して軍事行動を起こすことはない以上、中国側にこの点で高市発言への理解を求めればいいのではないでしょうか。
② 日本の司法制度について
先日、刑事事件の再審請求に対する検察の抗告問題に関する報道がありました。法律専門家を交えた解説的報道では、検察庁職員の慣習に関する話・裁判官の審理の仕方に関する話、などがありました。報道全体の印象は、検察官・裁判官を性善説の立場から扱っている、というものでした。つまり彼らはいつも事件の真実に基づき・法を正しく適用することを無条件的に前提している、という見方です。この前提は多くの国民も当然期待していることでしょう。しかし現実の日本の司法界はもっと複雑です。過去にも現在でも、検察による不当な捜査方法は問題になっています。裁判官についての問題報道はまれですが、私見では報道されないだけです。私の以前のブログでも書きましたが、ほかにも裁判官問題はあります。私が経験した範囲でも、判決に関する上意下達・裁判官世界における秘密の通報者の存在(上層部による秘密の監視組織)・法の上に人を置く慣習(訴訟当事者の「金と力」への忖度)、等があります。いずれも学校教育では教えていないことです。以前裁判に係わった知人が、裁判官には常識がないという感想を述べていましたが、特異な常識はあるのです。私自身が五つの裁判所で自己訴訟した経験から言えば、一般に裁判官は事件自体よりも事件関係者を見ています。しかも客観的に見るのではなく自分の主観的関心に応じて見ています。私は父との間で「包括死因贈与契約(公正証書)」を結びましたが、三審すべてで無効判決が出ました。公正証書は、本来は日本銀行券に匹敵するほどの信用をもつ証書ですが、島根県松江市で私が受けた四つの裁判所のすべてが無効扱いをしました。家裁は亡父への私の祭祀権を保留扱いにし、亡父の預金引出し請求を地元の有力銀行が拒否したことに関して、簡易裁判所は審理を開始せず、同証書の無効確認請求事件を扱った地裁・高裁・最高裁は、全て無効確認の判決を出しました。この一連の無効判決は、公正証書の本来の趣旨を全く無視した司法判断であり、公正証書制度を管理する法務省にとってはメンツ丸つぶれでした。これを例えて言えば、ある一定数の日本銀行券が紙幣製作者の当時の健康問題によって無効だというのに等しい判決なのです。当然法務省は、裁判所側に文句を言ったようです。その高裁判決の一か月後に、裁判に関係した高裁の裁判長は「自主退官」し、地裁の裁判官も十数年後に定年までの数年を残して「自主退官」しました。「自主退官」は一種の温情処分でしよう。私が後で考えたところでは、松江の銀行や四つの裁判所では私に関する誤った情報が流布していたのではないか、と思っています。つまり「事実と法」以外の事情によって判決が出ていたのです。法よりも主観的関心が優先する点は、どこかの大統領のやり方に似ていますが、あいにく私には打つ手が何もありません。公正証書が無視されたことについては、私は地元で新聞記者に話しましたが、その後の反応はありませんでした。