文房具好きなので、最近思うことを少々。

 

最近は少々残念な意味で話題になってしまっている、文具ソムリエールの菅未里さん。「マツコの知らない世界」に出る少し前にちらっとどこかで見かけて知った方です。あら美人さん、と思いきや、テレビでなかなかの闇の深さを見せて衝撃デビューされていました。

その方、ちょっと最近おやおや?と思う方面に走っておりまして、

 

(別窓)文具ソムリエール菅 未里の「誘惑文具」http://dime.jp/genre/263901/1/

 

かいつまんで言うと問題になっているのは2つの記事。

①タイトル:満員電車でモンブラン!?文具の価値は「人」で決まる

概要:満員電車で席を割り込みで奪われてしまった。席を奪った彼はTシャツハーフパンツ姿で、モンブランのペンを使いエルメスのノートにメモをしていた。これはTPO違反だ。

 

②タイトル:「安い」のはいいけど「安っぽい」のはイヤ!100円のボールペンを死守するがっかりおじさん

概要:安ボールペンのクリップが破損していたりしても使い続けることは理解できない。ネームシールなどが汚くなったものも同上。完成された製品デザインに付箋やシールなどで手を加えることは、製品を尊重していない。

 

まあ、炎上商法と言えばそれまでなんだけどね。

割り込みは別問題だとして、TPO違反とか何だその決め付け、上から目線。とか、シールやゴムを巻くがいかんのか!?と憤慨する人たちが出てくるのも仕方のない記事です。特に文房具好きな人たちに反発を覚える人は多いでしょう。

でも、正直なところ私はあまり責める気持ちにはなりません。

 

そもそも、菅さんの「文房具が好き」の根本って自分と同じようだとは思えないのですよね。

マツコの番組でも言っていましたが、彼女はスクールカーストの下層から脱却する道具として文房具を使いました。周囲から「かわいいノート持ってるね!」「珍しいペンだね!」と褒められる、承認されるために文房具を使ったとご本人が公言しています。つまり、文房具を「他者からの承認」のための道具として捉えている方です。

文房具好きの多くはそれとは逆の「自分を満足させるため」の道具として捉えていると思います。所有、収集することで満たされ、自分の活力とするタイプ。私もこちらに所属しています。

たとえば自分が好きで集めていて、ようやく手に入った限定のフィギュアがあったとします。それを誰に見せることもなく、箱に飾って眺めて楽しんでいる人が、「私○○が好きでさ、こんなフィギュア持ってるの、どう?」と見せ付けて他者から持て囃されている様を見たらどう思うか。

「お前の好き、は私の好きと一緒じゃない!!!!」と叫びたくなるでしょう。

承認されたいために好きなんじゃない、と反発心を覚えてしまうわけです。

両者の「好き」はどちらが間違っているわけでもなく、確かにお互いそれが好きなのです。でも絶対に相容れない。

これが今回の記事の炎上の根本的な原因かなと思うのです。

 

好きなものを自分の一部として大切にしたいタイプは、たとえば先ほどの「クリップが折れたままでも使っている安ボールペン」や「Tシャツ姿でも手放さないモンブランのペン」はなぜそうなのかを想像することができます。

使い勝手がいいけどよくある安ボールペンだから、いつも誰かに持っていかれてしまう。それがいやだからテープを巻いたり、クリップが折れてもそのまま我慢してしまう。それはデザイン以上に製品の性能を必要としているからです。そこに愛がないか、尊重していないかというと、そんなことはありません。

大好きなペンと手帳だから、どこに行くにも一緒でいたい。そんな気持ちをTPO違反と簡単に片付けられたくはありません。

 

じゃあ、彼女の言っていることは間違っているのか。というと、そうでもないわけです。たしかに勝手に改造しちゃうことで本来の良いところを損ねてしまうこともあります。文房具も装飾品の一部として考えれば、服装とのミスマッチは指摘されても仕方ないかもしれません。

これを私のような、どこの馬の骨ともわからない人間が与太話として書いているだけならまだ良かったでしょう。しかし、彼女は「文具ソムリエール」を名乗っています。自身でも言っているように「文具選びを助ける」ことを肩書きとしているのです。提供することを商売としているのです。

仲介業であろうとも物を提供する側が、買い手の有様を叩いて商売するのはよろしくありません。毒舌商売を取り違えて袋叩きにあうのは、根底に「愛がない」と受け取られてしまうからです。毒舌商売がそれとして成り立つのは「わかっちゃいるけど、やめられないよね」と双方が同意しているからこそ、成り立つものです。

①「あんたみたいなババア相手にされないよ!」

と言うだけなら悪口ですが、

②「相手にするのは俺ぐらいだよ」

と続いて、さらに

③「だから俺が愛用しているサロンパス分けたげる」

など、同じ仲間であることを主張する手法があってこそ、笑って受け入れてもらえるのです。

つまり①だけなら、それはただの悪口であり、そしてそれを多数に提供する側が言うのは、ただ上から目線で客を貶しているだけととられても仕方ないのです。

物を提供する側というものは、たとえ客がどうであろうとも最終的に「自分が提供したもので満足してもらう」ことをゴールとします。彼女は提供側にいるはずなのに、書いた文からはそのゴールが見えないままなのです。「こうしてみてはどうかな」という解決策や誘導をしないまま、欠点を指摘するだけでは、買い手は受け入れてくれません。

だから彼女が「文具選びを助ける」という肩書きのままで行くのであれば、この先の路線変更が必要なんじゃないかな。

個人的にはあの「闇深い」感じが好きだから、頑張ってほしいと思うのですけどね。