エッセイってのは、辞書によると、見聞、経験、感想などを思索的に書くものらしいが、ぼくなどは、山奥でほぼ引きこもりみたいな生活を自堕落に送っているんで、見聞なんて何にもない。
だから、ネタがないので、何か書こうとすると、オナニスティックな架空の話になることが多いのだが、最近、というか、三日ほど前、所謂、「ライバー」というのを見てみた。
なんと言うか、地下アイドルのネット版みたいなことだ。ひとりの女性(男性)ライバーが自分をビデオ通信して、不特定多数のリスナー(ファン)とリアルタイムでネット空間でチャットする、という、他愛ないと言えば、他愛のない代物であった。
地下アイドルのネット版という説明は語弊があると言えばある。というのは、地下アイドルなら、ある程度、互いに面識があるだろうし、曲がりなりにも生身の接触がある。ライバーはテレビのように一方通行であり、チャット上はインタラクティヴな双方向性が成立しているが、映像は「テレビ」と同じ、片側通行である。
まあ、やってみた、ぼくの本音は相当面白かったのだ。まず、出演する女性のレベルが高かったし、女性はDJのようにリスナー全員を相手取ってしゃべりまくっているが、会話は成立したのである。一対一の会話じゃないから、ぼくのような童貞に毛を生やしたような男でも、じっくり次に何を言ったらいいか、考える余裕があり、うまくリードすれば、その場のチャットの流れを支配することもある程度可能だ。
つまり、目先を変えて、崇拝する対象をご近所さんにしてしまえば、かなり濃厚にコミュニケーションしてもらえる上に、自分が支持する女性にある程度ファンが集まれば、アイドルと接した気分も味わえるという、「アイドルごっこ」であり、やっぱり地下アイドルと通底する趣向だろう。なぜか、電波状態が悪く、ブロック状の画面一歩手前、という状態でしか拝めなかったが、本当にアイドル並みの美少女もいて、文字通りハマりそうだった。というか、未だに未練が残るが、それはともかく、問題はやっぱりある。テレビというものが、既に目前の景色のシカトだとすれば、このビデオ・チャット・ゲームはシカトをしていることもシカトしている、ということになるだろうから。二重の忘却状態に陥り、将来的にボケること請け合いだ。ご近所さんに注目するのは、一見、「その場」が本来の輝きを取り戻しそうだが、実際にはシカトしてるだけだろう。個人的な感想としては、むしろ、かつての山口百恵の方が、おらが村、この変哲もない孤独な生活の場所、社会の片隅が輝いたような気がする。
というような理由は、付けたりの理由だと言えば、実はそうで、最大の疑問は、実は、赤ちゃんを抱っこして配信していた若い女性ライバーがいたのだ(偶然、ぼくの出身地の名古屋から配信していた)。これには目を疑う思いがした。そりゃ、まあ、別に不倫しているわけではないし、リスナーを相手にしながらも、ちゃんと赤ん坊をあやしたり、オムツも交換してやってるし、非の打ち所はないかも知れないが、なんかね。どうも、疑問だった。それでやめました。
これ、一種のアイドルの「カラオケ」だと強弁すれば、できないこともないので、今後、新文化として定着するんだろうか。究極のキリギリスという気がする。