かつあげされて、黙っていろという話だから、わかるけどね。これは解決の難しい人生の苦しさだ。ジクムント・フロイドの父親は通りの端っこを歩いていた。当時、ユダヤ人は道の真ん中を歩いてはならないとされていた。それで道の端を歩いていたが、通りすがりの男とすれ違う時に男に被っていた帽子をはたき落とされた。父親は息子の目の前でドブに落ちた帽子を拾いあげそれを被ると、何事もなかったかのようにまた歩きだした。息子のジクムントが何も言わないのか、と問うと、そんなこと言ったって仕方あるめえ、という意味のことを言ったらしい(※)。そこで息子はナニクソと思って頑張ったという話だが、人生、なにも暴力沙汰だけが人生ではない。しかしながら、われわれがひとつのソフィスティケートされた暴力社会のなかで生きているのも、また事実である。二人の男が殴り合う。勝てないと思った方はまずナイフを持つ。次に両者の人数が増える。二人、三人、五十人、百人。相手が機関銃を持ったら、こっちはそれを上回る武装をする。人数がある一定の人数に達すると上層の幹部は平時には武器を直接自分が持っているわけではない。この構造が所謂権力だろう。織田信長や武田信玄はいちいち抜刀して部下を脅しつけて言うことを聞かせているわけではない。つまり、それが権威だが、戦争状態になるということは、少なくとも相手国には権威が及ばないということである。だから、当たり前と言えば当たり前だが、武器による双方の応酬になる。それが二十世紀には核爆弾にまでエスカレートした。すでに何度も言われている話ながら、あらためて言うなら、核戦争は勝ち負けがはっきりしない。狂っていると言われるプーチンにしたって本当にヨーロッパ全土が核爆弾による焦土になってしまったら困るだろうし、その逆もまた真だろう。権威というのは確かに弱い。フロイドの父親は父親としての威厳が当の息子の目の前で見事に崩れてしまった。暴力で脅されたらひとたまりもない。しかし、核爆弾の世の中というのは、実質手足を縛られているのと同じではなかろうか。となれば、勝負はやはり権威的な判断をするしかないし、それしか残っていないのだ。さて、フロイドの父親はどちらだったろうか。そして、本当にその態度は息子に何の手本にもならなかったのだろうか?


(19日 AM 2時33分)

   っていう意見を書いたら、しばらくなりを潜めていたノイローゼがぶり返して来た。いわば夫婦喧嘩だ。おれの「奥さん」は主戦論である。きっとやられたら、徹底的にやり返せという主義だろうな。戦国時代ならいざ知らず、核戦争の世の中になっていることが計算に入っていないから困る。が、ノイローゼになる以上は自分の「奥さん」だから、誰も恨めず、自分で自分に怒るしかない。

   認識した上で、核戦争になるギリギリまでは戦わないと気がすまないということであれば、別段わたくし、お止め立ていたしません。誤解されるといけないが、わたくし、最初から核戦争については何の希望も持っておりませんので悪しからず。


(※)このエピソードはフロイトが十二歳頃、父親と散歩をしている時に、父親のヤコブが自分の青年時代の話として、フロイトに話したもので、通りを歩いて来た男は「ユダヤ人め、舗道を歩くな!」と言って、彼の帽子をぬかるみにはたき落とした。それを聞いたフロイトは「それでお父さんはどうしたの?」と父ヤコブに訊くと、父親は「おれは車道に出て、帽子を拾いあげたさ」と答えた、というものでした。従って、父親といっしょに散歩している時に「息子ジクムントの目の前で」帽子をはたき落とされたというのは、ぼくの記憶違いです。間違ったエピソードの引用をして、すみませんでした。