携帯電話代が安くなりそうなので、20ギガで9千円も払っているおれは嬉しいが、制度施行の後で、自民党は携帯税を導入するという、まことしやかな噂も耳にする。もし、そうならプラマイゼロだな。どうなんでしょうか。ハーバマスを読んで、〈合理化〉というものにアンビヴァレンスな気持ちになってしまった。「こうして、科学と技術は第一次生産力となり、マルクスの労働価値説の適用条件をみたさないものとなる。科学技術の進歩が、独立した剰余価値の源泉となり、それにくらべて、マルクスが視野においた、剰余価値の唯一の源泉たる直接生産者の労働力が、だんだん重きをなさなくなる、という事態のもとでは、研究と開発のための投下資本総額を、無資格の(単純な)労働力の価値を基準として測ることは、もはや意味のあることではない」(『イデオロギーとしての技術と科学』より「Ⅱ〈イデオロギー〉としての技術と科学」1968年)などという箇所はやっぱりなと思ったりした。
確かに、街を走る車が五十年代、六十年代のアメ車というキューバは成功しているかも知れないが、中国という国に於いて、それが今後もテクノロジーをどんどん進展させて行った場合、宇宙論的世界像としての神話的・宗教的と並ぶ形而上学的に堕した、その伝統的な制度的枠組みの「共産主義」が、官営を維持するにしても、文明の過剰な発展に対するブレーキ役を果たし続けられるか、何とも言えないのだ。