量子テレポーテーションは恒星間宇宙旅行に画期的な成果を齎した。地球と目標の星の間がたとえ何万光年離れていようとも、オービターは精確にターゲットの宇宙空間座標へ一瞬のうちに出現する。しかし不幸な出来事も起きた。人類は本格的な旅の前にいわば準備段階として火星に人を送ることをしたが、二〇五〇年の「メガントロプス」号では、船員八名のうち、実に四名が「幽体離脱」してしまったのである。それはそのようにしか呼びようのない体験だった。自分の身体は確かに火星上にあるのに、意識体は地球上の、例えばコントロールセンター内のロッカールームなどに滞留していた。これとは逆の場合もあった。身体は地球を一歩も離れないのに、まるでドストエフスキーの「おかしな男」のように、意識体だけが目標の星に先に到達してしまうのだ。実は惑星エレノアを発見したのはそうしたひとつの偶発事故だった。スティーグリッツ博士は巨船を支配し、船内の電磁スピーカーで夢のように船員たちと意思疎通することができた。博士は船員たちにそこから僅か三年足らずで行くことのできる、まるで予定にはなかった未知の星の存在を告げた。アレッサは今やスピーカーを鳴らすだけの エンプティな存在になった彼の予言が聖書の一節に似ていることに思い当たり、その言葉を疑っていた。だが、惑星エレノアはスティーグリッツ博士の予言通り白夜の星だった……

   その日は主のみ知られている
   そのときは昼もなければ
   夜もなく 
   夕べになっても光がある
(ゼカリヤ)

                         

「なんで地軸が六十度以上も傾いたんだい」船長のピート・パークスが測量モニターを眺めながらそう言った。「それから、この船には何で日本人が二人も乗ってるんだ?」
   ピートは、船医のナダル・ウォンコックと機関士の大沢秀次が産業革命以来、人類がひたすら仕事を機械化してきたことについてひとくさり口論したことに腹を立てていた。窓外にぼんやりと青白く光る惑星を目の前にして、「酸素はあるの?」とアレッサ・ローレンスが訊ねた。アレッサは国有放送の記者だった。「搭乗科学調査員」スティーグリッツはあれから何も言わない。ピートは不気味に思った。実際、彼の「感官」は今のところスピーカーしかないようだ。彼はわれわれのことが見えるのか。「ある……が、エベレスト並みだな」
   通信士のジャック・シモンが悪戯っぽく言った。「いいのか、勝手に目的地を変えて」
   アレッサが憎しみに近い目でジャックを見た。「今さら遅いわ。パレスが怒ってるかもね、訊いてみたら」ピートは目標惑星を変えたことを「アームロック・アンダーテイキング」のパレス・コールマン会長に伝えていなかった。雇われ船長だから以心伝心か?  航海士の四海敬一郎は不審に思ったが、今は腹の中に収めることにした。尤も「アンダーテイキング」の方からも何も言って来ない。巨大なコングロマリットは逐一この船を量子通信で追尾している筈なのだ。
   全員がエアロック内で船外服に着替えた。外気には若干のアンモニアが含まれ、時折強風が吹き、温度は零下四十九度Cだった。ハッチが開くと皆、地上に降り立った。重力は地球より幾分重かった。
「おい、月があるぞ」と、ジャックが特殊強化プラスチックのシールドのなかで頭を反らせるだけでは間に合わず、身をのけぞらせて白く輝く天空を見上げた。船長のピートも同じように空を見上げる。「そのうち太陽といっしょに狼に食われるのさ」
「それで、われわれはここで何をすればいいんだい」大沢秀次が訊ねた。
「惑星を機械化するんだ」ナダルが議論を蒸し返した。「おれはチップのおかげで方向がわかるぜ。こっちが北だ」彼は大脳と手の甲に極小のLSIチップを埋め込んでいた。
「いかにもエイリアンが出そうだ、そうだろ、ジャック? 」四海が荒涼とした風景を見回して、おどけたが、急に真面目になって言った。「バギーで偵察したらどうだ?」
「わたし、乗りたい」アレッサが感情を抑えた口調で訴える。
   ピートは凍りかけているシールドの中で眉をしかめて遠くを見つめた。「あっちに山がある……もし、エイリアンがいるとしたらあの辺りだと思うね。おれは船に残るよ。皆に悪いが、おれはこの船を無事に会社に戻す責任があるんでね」
   ウォンコックも何故か辞退したので、結局バギーに乗り込んだのは四人だけだった。
   四海敬一郎の運転で十数キロもバギーを走らせると四人は件の山に到着した。高さは五百メートル程しかなく、何の変哲もない岩山で草木一本と生えていない。この岩山を造った神の見えない歯車も結局、奴隷にすぎないのだろうか、と四海は考えた。そう思って見ると、白夜のなかで聳える岩山はこの星を見守る中世のゲゼルシャフトの組み上げた城郭のようにも見えないこともなかった。
「見て、洞窟があるわ」最初に発見したのはアレッサ・ローレンスだった。四人は早速洞窟内部へと侵入して行ったが、なかは大変に広くなっており、奥行きも全部探検するには三日程もかかりそうだった。しかし、大沢がすぐに奇妙な物を洞窟の奥の濡れた地面で見つけた。驚くべきことに、ペンダントだった。ジャックも懐中電灯で物をよく照らそうとした。「ロケットになってる」中を開けるとマイクロチップのような物が入っており、その下地には歴史的なダゲレオ・タイプで撮ったような古臭い肖像写真があった。三十歳ぐらいの男性が写っていた。
   アレッサの訝しみ驚いた声がトランスミットされた。「どういうことなの。わたしたちより先にここに来た人間がいるわ」
   しかし、洞窟の外に出た彼らはさらに驚くべきものを発見した。二人の男女の遺体があったのだ。それは今まで突き出した洞窟の入り口の影になってよく見えなかったのだ。そして、それは遺体と言うにはあまりに真新しいもので、しかも二人ともこの寒いのに全裸だった。ジャックも狼狽えたが、彼は「これはペンダントの男だぞ」と言った。見れば確かにそうだった。しかし、大沢は直観に動かされたようだ。彼は腰の小さなバッグからナイフを取り出すと、いきなり女の腕を切り裂いた。アレッサが叫ぶ。
「やめて! 何をしているの」
   大沢も叫んだ。「見ろ! ポリマーさ」
   ジャックが愕然とした。「……アンドロイドか」
   彼も女の切り開かれた腕をよく見た。
   二体の男女のアンドロイドは両の足を投げ出して地面に座り、永遠に続くかのようなエレノアの白夜の空を静かに見上げている。
   アレッサはもの悲しい目をして二体のアンドロイドを見つめていた。ナイフを持ったままの大沢が沈んだ声で皆に訊いた。「どうする。とりあえず船に連絡ですか?」
   皆、黙ったが、ジャックが口を切った。「連絡せずに持っていこう」
「なぜ連絡しないの」アレッサが振り向いて彼に訊く。
   四海もジャック・シモンに賛成し、つい自分の疑念を口にしてしまった。「船長は何故、おれたちと一緒に来ないんだ? あれは言い訳だ」そう言ってしまってから、彼は何故か後悔を感じ、この疑念が何か危険なところに漂着するのではないかと恐れた。
   ジャックは四海の恐れなど全く気づかない様子だった。「会社、会社と言っていたが、その会社に彼は全く連絡しようとしない。奴っこさんは独立した船長じゃないからな。我々がいなくなった後で密かに会社に連絡したのかもな」  
   アレッサが反論した。「仕組まれてるって言いたいの? でもスティーグリッツのことは偶発事故よ。この惑星に来るなんてアンダーテイキングだって知らない筈よ」 
   大沢がナイフを腰にしまいながら気の利いた科白を口にした。「じゃあ、ここにある、このアンドロイドは何だ」
   アレッサの表情が止まった。「そんなのわたしだってわからないわ。じゃあ、あのマイクロチップみたいなものは何なの」
「よし、とにかくアンドロイドをバギーのトランクに入れよう」航海士の四海敬一郎が皆に有無を言わせぬはっきりした口調で決裁した。「マイクロチップは船長に提出するが、今は船に連絡するのはやめておこう。何かはわからないが、連中はおれたちの知らないことを隠していると思う」

   別々の手術台に乗せられた二体のアンドロイドを見比べて、ナダルが大沢に言った。「こういうものを持って来るなら、船に一報を入れるべきなんじゃないのか」
   大沢秀次は鼻で笑った。「あんた、いつからキャプテンになったんだ」
「やめてくれ 」ピート船長はそう言ってから、今、気圧ドアが開き、船室に入ってきた四海敬一郎に鋭い眼差しを向けた。「……確かに船には連絡するべきだったかも知れない。バギーでの探索は四海、あんたのアイデアだ」
「罰する、ってことか」四海はどうしようもないとアレッサを見つめ、それからまたピートを見た。「連絡と言うなら、会社に連絡するようジャックに命じるべきなんじゃないのか。この星に来たことを」
   両者はしばらく激しく睨み合った。一方、ナダルは大沢を睨みながら手術台の抽斗からメスを取り出した。「なんなら、あんたから先に掻っ捌いてもいいと思うがね」
「やめろ」とピート船長が一喝した。
   女の腹、ちょうど臍の上の辺りにナダルの冷たいメスが入った。彼は女の腹を観音開きにするようにして切開した。しかし問題のマイクロチップは脾臓の所定の位置に埋まっていた。
   ナダルは無言で船長を見た。ピートも無言だった。大沢が言った。
「この女アンドロイドのチップじゃないと、そういうことですか」
   ジャック・シモンも同意した。「だったら、こっちの男のものだろ」
   ピートはやはり何も言わない。ナダルは隣りの手術台にゆっくりと移動し、また抽斗から新しくメスを取り出した。男の体の同じ場所にメスを入れたナダルの手が突然止まってしまった。
   ピート船長が沈黙を引きずるように、喉の奥からしゃがれた声を押し出した。「どうした?」
   彼は呆然とした顔だったが、四海は何かその表情に作為的なものを嗅ぎ取った。ナダル船医が言った。
「これは人間だ……いや、サイボーグだ」


                            2
 
   部屋の3 D テレビが政府要人の暗殺を姦しく伝えていた。地球連邦政府の飯塚科学産業大臣がアンドロイドの自爆で爆殺されたのだ。特務班の四海敬一郎は数日前に上司から秘密裡に調査を命じられた。飯塚大臣の自宅に赴くと、彼の奥さんが飯塚の自室に案内してくれ彼の日記を見せてくれた。ページを繰っていると爆殺される三日前に謎めいた記述があった……『白夜の星で見つかった二体の男女は興味深い。アダム計画は実行された 』そのように走り書きがしてあった。奥さんに尋ねてみたが、そんな話は全く聞き憶えがないという。四海は自分がこの事件の担当になったのは犠牲となった大臣が同じ日本人だからだろうと当然のように思っていた。しかし事件の五日前の日記を読んでいささか考えが変わった。飯塚大臣はジャック・シモンと接触していた。
   部屋の3 D テレビは CM になり、テレビの前の薄暗い宙空で四海の好きな若い女優がダンスを踊っていた。アンドロイドだと噂になるほど完璧な肢体をした女優だった。実際、量子跳躍 クォンタム・リープしたアンドロイドは人間の仕事を次々と奪い去っていった。タレント、弁護士、歯科医、マッサージ師、家具職人、プロ棋士、高級料亭の女将、建築家……四海は子供の頃、テレビで見て憧れた「ロボット刑事K」という実写アニメを思い出し、自分の皮肉な運命に苦い笑みを禁じ得なかった。今や失業の波は社会のブルジョア層にまで押し寄せ、およそロボットに取り替えられぬ職業など、この世の何処にもなかった。彼らは MRIで輪切りにされてもそれと見分けられない、超緻密ポリマーによる完璧な「内臓」を持ち、オートマチックの自動車がドライブ・レンジの時にクリープ現象を起こすように、「無限に働く」という触れ込みの彼らは「反クリープ現象」の居眠りまでする。それはナノ秒レベルで睡眠と覚醒を繰り返す、さざ波のようなマイクロスリープだった。四海は彼らが夢を見るとしたら、それは白夜の夢ではないかと夢想するのだ。
   四海敬一郎はジャック・シモンと会うことにした。ジャックは都内の地下酒場で一人でトナカイのソテーを食べていた。「あの星に行ってから白夜中毒でね、無性にこれが食べたくなったんだ 」四海は事件のことを訊いた。
「あんた、当局の人間だったのか」 ジャック・シモンは酔いのまわった据わった目でそう言った。テーブルの上に乗っているワインはヴィンテージ物の白ワインだった。
「おれは関係ないよ」とジャック。
「計画について聞いたことがあるんじゃないか」四海は食い下がった。
「計画?」 ジャックは不機嫌そうに聞き返したが、何か知ってるようでもあった。「どんな計画だ」
「……アダム計画だ」 四海はジャックの微細な目の変化に神経を集中した。しかし、それを察知したジャックは諦めた表情をして上品にげっぷをした。
「モーリスなら恐らく知ってるだろう」
「何処にいる?」
   モーリス・デュシャンは六本木のアパートに住んでいた。しかし、そこには居らず、本人に電話をすると焼肉屋にいた。デュシャンは事件についてあっさり白状した。彼は自分は事件に殆ど関与しておらず、他の仲間の二人がやったことだと強調した。
   四海はこういう奴はハッタリをかました方が良いとテーブルに肘をついて、おもむろに箸を取り、彼の焼肉を勝手に頂戴した。モーリス・デュシャンは無言でそれを眺めていた。
「不利になることは言うな。だが、嘘をつくとひどいことになるぞ。アンドロイドは何処で手に入れたんだ?」
「本当に知らないんだ」 モーリスは異国の地で徹底的に迷子になったように、これ以上はないような心細い顔をした。
「黙っていると共犯にされてしまうぞ」
   すると彼は腕を組んで頬杖をついたり、テーブルの上で指をトントン神経質に鳴らしてみたり、さんざん逡巡した挙句、トレバーに斡旋されたと言っていた、と答えた。だが、それ以上は何も知らなかった。
   四海は自分の部局に戻り、トレバーに前歴がないかコンピューターにかけると、すぐにそれらしき男が画面上に出てきた。トレバー・ジョンは全体主義者の政治犯だった。
   二人のコミューンの男が大臣殺害に関連するアンドロイドの違法な刷り込み インプリンティングの容疑で逮捕されると、連邦政府とコミューンの主要国や関係国との間が険悪になった。
   トレバーが現在南カリフォルニヤにいることはわかったが、四海には何の接触ルートもなかった。すでにこの世界にパスポートというものは存在しない。しかしトレバーに会うことは自分の所轄権限を超えるのではないかとも、四海は心配した。とりあえずはまた六本木に行き、デュシャンに会ってみようと彼は思った。デュシャンはアパートにいなかった。電話にも出なかった。念のため焼肉店を覗いてみたがそこにもいなかった。四海はどうせ、ああいう不良外人はクラブ辺りで飲んだくれているだろうと見当をつけつつ、夜の繁華街を歩きながら、しつこく彼の番号へ電話をかけ続けた。四海敬一郎は携帯の呼び出し音を聴きながら、ふと歩道の向こうから誰か見憶えのある男が大股でこちらを歩いて来るのに気づいた。大沢秀次だった。彼の方も四海を認めた。
「奇遇ですね」と大沢が言った。「実は先刻、焼肉店の前であなたに似た人を見かけたんですよ」
   四海はつけられていたのかと勘ぐった。船に同船して以来、彼はこの男をネオ・ラッダイトではないかと疑っていたのだ。だが、大沢はその想像を遥か上回る科白を言ってのけた。
「計画を追ってるんでしょう」
   大沢秀次は四海敬一郎の反応を楽しむ目をしていた。「 なんで知ってる?」
「ぼくもあの暗殺事件が気になってるんですよ。船に乗った時から、あんたは当局の人じゃないかと思ってましたよ」
「貴様はラッダイトだろう!」 四海は通行人の目も憚ることなく怒鳴り声をあげた。
「そんなに大声を出さなくても聞こえますって 」大沢はいささかべらんめえにそう言って、身体の力を抜いた。「こんな大通りで討論はよしましょうや」
   四海は相手の態度が堂に入っているので一応謝ることにした。「悪かった。非礼は申し訳ない。しかし、お前さんは計画を知ってるんだね」
  大沢は喜悦に近い笑みを漏らして小刻みに肩を揺らした。「むしろ、こちらが訊きたいですね。計画を知りたいんですか」
   四海敬一郎は大沢の茶色い目を見てから、大袈裟に口をへの字に曲げ、不夜城の人通りを見遣った。それから、また視線を戻した。「あんたが教えてもいいと言うなら、有り難く承ることにするよ」
   大沢は真面目腐った顔つきをした。
「いいでしょう。背後にトレバー・ジョンがいることは知ってるんでしょう。ぼくは彼のエージェントの知人を知ってるんです。交渉してあげますよ。ただし、入手した情報はぼくに教えてください。それが条件です 」大沢はそこで口舌をがらりと変えた。「言っとくが、下手な嘘はバレるぜ。俺たちを舐めない方がいい」
   二人は夜の都心の雑踏のなかで、長い間、燃え上がる恋人同士のように見つめ合った。
   四海はついに折れた。「わかったよ」
   トレバーのエージェントだというプロレスラーのような男が、四十パーセント近いと言われる失業率の一部であふれるニューヨークのカフェから案内したのは、近くの高層ホテルの一室だった。朝の清々しい陽光がレースのカーテンから射していた。トレバーはその大きな窓を背にして新聞を読みながら朝食を食べていた。おつれしました、とプロレスラーが言った。トレバーは四海をちらりと見てから、また新聞の上に目を落とした。「ふん、お前が四海か」
   それからトレバー・ジョンはハムエッグを慎重に口許に運んだ。「何が知りたいんだ? お前記者か」
    四海敬一郎は自分の名前と職業を彼に伝えた。トレバーは新聞から顔を上げて、初めてまじまじと四海を見た。「当局の人間が何の用だ。おれは遥か昔に出所したよ…… 待て、お前何処かで見たな」 そう言うとトレバーは叫んだ。
「そうだニュースだ! ニュースで見たことがあるぞ」
   しかし、数瞬後、彼ははっきりとそのニュースの内容を思い出したらしく、腕組みをして黙ってしまった。やがて露骨に舌打ちし、いくらか不機嫌になった。
「何を嗅ぎ回ってる。おれは何も知らないぜ」
   四海は言った。「あんたはデュシャンたちにアンドロイドを斡旋した。じきに捕まるぞ」
   トレバーが平然とカードをパスした。「で、なんだ?」
「あんたみたいないい男がコミューンに武器を売るとは普通じゃないね。そう思わないか ?」四海は黒服の男をちらちら伺った。
   トレバーは居直った。「おれがアンドロイドとやらを斡旋した証拠なんて何処にもないんだぜ。アンドロイドがマリファナをやる時代だ。アンドロイドがアンドロイドを斡旋したっていいじゃないか」
「FBIと刑期を短くする取引をしてやってもいいぜ」
   そう言っておいてから四海は核心部を問うた。「アダム計画とは何だ?」
   トレバーは澄ました顔をしてプロレスラーとアイコンタクトした。「ちったあ、勉強したらしいな」
   黒服が四海に近づき、ぐいっ、と彼の腕を掴んだ。そのまま凄い力で部屋の外へ連れ出そうとする。四海はその場で喚いた。「貴様! 地獄に落ちて、ただで済むと思うな」
   トレバーの態度は冷めていた。「最後に糞のためにもならんことを貴様に教えておいてやろう。お前が聖書を少しでも読んでいるなら、アダム計画とは文字通りだよ。お前も早く結婚するといい」四海はトレバーに笑われながらホテルの部屋を退場させられた。
   日本に帰ると四海は新宿の喫茶店で大沢にことの次第を報告した。ブラックコーヒーを啜った大沢がつぶやくように言った。「そう思いましたけどね」
「どういうことだ、それは」と四海敬一郎。
   大沢は微笑んだ。
「いいでしょう。あなたにはぼくたちの知ってることを教えてあげますよ 」大沢秀次は窓の外を眺めると、すでに半分も飲んでしまったコーヒーに今更砂糖を入れスプーンで掻き回した。
「クオンタム・リープしたアンドロイドたちというのは、もはや物心両界の境界線上のほんの少しだけ物質界に偏った地点に存在するんです。一方、サイボーグという存在は逆の方向から、相対的な対蹠地に来てしまった。では両者が性行為を行うとどうなるか」
   大沢は、驚いて目を瞠った四海を見ながら冷静に言葉を続けた。
「子供が生まれるんです」


                         

   第二次エレノア探査を命じたのは、「アームロック・アンダーテイキング」のパレス・コールマンか、地球連邦政府の幹部たちか、或いはその両者か。四海は胡散臭さを覚えた。名目は地質調査だった。地球と九十九・九パーセント同じ惑星なら地下資源も豊富に眠っている筈だという予測で、その名目に嘘偽りがないことも事実かも知れない。だが、エレノアは「アンダーテイキング」の手によって開発が始まってしまっている。胡散臭さは拭いきれないと四海敬一郎は思った。やはり探査はあの二体の「男女」に関わる筈だった。彼らはそのことについて押し黙っていた。「アンダーテイキング」は恐らく巨額を支払い、あの回収されたアンドロイドとサイボーグについて、マスコミに深く立ち入らせないようにしたのではないか、と四海は疑う。スティーグリッツはその惑星エレノアも越えて、何処か宇宙の果てにまで意識体を無限に浮遊させ、再探査が命じられる一週間前に病院で死亡した。アンドロイドがあった以上、「アンダーテイキング」も連邦政府もエレノアの存在を知っていたのだ。知っているどころか地質調査も実施済みだったに違いない。惑星エレノアは量子理論物理学上の奇跡の星であり、多元宇宙空間上に極めて不安定にしか存在できない星だった……つまり、彼らはこことは違う別の宇宙ですでに惑星エレノアに「奇跡」的に何度か来訪し、何かの計画を進めている最中だった。そして、惑星物理学者スティーグリッツ博士の一件は確かに不幸な「事故」だったのだ……われわれはエレノアの招かれざる客だったことになる。そこまで考えて、四海敬一郎は唾を飲み込んだ。船内にはあの五人がいた。そして宇宙船の窓の外には、またあの白夜の星エレノアが青白く光って宙に浮かんでいた。

「六十度傾いたエベレストだ」と船長のピートが言った。「着陸準備に入るぞ」
「前回と同じ場所なの?」とアレッサが測量モニターを覗き込んで訊いた。
「違う。かなり北だ」
「到着したらコーヒーを一杯頼む 」ジャック・シモンが笑った。「……あるんだろ、喫茶店ぐらい」
「まだ工事中の筈よ 」アレッサがジャックを睨んだ。
   大沢秀次が皆に提案した。「到着したら市庁舎に寄りましょう。指示がある筈です」
   ナダル・ウォンコックが詰め寄って襟首を掴まんばかりに言う。「貴様! いつからキャプテンになったんだ」
   ピートも不快さを堪えていた。「市庁舎だって? あんた、ただの技師だぜ」
「でも、モニターにそう書いてあるんですよ 」大沢は船内のモニターの一つを指でさした。
   ピート船長が驚く。「おかしい、先刻まではこんなの出てなかったぞ」
   ジャック・シモンが訊いた。「市庁舎なんて行ってどうするんだ」
「それはぼくには何とも」と大沢。
   ナダルが我慢しきれずに訴える。「こんなモニターの命令は無視しよう。あんたが船長じゃないか」
   不満と不安を右往左往するピートが慌てる。「しかしこれはアンダーテイキングから指令されている……連邦政府の署名まである」
   四海が言った。「とにかく、そこに行ってみるしかないようだな」
   ハッチが開いた。皆、地上に降り立つと、惑星は相も変わらず白夜だった。しかし、北に向かう地平線はある高度で唐突に暗くなっていった。
   ナダル・ウォンコックが独りごちた。「向こうは極夜だ」
「で、市庁舎ってのは何処にあるんだい、兄さんよ」ジャックが西部劇風を気取って手でピストルを作って大沢に訊いた。大沢は何も言わない。
「ここから一キロ先だ。地図にそう出てる 」ピートが電子地図とにらめっこしながら応答した。
「一キロならここから見える筈だわ」
   アレッサはそう言ってから、不意に横を見てギョッとした。大沢秀次が船外服のヘルメットのシールドを開けていたのだ。「あなた、高山病になるわよ」
   大沢は意に介さない。「ちょっと、この星の空気が吸いたくなっただけですよ」
   ナダルが烈火の如く怒る。「わたしは船医だ。いずれはくたばる船員の健康を管理する義務がある。今すぐシールドを閉めろ」
「うまい空気なのに 」大沢は満足した笑みを浮かべてシールドを閉じた。
   ナダル・ウォンコックは怒りが収まらない。「なんて奴だ。技師の無知とはこんなに酷いのか!」
「ピート、歩こう」 四海がいたたまれないように促した。「市庁舎は地図ではどっちに出てるんだ」
「あっちだ 」とピートは指でさした。
   アレッサがその方角を見遥かした。「何もないのに歩いて行くの」
   大沢がその言葉に迎合した。「そうです、そうです、やはり、やめておきましょう。それにもうすぐセスナが飛んで来ますから」
   ナダルがまた怒った。「馬鹿なこと言うな。なぜそんな予言ができる? いい加減なことを言うんじゃない」
   しかし、大沢のその言葉通り、南の方向に白夜の空に溶け込んだ白い小さな機影が現れ、どんどん近づいて来た。呆然と機影を見ている五人の宇宙飛行士に大沢が背後から言った。「市庁舎なんてありません」
   全員が振り返った。
「なんだと」 とピート。「ないとはどういうことだ」
「ぼくの嘘ですから」 大沢秀次が悪びれもせずに白状した。「皆さんに勝手な行動を取られるとまずいので、少々電気機器も操作しました」
「お前さん、先刻から妙なことばかり言うじゃないか」とジャック。「セスナが来ると言ったら来たり。どういうことなんだい」
   大沢はそれには答えずピート・パークスに迫った。「マイクロチップを出してください。あなたは今日ここに持って来ている筈だから」
   ピート船長がニヤリと笑う。「そんなものはない、と言ったら」
   大沢は腰のバッグからコルト・パイソンを抜き出して腰だめに構えた。「実力行使、ということになりますね」
   ピートはナダルを見た。ナダル・ウォンコックの手には素早く357マグナムが握られていた。ウォンコックが大沢に警告した。「船長殺害は大罪だ。この場合、裁判など必要ない」
   大沢はコルト・パイソンを構え直そうとした。その瞬間、ナダルは大沢を撃っていた。
   しかし大沢は少し揺れただけだった。彼の腹部には黒い穴が小さく穿たれていた。ところが血はまったく流れていなかった。大沢はそれを自分で確認している。ナダルが叫んだ。
「貴様 、アンドロイドだな!」
   アンドロイドが笑った。「ハハハハハ、よくわかりましたね。こんなものやっぱり開けますよ。どうも視界が悪くてね 」彼はヘルメットのシールドを開けた。
   セスナの爆音が大きくなり、それは着陸態勢に入った。全員が着陸を見守った。セスナは彼らから三百メートルも離れた凍てついた乾いた砂地にそのまま着陸した。アンドロイドが宣言した。「ショーは終わりです。ピート船長、チップをこちらに渡すんだ。飲み込んだら腹を掻っ捌くぜ」
   ピートはおとなしくペンダントをアンドロイドに渡した。アンドロイドは大股でセスナの方へと歩いて行く。彼はセスナのドアを開けた。そして操縦席にいる人物にペンダントを手渡した様子だった。アンドロイドはこちらに向かって大声を張り上げた。「今から会長が御挨拶をする!」
   飛行機の中からパレス・コールマン会長が降りてきた。「ありがとう、皆に感謝します! 」彼の両手には幼子が抱かれてあった。
   セスナは無事に飛び立った。それは北の方向に行くようだ。アンドロイドは、またこちらに向かって歩いてくると皆の前で言った。
「何でぼくがセスナに歩いて行った時、逃げなかったんです?」 彼は自信に満ちていた。「でも、もう遅い。百メートルを三秒で走れますか。皆さんが一歩でも動くと僕は爆発します。あのセスナが安全圏に入るまでね」
「あのチップの正体は何だ?」とビートが訊いた。
「おや、知らないで持っていたんですか 」アンドロイドは意外そうな顔をした。「まあ、言ってもいいでしょう。核です。いわゆるDNAですよ」
   四海敬一郎が最後通告のように確認する。「あの幼子がアダム計画でできた最初の子供なんだな?」
「彼らのキリストよ 」アレッサ・ローレンスが言った。「ブラック・ホールに投げ込むつもりね。あなたたちの最愛の息子を。それはホール内部で着床し、時満ちてホワイト・ホールから新しい宇宙と世界そのものが生誕する。彼らのエデンの園よ」
   アンドロイドは感心した様子だった。「ほお、そうじゃないかと思っていましたが、アレッサ、あなたはやはり超能力者でしたか」
   ウォンコックは何も言わなかった。代わりにジャック・シモンが皮肉な笑みを浮かべてからかった。「お伽話だ。ブラック・ホールの中に入ったってスパゲティみたいになって、身長が少し伸びるだけだよ」
   アンドロイドが高笑いした。「アハハハハハ、いいでしょう、いいでしょう。もうすべてお話ししますよ。我々はアレッサの言う、エデンの園で王宮ならぬ『子宮』を作るのです。そこでは製品はまさに産まれるのです。産業革命ここに完成せり、というわけです。製品遺伝子で完璧なコピーを産む単為生殖のアリですよ。つまり人民という働きアリは純粋な究極の美である生産マシーンに生まれ変わりました。とすれば、キリギリスになれない人、なりたくない人はどうしたらいいでしょう。彼らの残る選択はそれぞれ一つあるのみ。兵隊アリと女王アリです。民主主義の女王アリたちはコントロールされた余剰人口を産み、そして、その余剰人口はコントロールされた娯楽としての戦争でコロッセオに於いて消費される。もう人類に実質的なお金というものはありません。なぜなら人間が経済機構そのものになるからです」
   ジャック・シモンが吐いて捨てるように言った。「下手なマルクスだ、発狂だ」
   四海が納得する。「それが貴様らのパックス・ロマーナなんだな」
   ピートが言った。「なるほど、ネロが考えそうなこった」
   ようやくことの次第がわかった四海敬一郎がしめくくる。
「飯塚大臣は計画の核心が本当はイブ計画とも呼ぶべき性質だと気づき、既得権益の関係から計画に反対し始めた。そこでアンダーテイキングと連邦政府の政権幹部は彼をジャック・シモンを通じてコミューンに接近させ、同時にコミューンの二人の男たちを買収し、大臣をアンドロイドで爆死させた。陰謀の発案者だったかも知れない子飼いのトレバーには斡旋利得を渡した。つまりパレス・コールマンは保革両勢力を相討ちにしようと企んだんだ」
   北の方角に飛び立ったセスナ機をそれとなく窺っていた船長のピート・パークスが叫んだ。「セスナが切り揉み飛行をしているぞ!」
   セスナは地平線の向こうのあの暗い闇に差し掛かろうとしたところでバランスを失した。
   ナダル・ウォンコックがつぶやいた。「極夜 ポーラー・ナイト ジェットだ」
   飛行機はそのままどこかこの世の暗い片隅へ押し流されていくようだった。
   アンドロイドはあの真面目腐った顔つきをしてみせた。「ピート船長、パレスになんて言われたかね。来るべき世界で君は世界の大王だと口説かれたか? あの時、アンダーテイキングは君に、微弱な生体発信をしている逃亡アンドロイドが生きていた場合、生け捕りにしろと命じて来た。君はもしも女アンドロイドが生きているなら、彼女は自爆して、われわれに復讐を遂げるのではないかと考えて恐れ、また、アンダーテイキングがそうした非情な命令を自分にして来ることに少々疑念を感じた。船長、家族計画は子供を作った後のことも考えた方がいいよ。ナダル、あんたはいい線行ってた……」
   アンドロイドはそこまで言って、首を傾げた。「ところで四海、君は先程からぼくをアンダーテイキングのまわし者だと信じている。しかし、そうじゃない。ぼくはスティーグリッツだ。あの事故は確かにぼくにも予想外だったが、おかげで神になれたよ。ぼくは今や、この宇宙に偏在している。そして、アンダーテイキングは最初からぼくのまわし者だ」
   アレッサが叫んだ。「ピート、逃げて!」
   アンドロイドが叫んだ。「さあ、お集まりのスパイの諸君! 百メートルを三秒で駆け抜けろ! 三…、二…、一…」
   ピートが叫んだ。「俺の腹のなかには本物の……」

  ピート・パークス船長の腹の中には本物のチップがあっただろうか? それとも、それは彼の嘘だったのだろうか? そして、そのチップはこの世のものならぬ愛の結晶だったろうか? それは子供を奪われた母親の、たとえアンドロイドといえど、たったひとつの女性の尊厳と唯一取り得る反抗を示すものだったろうか? それらの疑問はもうわからなかった。



                         

   広い屋敷の芝生の庭に昨日降った雨で水たまりができていた。男の子がそこに彼の小さな子供用の自転車を持ってきた。彼は水たまりの上で自転車のスタンドを立てると、ちょうどその水面に自転車の後輪が浅く浸かるようにした。男の子はしゃがんで、自転車のペダルを勢い良く回した。水車になった後輪が思いもかけぬ遠くの方にまで水をまっすぐに飛ばすのが面白く、男の子は夢中になって遊んだ。彼の傍らには何か位牌のような大きさをした黒い「石版」があったが、それこそは男の子の兄弟であり、真実、双子の兄だった。男の子と自転車、「石版」はこの場所に一瞬で現れたようにも、ずいぶん以前からいるようにも思えた。みなしごなのか。父母はいるのか。
   四海の妻は庭に六歳ぐらいの見知らぬ男の子が遊んでいるのをリビングの窓から見て困惑した。彼女は外に出て男の子に近づいたが、男の子はそんなことには関心がないのか、泥をこねて無心に遊んでいる。彼女は彼の傍に落ちていた「石版」を拾い上げた。黒曜石のような色をしていて、真ん中に小さな真四角の、薄い窪みがあった。「石版」には何かギリシャ語で書いてあるらしいが、彼女はギリシャ語が読めないのに、ゼカリヤという言葉が突然、頭に浮かんだ……いったいこの子供は何処の子供だろうと思った自分に、彼女は吃驚りし、心臓が高鳴った。一瞬でもそんなことは思いたくない。
「さあ、もうお家に入りなさい」 と彼女は最愛の息子に優しく言った。男の子は遊びをやめ、彼女の後ろをついていく。家の中には四海敬一郎がいる。昨日惑星ハイドラの探査から帰還したばかりだ。探査では事故が起き、スティーグリッツという人が帰らぬ人になってしまったが、夫はあまり気に留めていない様子だった。今日は久しぶりの団欒だった。