船に乗る前から、たまに胃がしくしく痛む時があったのだが、定期的な自己検診でカプセル胃カメラを飲んだら、初期の胃ガンだったのである。

このオンボロの出稼ぎ船の常備薬に最近作られたガンの特効薬は置いてないし、医療専門のドクターロボットも乗り組みではなかった。

おれは鉱夫で、星丸ごとダイヤモンドという惑星に向かっている。到着予定は三年後だ。三年もガンを放置できるわけはない。だが、港に戻るには二ヶ月程かかる。採掘の先を越されれば当然取り分は減ってしまう。

船には思念感応型の万能ロボが一台あるきりだった。

おれは一か八か、万能ロボットでの手術に賭けることにした。おれはまだ若い。三十五歳になったばかりであり、ガンの進行も早いだろうから、ほんの二、三ヶ月で全身に転移し、そのまま御陀仏ということは十分考えられるのだ。幸いにも手術道具は一式揃っていた。

「よし、頼む」おれは無影灯のライトを自分でつけ、緊張して船内のベッドに仰臥した。

「わたしは大丈夫でしょうか」と万能ロボが言った。

先刻、説明したように、こいつは思念感応型ロボットなのである。早速、おれの自信のなさが感染したらしい。

おれは幾分馬鹿馬鹿しさを覚えながらも万能ロボを励ましてやった。「大丈夫だ。お前はやれる。絶対やれる。いや、おれは自信がある」

手術の成否がかかっているのであり、おれは命懸けでそう思い込んで言った。

「わたしは大丈夫です。手術を必ずやり遂げます」万能ロボットは言葉を刻むように、力強く答えた。

「じゃあ、麻酔を打て」おれは覚悟を決めてそう言った。

「はい。お任せください」

針が腕に突き刺さって数瞬後、おれは重大なミスに気がついた。おれは万能ロボットの腕を取り、叫ぶように言った。

「おい、これは部るん麻ふいか」もうすでにおれは口をうまく動かせなくなっていた。

ロボットは早口言葉のような変なリズムを取って言った。「イエ胃ノ手術トナリマスト、全身麻酔ガヨロシイカト思ワレマス」

おれは低声で必死に訴えた。「ばか、おれが寝てひまっては、お前に、指りが、出へなーい」

「指示は思念で、どうぞ」万能ロボットは念を押して、レーザーメスを構えた。

「ねらら、しりが」視界がブラックアウトし、おれは昏睡した。


「お目覚めでございますか」

万能ロボがおれの顔を覗き込んでいた。

「おれはどれくらい寝たんだ。手術は成功したのか」胃に鈍い痛みを感じながら、おれは心配してロボットに訊ねた。

「あなたは丸一日半お眠りになられました」万能ロボも心配そうに言った。「まだ手術したばかりですので痛むかも知れません。しかし、手術は成功しました」

万能ロボットはかすかに満足げにそう言って微笑した。

それを聞いて、おれもいささか安心したものの、よく考えれば不思議なことである。おれが麻酔で昏睡している間、このロボットは何者に命令されていたのか。おれは再び万能ロボに訊ねた。

「おれは寝てしまったから、通常の思念はなかった筈だ。どうやって手術を成功させた」

万能ロボットがやはり不安そうな口振りで答えた。「あなたがお眠りになられた後、急速にあなたの思考活動が変化し、概念形成率が低下致しまして、脳波にデルタ波の多様な出現が認められました。また、バイスペクトラル・インデックスは五十になりました。そこでわたしは自律起動に切り替わりましたが、プログラムの原則通り、あなたがお眠りになられる直前の思念に主に従い、手術を成功させたのです」

勿論、おれは何も憶えていなかった。「おれは眠り込む前、何を考えた」

万能ロボットは奇妙な生き物を見るように首を傾げた。「あなたはこのわたしに代わって手術をしたいと強く願われました」

窮余の一策である。そんなところかも知れない。おれは唾を飲み込んで言った。「それでお前はどうした」

「わたしと手術を代われというのは、状況の矛盾ですから、命令のエラー処理をしました。ところが、あなたは最後にまた、わたしと代わりたいと思って眠りに就かれました」ロボットは続けた。「人間であるあなたと、ロボットであるわたしが代わるとはどういうことか、わたしは考えました。わたしはあなたがロボットになりたがっているものと推測致しましたが、あなたを急にロボットにすることはできません」

おれは呆れて言った。「そんなことは考える必要はなかったんだ」

万能ロボットも半ば呆れたように笑い、しかし、セールスマンの如く自信に満ちて言った。

「そこで、わたしはあなたに擬似ロボット感覚が味わえるように、と思いました」

おれは俄かに震えあがった。「な、何をした」

「コ・ウ・シ・マ・シ・タ」

ロボットは急にロボット臭い喋り方をして、両目を交互にチカチカ光らせると、何処からかおれの携帯電話が鳴り響いた。しかも、その音は妙にもっていた。おれは、あっと思い、自分の体に耳を澄ませた。

万能ロボはおれのその反応に驚いてみせてから、ホテルのフロントのように笑って言った。

「胃に携帯電話を入れてみました。いかがです、ロボット気分は?」