「これが今回、約一億年前の白亜紀の地層から見つかった腕時計の化石です」狷介な風貌をした博士がギョロ目を薄闇に光らせて、スライドの写しだされた白い幕から我々の方を振り返った。
鉛筆の化石、スマホの化石、インスタントラーメンの袋の化石、ストッキングの化石、そんなものが古代の地層から次々に発掘されるようになり、世界的規模で大問題になっていた。元凶とされたのが旅行会社で、おれはその旅行会社に勤めている。タイムマシンが発明されて以来、旅行会社は争って様々なツアー企画を提出した。もちろん、おれの会社もいろんな企画を出した。
曰く、今、あきらかにされる本能寺の変!
燃えよ、信長ミステリーツアー。
曰く、ピラミッド、ナスカ、マチュピチュ、モアイ、建築の謎パックツアー。
曰く、聖徳太子、足利尊氏って本当はどんな顔? 歴史の顔スケッチツアー。
曰く、イエス、ブッダは実在したか? ゴルゴダ、菩提樹、ミラクルツアー。
なかでも、おれの発案した恐竜観光は目玉商品だった。目の前をティラノサウルスがトリケラトプスを追い回して暴れたり、体長三十メートルのブロントサウルスがうろつき回ったりするから大迫力であり、大人でも心底興奮する。映画などとは較べものにならない。おかげで化石の時代はどこもかしこも連日家族連れでにぎわう動物園かサファリパークのようになってしまっていた。
「生態系に影響を及ぼしているのは、もはや間違いないんです」博士は厳しい口調でそう断言した。博士は古生物学者の権威であり、反時間旅行団体の急先鋒だった。国会でもこの問題が審議にかけられるようになり、業界ナンバーワンのおれの会社は反対意見を聞くために博士を招聘せざるを得なくなったのである。
「ゴミは必ず持ち帰るようにコンダクターにうるさく言わせているんですが」気の毒に最近、急に髪の毛が禿げちょろになった課長が部長の方をちらちら伺いながら弱々しく抗弁した。
クレオパトラ、楊貴妃、小野小町をパパラッチ! 世界三大美女ツアーだの、超危険! でも絶対バレないフランス革命参加ツアーだの、浮薄な企画も多いから、社員一同幾分心が疚しく、誰も積極的に発言をしようとはしない。恐竜観光の発案者たるおれも、無論だんまりを決め込んだ。
だが博士は、タイムマシンを発明した張本人が旅行会社ではない以上、ゴミ問題だけで我々を追い詰めるのは難しいと判断したらしく、別の手を講じてきていた。
「実は問題はゴミ問題だけじゃない。タイムマシンで時間旅行をすると軽い目眩がしたり、吐き気がするが、あれはあきらかに時差惚けをしておるんだ。タイムマシンは時空を歪めるからだ。人間の場合は時差惚け程度で済むのかも知れぬ。しかし、恐竜はそうはいかんのじゃないか。はっきり言うが、私は恐竜の絶滅の原因はこの時差惚けにあると思っておる」
博士は込み上げる怒りを鎮めようとするように目を瞑り、それからまるで自分がそのことを諦めるかのように詠嘆調で言った。「やはり時間旅行は禁止されなきゃならん」
禁止されてしまったら会社が潰れてしまう。
それまで、やや椅子にそっくり返って話を聞いていた小肥りの部長が、たまらず身を乗り出した。「それには科学的根拠がおありなんですか。考古学は恐竜絶滅の原因を特定できていない筈です」
最新の調査で、恐竜絶滅の原因とされてきた隕石は、確かに例のメキシコのユカタン半島に落ちたのだが、多くの恐竜がその後も生きていたことがわかったのである。恐竜絶滅の謎は時間旅行が自在にできるようになった今も、まるでその時間だけにつながらないミッシング・リンクとして残っていた。
「だから、隕石の落下が原因ではなかったじゃないか」博士は素人の反論など怖くはないという顔をしつつも、次第に素地にある狂信的なものが表情に浮かんできた。
「恐竜は絶対に、時差惚けで死んだ。これは決定した事実だ。お前らなどには永遠にわからん」
博士のいきり立った怒鳴り声がやむと、会議室にはばつの悪い空気が淀んだ。
具体的な説明もなく恐竜は時差惚けで絶滅したなどと言われて、納得できる筈はないのだが、部長以下、通夜のように俯いた社員たちが、もはや博士の意見がどうであれ、形式上聞いておいたことにすればよいと思っているのはあきらかだった。
しかし、ファナティックな語りという奴は伝染するらしい。唐突に化石燃料に火がついたか、最前列にいた若手社員が唾を飛ばして喋りだした。
「別に恐竜自体が時間旅行するわけじゃないんでしょう」
物理的距離の近さでもって博士に感化され易かったのだろう、その社員は保身も権威に対する恐れもかなぐり「忘れ」て、口を尖らせていい募った。「それに渡り鳥は国境を越えて旅したって時差惚けになんかなりません。それをどう説明するんですか」
博士は発言した社員に目を瞠ると、雷鳴に驚いたフレンチ・ブルドッグの如くぶるぶると震え出だした。
「お前のような木っ端社員に恐竜の何がわかるというのか」
叫んだ博士がやにわに若手社員のスーツの襟に掴みかかれば、社員の方もやる気満々で博士の白衣の襟を掴んで足払いをかけようとし、全員が慌てふためいて椅子から立ち上がり、二人を引き離そうと仲裁する乱闘騒ぎになった。
しかし、数人の女子社員がテニスの試合でも見るみたいに騒乱とおれを見比べるなかで、おれはひとり席を立ち上がることなく、腰が抜けたように相変わらずスクリーンを眺めたままだった。そこに映しだされた新聞紙の化石のスライドを凝視しながら、おれは考えていた。
そうだ、これは単純な事実なんだ。人類は綺麗さっぱり滅亡したのである。そして、今日も時空を彷徨い、旅している、ひとつのミッシング・リンクなのだ、と。
鉛筆の化石、スマホの化石、インスタントラーメンの袋の化石、ストッキングの化石、そんなものが古代の地層から次々に発掘されるようになり、世界的規模で大問題になっていた。元凶とされたのが旅行会社で、おれはその旅行会社に勤めている。タイムマシンが発明されて以来、旅行会社は争って様々なツアー企画を提出した。もちろん、おれの会社もいろんな企画を出した。
曰く、今、あきらかにされる本能寺の変!
燃えよ、信長ミステリーツアー。
曰く、ピラミッド、ナスカ、マチュピチュ、モアイ、建築の謎パックツアー。
曰く、聖徳太子、足利尊氏って本当はどんな顔? 歴史の顔スケッチツアー。
曰く、イエス、ブッダは実在したか? ゴルゴダ、菩提樹、ミラクルツアー。
なかでも、おれの発案した恐竜観光は目玉商品だった。目の前をティラノサウルスがトリケラトプスを追い回して暴れたり、体長三十メートルのブロントサウルスがうろつき回ったりするから大迫力であり、大人でも心底興奮する。映画などとは較べものにならない。おかげで化石の時代はどこもかしこも連日家族連れでにぎわう動物園かサファリパークのようになってしまっていた。
「生態系に影響を及ぼしているのは、もはや間違いないんです」博士は厳しい口調でそう断言した。博士は古生物学者の権威であり、反時間旅行団体の急先鋒だった。国会でもこの問題が審議にかけられるようになり、業界ナンバーワンのおれの会社は反対意見を聞くために博士を招聘せざるを得なくなったのである。
「ゴミは必ず持ち帰るようにコンダクターにうるさく言わせているんですが」気の毒に最近、急に髪の毛が禿げちょろになった課長が部長の方をちらちら伺いながら弱々しく抗弁した。
クレオパトラ、楊貴妃、小野小町をパパラッチ! 世界三大美女ツアーだの、超危険! でも絶対バレないフランス革命参加ツアーだの、浮薄な企画も多いから、社員一同幾分心が疚しく、誰も積極的に発言をしようとはしない。恐竜観光の発案者たるおれも、無論だんまりを決め込んだ。
だが博士は、タイムマシンを発明した張本人が旅行会社ではない以上、ゴミ問題だけで我々を追い詰めるのは難しいと判断したらしく、別の手を講じてきていた。
「実は問題はゴミ問題だけじゃない。タイムマシンで時間旅行をすると軽い目眩がしたり、吐き気がするが、あれはあきらかに時差惚けをしておるんだ。タイムマシンは時空を歪めるからだ。人間の場合は時差惚け程度で済むのかも知れぬ。しかし、恐竜はそうはいかんのじゃないか。はっきり言うが、私は恐竜の絶滅の原因はこの時差惚けにあると思っておる」
博士は込み上げる怒りを鎮めようとするように目を瞑り、それからまるで自分がそのことを諦めるかのように詠嘆調で言った。「やはり時間旅行は禁止されなきゃならん」
禁止されてしまったら会社が潰れてしまう。
それまで、やや椅子にそっくり返って話を聞いていた小肥りの部長が、たまらず身を乗り出した。「それには科学的根拠がおありなんですか。考古学は恐竜絶滅の原因を特定できていない筈です」
最新の調査で、恐竜絶滅の原因とされてきた隕石は、確かに例のメキシコのユカタン半島に落ちたのだが、多くの恐竜がその後も生きていたことがわかったのである。恐竜絶滅の謎は時間旅行が自在にできるようになった今も、まるでその時間だけにつながらないミッシング・リンクとして残っていた。
「だから、隕石の落下が原因ではなかったじゃないか」博士は素人の反論など怖くはないという顔をしつつも、次第に素地にある狂信的なものが表情に浮かんできた。
「恐竜は絶対に、時差惚けで死んだ。これは決定した事実だ。お前らなどには永遠にわからん」
博士のいきり立った怒鳴り声がやむと、会議室にはばつの悪い空気が淀んだ。
具体的な説明もなく恐竜は時差惚けで絶滅したなどと言われて、納得できる筈はないのだが、部長以下、通夜のように俯いた社員たちが、もはや博士の意見がどうであれ、形式上聞いておいたことにすればよいと思っているのはあきらかだった。
しかし、ファナティックな語りという奴は伝染するらしい。唐突に化石燃料に火がついたか、最前列にいた若手社員が唾を飛ばして喋りだした。
「別に恐竜自体が時間旅行するわけじゃないんでしょう」
物理的距離の近さでもって博士に感化され易かったのだろう、その社員は保身も権威に対する恐れもかなぐり「忘れ」て、口を尖らせていい募った。「それに渡り鳥は国境を越えて旅したって時差惚けになんかなりません。それをどう説明するんですか」
博士は発言した社員に目を瞠ると、雷鳴に驚いたフレンチ・ブルドッグの如くぶるぶると震え出だした。
「お前のような木っ端社員に恐竜の何がわかるというのか」
叫んだ博士がやにわに若手社員のスーツの襟に掴みかかれば、社員の方もやる気満々で博士の白衣の襟を掴んで足払いをかけようとし、全員が慌てふためいて椅子から立ち上がり、二人を引き離そうと仲裁する乱闘騒ぎになった。
しかし、数人の女子社員がテニスの試合でも見るみたいに騒乱とおれを見比べるなかで、おれはひとり席を立ち上がることなく、腰が抜けたように相変わらずスクリーンを眺めたままだった。そこに映しだされた新聞紙の化石のスライドを凝視しながら、おれは考えていた。
そうだ、これは単純な事実なんだ。人類は綺麗さっぱり滅亡したのである。そして、今日も時空を彷徨い、旅している、ひとつのミッシング・リンクなのだ、と。